夜の帳は下ろしたままで。

Big Glutton

第1話


 冬の夜が好きだ。


 冬の、それも夜と朝の間に流れる、張り詰めた冷たい空気が。


 静まりかえった夜の街。

 あと30分もすれば始発が動き出す時間だというのに12月の夜は深く、長いーー。


 寝付けない夜だけ。そう言って週に2回はこうしているだろうか。

 ネックウォーマーに顔を埋め、ダウンのポケットに手を握りしめる。足元だけを見つめながら築30年になるアパートの軋む階段を降りる。

 目の前の公園の遊歩道を進みながら昼間にはそこにいる、はしゃぐ子供達やそれを見守る母親、仕事を抜け出したのかベンチでスマートフォンを見つめるサラリーマンの姿を思い出す。でも今は誰もいない。

「丑三つ時」の不気味さや、酔っ払いのおじさんも、この時間になれば姿を消す。

 公園の出口を抜け長い坂を下る頃、朝刊を配るバイクとすれ違うだけ。

 


 毎回同じ時間にすれ違うのだから、まるで無機質な歯車だな、と失礼なことを考えてしまう。

 自分が認知しなければセカイには存在しないモノだ。同時に誰かのセカイでは私もきっと存在しないのだろうーー。


 そう思った時、不意に空を見上げた。

 微かに残った湿度も夜露に奪われ、 吐き出した息も、白い霧になる。街灯に照らされたそれは輝きを失う様に夜に取り込まれ、消えていく。


 わたしから溢れるこの熱も、目の前に見える世界の色も、堂々巡りの思考さえ全て等しく、消えていく。

 まるで私のセカイから、私まで奪っていく様にーー。


「こんばんは。それとも、おはよう。なのかな?」


 坂を下りきったところで、いつもと変わらない声色が聞こえる。


 その声は、わたしのセカイに熱と色を取り戻した。


「......まだ眠れていないので、こんばんは。です」


 わたしの声は白く色付き、そして夜に消えたーー。

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夜の帳は下ろしたままで。 Big Glutton @mendokoromaruwa

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