第47話 妻です
議論は様々な情報を引き出す。僕は耳新しい情報に驚き、酒と情報に酔った。そして、ジョスリンとベッドを共にした。
其れまでの恋人は長くは続かず、僕はアレが下手なのだろうかと心配になった。14才から娼館に引っ張り込まれて手解きを受けていたのに、下手だと言われたら立つ瀬がない。
あまりにも振られてばかりだったから、僕もいろいろ頑張ってみた。すると『女はそんなことばかりを求めているんじゃないわ。ラルポアはわかってない』と怒らせてしまう。
しかし、ジョスリンは大人の女性で、世界を教えてくれた。僕たちは度々デカダンス・ジョークの論客になった。
「5年前って誰と付き合っていたの」
ヤバい。名前は言えない。
「えっと……なんて言ったかな」
「最低ぇ。ラルポアって最低ぇぇ。5年経つと忘れるわけ、彼女のこと」
覚えているけど言えないだけだ。
「悪魔ちゃん、ラルポアはそこら辺の女が予約して順番に付き合っているだけだからね、怒らない、怒らない」
何を言うんだ。順番なんてないし、予約もない。
「凄くモテモテなんですね」
「羨ましがるなよ、シャンタン。お前は俺様だけね」
カナンデラが人目も構わずにシャンタンの肩に腕を回す。人目と言ってもラナンタータとラルポアだけだから、カナンデラはやりたい放題だと思ったのか、シャンタンに頬ずりまでする。
「で、何で死人が出たの、そのデカダンス・ジョークって店」
ラナンタータはラルポアの胸ぐらを掴み、ラルポアはホールドアップの形に両手を上げる。
「戦国武将ファンの女を連れて来た男が怒ったんだよ。アンチ戦争の店だからね。しかし酔っぱらいは何をするかわからない。噂では、飾り物の日本刀を振り回して自分の彼女を斬り殺してしまったらしいんだ。まさか本物を飾っているとは思わなかったのかもしれないけれど」
「ひええ。彼氏はデートで来たんだよね。最初から殺すつもりではなかったんだよね」
「だ、だろうね。僕は見ていないからよく知らないけど、最初から殺すつもりなら、何処か人気のない処で撃ち殺せば済む話だもの」
「ひええ、ラルポア。まさかそんなこと……」
ラナンタータは手を離して自分の頬を覆った。
「ラナンタータ、ラルポアがそんなことするはずないだろう。タラシは別れ方も上手いんだ」
なんてことを言うんだ。タラシだなんて。僕はいつも綺麗さっぱり振られるんだ。ラナンタータのせいだけど、そんなことは誰にも言えないじゃないか。
僕は誰も撃ち殺しはしないし、もし、どうしても別れたいタイプの彼女ならラナンタータを紹介すればぶち壊してくれるに違いない。ラナンタータは空気を読まないから。
リムジンが停まった。古い石造りの建物の一階角に鉄の装飾ポールに釣り下がった看板が見える。decadance blagies退廃的な冗談とフランス語で書かれている。貴族の乗るような立派な白馬四頭立ての馬車の前にリムジンを停めた。
「凄いな、誰の馬車なんだろうな」
リムジンのドアを開けたツェルシュに、カナンデラが何気なく言った。
「タワンセブ組のボンの趣味ですよ」
「ボン……跡取りか」
タワンセブ組は前会長との絆が強く、セラ・カポネと隣り合っているのが面白くないと言って、同じ規模のロイチャス組とシャンタンに上訴したことがある。
その問題はまだ燻っているものの、ボンには関係のないことだ。
タワンセブ組のボンと聞いてシャンタンが笑った。年が近いせいか話しやすい相手ではある。カナンデラは直ぐにシャンタンの顔の変化に気づいた。
黒地にくすんだ金文字でビアンニュようこそと一言書かれた木目調のドアを開く。
細い路地風な階段を降りた地下に、幽玄の世界が広がっていた。壁一面にぐるりと描かれた水墨画の藤は太い幹がうねりくねり、降るような下がり花を咲かせている。
天井から提灯が下がり、ステージらしきスペースに行灯と金屏風が立てられている。話題の戦国武将の鎧と刀は撤去したらしく、代わりなのかステージ横に小さな座敷牢が設置されて、髪振り乱した艶やかなお姫様の蝋人形が着崩れて横臥している。
地元言葉とフランス語が飛び交う。緩やかな琴の音色。ラナンタータは初めての世界に息を呑んだ。
「ラルポア……酷い」
「え、何で」
「こんな処を知っていたくせに、連れて来てくれなかった」
ラルポアはラナンタータの肩に手をやって通路を歩いた。シャンタンが前を行き、空いているテーブルの前で立ち止まる。
「ようこそ、デカダンス・ジョークへ。お久しぶり、シャンタン会長」
にこやかな和服女性が声を掛け、女性はラルポアを見て大きな笑顔になった。
「あら、女殺し閣下。お元気だった」
「お久しぶりです」
「今日はまたとびきり可愛い彼女を連れているのね」
「つ、妻のラナンタータです、私」
ラルポアは思い切り怯んだ。
カナンデラが笑う。
「ラナンタータのジョークだ」
「あら、そうなるべきよ、ね、閣下」
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