第7話
六
跳ね回る赤の閃光に踊るイビツ。
得物を二丁鎌から双頭の槍へと替えたイサミの動きはまさしく閃光の名に相応しく、何処までも速く、そして直線的。
迫る槍の切っ先を組み合わせた腕で防ぐも弾かれ、イビツはたたらを踏む。
そこへとすかさず、槍を二丁鎌へと戻したイサミがそれを振りかぶり、二つの切っ先をイビツの首元に突き刺した。
そしてそのまま彼女は己の渾身を以て鎌を振り抜くと、切っ先の食い込んだ箇所からイビツの皮膚が腹部まで深く切り裂かれた。
イビツの青い血飛沫が舞い上がり、イサミがその顔に浮かべた笑みを彩る。
覚束ない足取りで後退し、溢れ出た臓物をそのままに逃れ行こうとするイビツを前にしかし彼女の脚は動かなかった。
「――逃げる相手が嫌ならば、こんなのはどうだろう?」
イサミの傍らに現れるメフィストフェレス。彼の薄ら笑いが張り付いている唇が愉快そうに言葉を紡ぐ。
彼女はそれに対し「そんなもんあるならさっさと教えなさいよ」と憎まれ口を叩くものの、新たな力を前にその口元は傍らの悪魔と同じ笑みを形作っていた。
メフィストフェレスは彼女に「それは失礼した」と軽く流すと彼はイサミと重なるようにその姿を消す。二人の黄金瞳もまた重なると、その輝きは一層強まった。
だらりと下げた鎌をイサミが軽く振るう。すると軽快な音と共に二丁鎌は今度、海賊が持つような古めかしいフリントロック式拳銃二丁へとその形を変化させた。
「気を付けること、それが撃ち出すのはイサミの血だ。あまり使い過ぎると貧血になるよ」
声だけのメフィストフェレスであったが、もはやイサミの興味はそれに無く、「はいはい」と彼女は適当に済ませると二丁の拳銃を構えた。
しかし彼女も現代日本の少女である。構えと言っても銃を持ち上げた程度でしかなくその姿は些か不恰好だ。
当の本人はそんなことも構わずに、イサミは笑みを浮かべる己の唇を舌で舐めながら狙いを逃げるイビツへと良く定め、そして躊躇い無く引き金を絞った。
けたたましく威勢の良い発砲音が二つ、ほぼ同時に鳴り響いた。銃口からは硝煙の代わりにイサミの血が霧のように噴き出し、それと共に鋭利に凝固した血塊が放たれる。
二発の血弾は瞬く間にイビツに追い付き、それの背中に命中すると皮膚を突き破り体を貫通した。
「あはっ、イケるじゃん。ばん、ばんっ、ばーんっ」
転倒し転げ回るイビツへ、追い討ちとばかりにイサミは銃から血弾を連発する。数発が命中し、数発は地面に風穴を空ける。彼女の射撃はお世辞にも正確とは言えなかった。
すると、至極愉しそうに銃を撃っていたはずのイサミが突如ふらりとその身を傾けた。彼女自身も不思議に思ったらしく「あれ」と声が出る。
もう貧血になるまで血を使ったのだろうか。そう疑問に思った彼女は妙な感覚がある己の左脚を見る。しかしそこに右脚は無かった。
え――間抜けた声がイサミの口から転がり出る。彼女の左脚は太ももの中程から失われており、何か切れ味鋭いもので断たれたように真っ直ぐな断面からは鮮血が滝のように流れ落ちている。
驚愕に見開かれた両目で周囲を見渡すと、路上駐車されたトラックのコンテナの上に別のイビツの姿を彼女は見付けた。
やはりそのイビツの片腕はナイフのようになっていて、ひび割れた顔面部から片側だけ覗く眼球はイサミを見詰め、乱杭歯が並んだ口で彼女の左脚に噛み付き、引き千切ってその皮と肉を咀嚼し味わっては白い口元を赤くしながらせせら笑っていた。
「アイツ――っ」
倒れてしまわないように左手の拳銃を鎌へと変化させ杖として地面に付きながら、イサミは右手の銃を件のイビツへと向ける。
そして発砲しようとした時、また別のイビツが彼女の右腕へと噛み付き狙いが逸れる。
直後、めきめきと音を立て彼女の細腕が噛み潰され血が溢れた。
「このっ」
右腕の感覚が途絶えたことでその手から拳銃が落ちる。忌々しげに己に噛み付く大顎のイビツを睨んだイサミ。彼女は左手の鎌を再び銃へ、その銃口をイビツの、その特徴的なカメレオンのように飛び出した両目の合間に押し付けると発砲。
イビツの後頭部が弾け飛び青血と頭部の内容物が噴き出し、それはずるりと彼女の腕を放し崩れ落ちた。
「――油断したイサミが、悪い」
声だけのメフィストフェレスが告げる。普段ならば強気になって言い返すイサミなのだが、その時の彼女は自らの四方をぐるりと見渡し、己の状況を理解することに手一杯で余裕が無いようだった。
ビルの群に挟まれた通り。そのビルの合間や一室、屋上。あらゆる箇所からたったの一人、イサミを見詰めるものたちが居た。
ざっと見積もっても三十以上は居るか、それらは全てイビツだった。
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