第46話 デカダンス・ジョーク
シャンタンの特別仕様のリムジンの中は、運転席が硝子で仕切られて防音になっている。向かい合わせの座席の間にティーテーブルがあり、クッキーとシャンパンと珈琲を用意して、ツェルシュは助手席に座った。
ラナンタータは向かい側のカナンデラを睨む。
「デカダンス・ジョークって日本人の店だよね。聞いたことある。死人が出た店だって」
「俺、シャンタンから聞いたけどな、昔は日本刀と戦国武士の鎧を飾っていたんだ。デカダンス・ジョークって訳すと退廃的な冗談って意味だってさ。深いだろ」
カナンデラの説明にシャンタンがにっこり笑う。シャンタンは夕べ銃を片付けた。ラナンタータから『カナンデラは遊びじゃない』と聞いて、鎧が壊れた。
「えっ。何だかイメージが違う。日本刀と戦国武士の鎧なら、超真面目臭く命のやり取りをして日本を切り開こうとした日本人の歴史みたいなイメージなのにな。ラルポアはどう思う。何処が退廃なんだろう」
「行けばわかるさ。日本を出た日本人の中には戦国時代を鼻くそみたいに思っている人もいるって」
ラルポアが事も無げに答えたことが、ラナンタータの気に障る。
「鼻くそ……何、鼻くそって」
「戦争で時代を切り開こうとするのは人類の鼻くそだってさ。ヒエラルキートップがヒエラルキー底辺の人口淘汰しながら切り開く時代とは何のためだと……」
「其れなら此の国も同じ鼻くそ時代があった。ううん、違うな。今でも鼻くそ時代は続いているかも。世界大戦があったし、二度とあんな大きな戦争を経験したくないはずだけど、時々、新しい武器開発のニュースを聞くから」
「ラナンタータ、鼻くそ鼻くそっておらたちの住んでる社会をなし崩しに……」
ラナンタータはカナンデラを無視してラルポアに訊く。
「ねぇ、処で何でラルポアは詳しく知っているの」
「昔、デートした店だから、店主と会うのも久しぶりだから楽しみだ。ラナンタータと気が合うかもしれないよ」
「なら何で早く連れていってくれなかったの」
ラナンタータの眉間が寄る。
「アントローサ警部に、あまりあちこち連れ回すなと言われているんだよ。ラナンタータだって出たがらなかっただろう」
「あっそ。わかった。可愛い彼女がいたからだな。お子様禁止だったんだな。私のお守りをするよりも彼女とラブラブを選んだんだな」
膨れるラナンタータに、シャンタンが笑う。
「あの店でデートする女性に、会ってみたい」
ラナンタータが反応する。
「え、女の行かない店なの、デカダンス・ジョークって」
「ラブラブな雰囲気になりたいなら他の店の方が」
「ふうん。ふううん。ラブラブ雰囲気に遠い店か。そうなんだって、ラルポア。だから女性と続かないんだ。ラルポアは美形男子だからソドミー裁判が似合うかも」
ラナンタータの冗談で空気が変わる。シャンタンは顔色を変えてカナンデラを見た。
「ラナンタータ、今時ソドミー裁判を怖がって世界を変えられるか。俺様は結こ……ん……け……ヤバい」
「けがヤバい……あはは。カナンデラ、世界を変える話が出来る店なら良いよ」
シャンタンがほっと肩を撫で下ろして微笑んだ。
「其れならデカダンス・ジョークに限る」
デカダンス・ジョークはタワンセブ組のシマにありながら、マフィアとの関係を拒否している。マフィアにとっては厄介な店舗だが、刺激的な世界感に一時期はまって、退学するまで学友を引き連れて背伸びしていた。
「でも、ラルポアさんとはお会いしませんでしたね」
「ああ、僕は5年前ですね。其れからは1度も」
土曜日の夜に、迎えに来たジョスリンと出掛けた。知り合ってからひと月は経っていたが、夜に二人だけで出掛けるのは初めてだったから、色っぽいことも少し期待していた。
ところが、デカダンス・ジョークは退廃的な冗談という意味の思わせ振りなネーミングとは裏腹な、文化的な店だった。小説家や新聞社の記者、画家、写真家、教育関係者、市の職員、発明家、一般思想家等が集まって、革命を起こさずに世の中を啓蒙する方法を語り合っていた。
店主はラ・メール・ユウコ。40代の日本人だった。彼女はポニーテールにハチマキして、着物は男物でたすき掛け、裾をはしょり男物のズボンを着て黒い足袋に下駄履きだった。
『ようこそ。ジョスリンがこんなに若い人を連れて来るなんて、この国も捨てたものではないわね。私は店主のユウコよ。みんなユウコ母さんと呼んでくれるわ』
僕は18才で法的に酒の飲める年齢だったけど
、女性とバーに行くのは初めてで、少し緊張していた。
アペロには最適の店だ。軽く飲みながら和食のお摘まみを楽しみ、建設的な議論に参加する。ホームルームのように手を上げてユウコ母さんに指名されれば、客は誰でも皆の前で発言することが出来た。
その日の議題は軍隊の是非についてだった。戦争の形態が進化することを知った我々は、次世代の戦争を如何に食い止めるかと語り合った。
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