第3話
二
「――健気なものだね。そして低俗な世の中だ。金が無くては何も出来ず、そして君のような者が金を手に入れるためには体を汚す他に無い。はぁ……この臭い、私には堪えられないよ」
ベッドのすぐ脇に接地されたソファー。まずは声がどこからともなく室内に響くと次いで、そのソファーの真ん中がゆっくりと窪みを形作り始めた。
一人ベッドの上で膝を抱えていた少女がソファーへと膝に乗せた顔を向ける。そして彼女のまばたきが生み出すほんの一瞬の闇が明けた時、そこにはぴしりとプレスのされた上等な黒いスーツに身を包んだ褐色の肌をした若い男性の姿があった。
時間が経ち、換気が成され情事がされている間や終わった直後に比べればずっと空気も澄んでいるはずであるが、その褐色の男性は鼻が利くのか膝に乗せていた黒のソフト帽を手に取るとそれで顔の前を仰いだ。
鼻筋通った男性の顔はまるで絵に描いたかのような美しさで、不満を告げながらも浮かべた不敵な笑みは妖艶ですらある。
髪の色と同様、黒い睫毛に包まれた眼の奥に輝く黄金の輝きを秘める瞳が動き少女を見た。
「タダで覗き見てるクセに、偉そうなこと言わないでよ、メフィスト」
忌々しげな少女の赤茶色をした瞳が褐色の男性、メフィストフェレスの黄金の瞳と向き合う。
その輝きの違いはまるで宝石と粘土のようで、しかし粘土である瞳の少女は決して黄金の威力に臆しはしなかった。
メフィストフェレスはくすりと笑って、手にしたソフト帽を再び組んだ脚の膝へと乗せると言った。
「人のまぐわい、しかも交配を目的としない不毛の行為に興味は無いよ。見たくて見ているわけでも無い。けれど君と私は一蓮托生。切っても切れない運命の糸、と言うには些か物騒だからこの際は鎖とでも言おうかな。――兎にも角にも、イサミ。君が見るものは私も見るのさ。忘れるな、私との約束。契約を。忘れてくれるな、君には私が居ることを」
そうして少女、イサミがまばたきをするとそこにもうメフィストフェレスの姿は無かった。
しかし彼女は知っている。メフィストフェレスと言う名の悪魔は、自分と常に在ることを。そして、その悪魔と常に、自分が在ることを。
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