第6話


 通りの只中を一跳ねし、そうしてもう一度アスファルトへその乳白色の体を打ち付けたイビツはしかしすぐに体を跳ね起こし、長く細い手足を地面につけ獣のような姿勢を取ると先ほどまでの子供の、舌足らずな声や口調は何処へやら犬のような低い唸り声を挙げ無い目で対峙したイサミを睨んだ。


 袖へと引き込まれて行く赤い鎖に引き寄せられた鎌を右手で受け止めたイサミは、改めて両手にその巨大で歪な形状をした鎌を持ちながら、しかし構えといった構えは取らず、気怠げに肩からぶら下げただけの両腕と、その手中の鎌も頭が地面についてしまっていた。


 顔にも表情らしい表情は無い。ただ二つの黄金の瞳でイビツを見詰め続けるイサミ。警戒してかイビツは動かない。


「来ないの? なら――」


 言ったその直後、ぐっと後ろ足で踏ん張ったイビツがイサミ目掛け跳躍した。やはり勢いは凄まじい。それはイビツが蹴ったアスファルトが弾け飛ぶほどだった。


「そーそー、そーこなくっちゃ……」


 イサミの口角がほんの僅かに歪み、ようやくその表情に笑みと言う色が浮かび上がる。


 肉弾を仕掛けてくるイビツに対し彼女は右腕を振り上げ、その手に握った鎌を振り下ろす。真正面から来るのであれば、それを迎え撃とうというのである。


 しかし彼女が振り下ろした鎌を、直前で両足を地面に押し当て地面を削りながら減速したイビツは片腕を振り上げ切っ先ではなく柄の方を受け止めた。


 余波は衝撃となり空を震わせ、どれほどの力であったのだろうか、受け止めたイビツの両足がアスファルトの中へと沈没した。


 イビツの皮膚と骨は硬く、鎌の刃は柄の方まで続いていながらもそれを両断出来なかった。しかしひび割れる。頭部を狙った、イビツのそんな護りすら貫く切っ先も腕に押し留められたことで僅かに届かない。


 防御に使わず、暇をしていたイビツの左手が揺れる。

 鋭利に尖った指先が纏った粘液にぎらついて一瞬の閃光が走る。振り抜かれたのはイサミの左腕、左の鎌だった。


 彼女の方が速く、イビツの凶器の左手は敢えなく弾き返され、あまつさえ人差し指と中指が飛んでいる。


「残念でし、たっ――て、あれ?」


 返す刀でイサミの左の鎌の切っ先がイビツの首を狙う。しかしその直前でイビツは飛び退り、彼女の得物は虚しく空を切った。


 無くした指の断面からぱたぱたと青い血を流しながら、距離を取ったイビツは再び警戒する。その首からも血が流れており、浅くとも避けきれていなかったことが分かる。


 イサミはちぇっと舌打ちすると、退屈そうに短いスカートから覗く白い片足を遊ばせながら右の鎌の背で己の肩を叩く。


「あーあ……ホント、シラケる。もっとこー、なに? 切った張ったって感じで行きたいんですけど。アンタ、分かってる? てか、これ使いづらいんですよねー……」


 再びの膠着状態にうんざりした溜め息を己の足元に落としたイサミは愚痴を繰り返していた。そしてその矛先がやがては自らの得物にすら向くと、彼女は二つの鎌の石突き同士を突き合わせる。


 すると二つの石突きは互いと結び付き、曲がっていた刃は真っ直ぐに伸びて瞬く間に一本の双頭を持った槍へと変化した。


 二丁鎌同様に刃を除けばその全てが骨で出来たその槍はイサミの身長以上あり、刃も二枚と重そうだが彼女は軽々とそれを振り回しイビツへと切っ先を突きつけた。


「じゃー、覚悟決めて付き合ってね」


 姿勢を低くし、槍の切っ先はイビツを差したまま。スカートが持ち上がり、もう少しでその中身が見えてしまうと言う直前で、彼女の姿は一筋の赤い閃光に代わり迸った。

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