第48話 ほっといてくれ

 「閣下って……どういう」


ラナンタータがラルポアを見上げる。


「そ、れは……意味はないよ」


「おそらく」


と、先に席に着いたカナンデラが割って答えた。


「美形男子閣下とかモテ男閣下とか、あ、女殺し閣下だったっけ、ラルポア閣下。キヒヒヒ」


「ほ、ほっといてくれ。誤解だ」


ラルポアはラナンタータの為に椅子を引いてやり、自分も隣に腰掛けた。カウンターの女性がラルポアに視線を送る。金髪に薔薇色のドレス、ナイスバディ。ラルポアはにっこり微笑み返してから、ラナンタータに見つめられていることに気づいて、アーメンと言いかけた。


そういえば僕はフリーではなかったかも。フェイドアウトしかけている彼女がいたはずだ。名前を忘れそうだ。ヤバい。ラナンタータが最低だと叫ぶ。この頃、危ない橋を渡って冷やひやものでデートの時間もなかったから、浮気しそうだ。


素知らぬ顔でメニューを広げてソフトドリンクと桜餅のブルスケッタを選んだ。ラナンタータはラルポアの顔から視線をメニューに落として悩み始める。


「ねえ、私はこの店にまた来れるかな」


「連れてくるよ」 


「じゃあ、ホットゼンザイとチーズお餅と三種のベリーのチーズクリーム煎餅カナッペと……ラルポア」


「え……僕もメニューに載ってるの」


「バカ。何処見てるの。あの女の人ね、薔薇色のドレスの」


「誰かに似ているんだ」


薔薇色のドレスの金髪女がラルポアに人差し指でカモンと合図する。彼女はカウンターから離れて化粧室の通路へ向かった。


「ごめん、ちょっとトイレ」


ラナンタータは背後を通るラルポアを、首を巡らせて見送った。


「僕も、トイレ」


シャンタンがラナンタータにウインクする。ラナンタータはきょとんと小首を傾げたが、カナンデラが「任せておけ」と笑う。


「何を任せるの」


「ラナンタータさん、心配なんでしょ。ラルポアさんのこと」


「え、何を心配するの、私……」


シャンタンはカナンデラと顔を見合わせた。



トイレの通路でラルポアは女と絡み合っていた。壁ドンで小鳥のようなキスから女の腕が首に回り、ラルポアは両手で女の腰から脇の下までゆっくり撫で上げる。股の間に片足を差し込んで女の身体を乗せて仰け反らせ、軽く屈み込んでキスした。


脇腹を撫でて抱き締めた。熱烈なキスが途中で離れる。


「やっぱりね」


「え……」


「いいのよ。情熱的なふりなんかしなくても。あなたはやっぱりラナンタータのお守りが似合っているわ、ラルポア閣下」


「え……」


「もしかして……私のことを忘れたとか」


誰だっけ……


「ヨネンマエ」


「そんな昔のこと」


ラルポアの頬に女の平手打ちが飛んだ。ラルポアの髪が乱れる。


「このタラシ」


いや、君の方から……


「節操がないわね」


まさか……でも、誰だっけ……


「ジュエリア・ロイチャスよ」

 

「「あっ」」


驚く声が、曲がり角のシャンタンとハモる。ラルポアは、シャンタンに目撃されたことを知った。


「あら、シャンタン会長。ふふ、お久しぶりです」


ジュエリア・ロイチャスはラルポアからついと離れてシャンタンの方へ歩き「後程、ご挨拶に参ります。カポネと待ち合わせなんです」と会釈して去った。


ヤバい。ジュエリア・ロイチャスだ。マフィアの娘だ。女は化ける。痩せて大人になったがマフィアの娘に変わりはない。


シャンタン傘下組で最大勢力を誇るパパ・キノシタ組をセラ・カポネが跡目相続出来たのは若頭不在の時だったからだ。あの時、7人組の残り6人の預かりにすれば良かったのだが、崩れたパワーバランスが明確になり、セラ・カポネは期に乗るに敏だった。


其の問題児とロイチャスの娘が……それよりラルポアさん、ラナンタータさんを裏切って浮気して最低……


「今の、どういうことなんですか、ラルポアさん」


「さあ……全くわからない」


「キスしていたのに」


「いや、あれは挨拶みたいな……」


「最低ですね。あんな過激な挨拶って。ラナンタータさんという永遠の伴侶がいながら退廃的な冗談という名前の酒場で色気ムンムンの女とトイレの通路でタンゴ紛いのキスなんて、やりたい放題じゃないですか」


「え……永遠……」


「そうでしょ。ラナンタータさんには黙っておきますけど、約束してください。二度と浮気はしないと……できるでしょ」


「ほっといてくれ」


「約束して。浮気しないって……」


異様な動揺を感じて二人が通路の入り口を見た。其処にタワンセブの息子が顔色を変えて立っている。


「あ、あ……失礼……」


タワンセブの息子は慌てた様子で立ち去る。


「ま、待って、ローラン。違うの。待って……」


ローランは振り替えって「イントネーションが」と呟く。完全に女性的な喋り方になっていたことに気づいたシャンタンは青ざめた。


「あ……ち、違う。こ、これは……今のは……」


「大丈夫です。誰にも言いませんから。噂が本当だなんて」


ローランは走り去った。


シャンタンはラルポアを振り替えって泣きそうな顔つきになった。


「タラシ」


そんな……

ほっといてくれ……

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