第5話


 怪物の肩口に深々と食い込むのは刃。

 鉤爪のように内側に曲がりながらもそこに刃を備えたそれは鎌のようであった。無数の骨が纏わり付き刃を抱えることで鎌としての形を成すその凶器に怪物は後ろへと引き寄せられ、唸り声を挙げながら女性から離れて行く。


 女性の引きつった泣き笑いした表情が虚空から再び戻り、すると勢いを持って引っ張られ宙を舞う怪物の姿が彼女の視界に映った。


 怪物は通りの向こう側にあるビルの壁面へと衝突し、崩れ落ちたコンクリートと巻き上がった埃に埋もれる。そして代わりにその姿を見せたのは、人。


 黒地に赤いストライプの走ったパーカーに身を包み、同じ黒い頭巾で頭部を、顔を影で隠した、その小柄さから少女のように見る人であった。


 その少女は女性の居る袋小路の入り口に居て、彼女の方を向いている。

 少女の左手には先の物と同じと思われる、斧のように頭、つまり刃の方が巨大な鎌が握られていた。


 右手は空いていて、しかし代わりにパーカーの袖口から赤くぎらつく鎖が飛び出し、それは怪物の方へと伸びていた。


 やがて少女は女性に背を向け、怪物が突っ込んだ対岸へと向く。伸びた鎖と、鎌の短い柄の石突きに繋がった二本の鎖が揺れ、冷たい音を奏でる。


 その背中へと女性が何か声を掛けようとして口を開いた。

 上手いこと発音されることは無かったものの、その断片から止めてとそう言っているように少女には聞こえて、彼女は横顔を女性に向けた。


「イカレてる。メフィスト、頼んだ」


 呆れてうんざりしたような、気怠い口調。

 ふいと顔を戻した少女に代わり「やれやれ」とこれまた呆れ果てた調子の声が虚空より降り注いだ。


 そして声と同じように何も無いはずの空間から突如として黒いスーツを纏いソフト帽を被った褐色肌の男性、メフィストフェレスが姿を現すと、彼は宙をゆったりと降下し女性の傍らに着地する。


 彼は身を屈め、彼女の肩をそっと抱き締めると同じ方向を向きながら女性の耳元へと唇を寄せ、語る。


「あれは“イビツ”だ。お前の想いを喰らい、お前に成り代わろうとしているんだよ。面白いだろ? 亡くした子が恋しいか。それとも憎いか? もしくは、どっちも? 喰われてしまえば楽になる、が、そうでなければお前はお前の子に生涯苦しめられることになるだろうな。私は――それが見たい」


 メフィストフェレス――ぴしゃりと少女の喝が飛び、メフィストフェレスは語るのを止めてクスクス笑いをした。そして彼は死者の目を閉ざしてやるように、見開かれたまま涙している女性の目元に手を添えるとまぶたを下ろしてやる。


 すると女性はくたりとその体を彼へと預け、小さな寝息を立て始めた。


 メフィストフェレスはそんな女性を地面へと寝かせた後、空に解けて行くように透過され始めた。最後には双眸の黄金のみを残し「来るぞ。精々頑張りたまへ、イサミ」と言って完全にそこから消え去った。


「余計なお世話」


 少女、イサミが呟く。

 そして彼女は長く延びた鎖が覗く右手を振るうと、瓦礫にイビツと共に埋もれた鎌を引っ張り出し手元へと戻そうとした。その刹那、瓦礫を吹き飛ばし、中から埋まっていたイビツが弾丸のような勢いで彼女に迫った。


 鎌はいまだ宙にあったが、イサミは至って冷静だった。

 左手の鎌を構え薙ぐと、その刃は眼前にまで迫るイビツの口以外何も無い顔面を引き裂きつつ、それを真横へと弾き飛ばす。


 残った風圧がイサミを取り巻き、頭に被った頭巾がはらと倒れ彼女の素顔が露になった。彼女の両目、その瞳は赤茶色ではなく、メフィストフェレスと同じ黄金をしていた。

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