第二十二話「大臣」
一階に降りてきたモリオとキュリは唖然としていた。
冒険者同士の喧嘩と思われていたが違ったためだ。
甲冑を纏った兵士が一人の男を守るように立ち、冒険者は怒鳴りながら兵士に立ち向かうがラーン王国守備隊である彼らに軽くあしらわれる。
尻もちをついた冒険者が声を上げた。
「おかしいだろ!! 報酬の3割を国に治めろってどういうことだよ!!」
守られている小太りの男は脂ぎっている顔をハンカチで拭いながら返す。
「本当に野蛮な場所だ。汗臭い。酒臭い。吐く息すら臭い。いいか? 王は今遠征に出ておられる。勇者召喚に必要な魔石を探しているのは知っているだろう。剣術兵大将のロアナも魔石集めでパドに遠征だ。遠征に必要なのは金。いくら低能な冒険者でもそれくらいわかるだろう?」
「上位ランクの冒険者なら分かるがここにいるほとんどは低ランク冒険者だ! ただでさえ少ない稼ぎなのにどうやって生活しろというんだ。今でもかつかつだってのに」
モリオは小太りの男に見覚えがあった。
100枚の大金貨を20枚に減らし、もらえるはずだった家を賃貸としたあの男。
「あれは大臣だ」
「大臣? えらい人ですか?」
「まあそうだな。この国の権力について詳しくわからないけど、おそらく大臣は力を持っているはず」
「えらい人なのに冒険者をいじめているんですか!?」
「さあどうなんだろうな。見た感じ一方的に感じるけど。一旦上に戻ろう」
「なんでです?」
「いいから」
モリオはキュリの手を引いてダンたちのところへ戻った。大臣と顔を合わせるのはまずいと感じたからだ。
ただでさえ嫌がらせのようなことをしてきている。とばっちりがくるのは目に見えていた。
「どうした? 忘れ物か?」
ダンたちは立ち上がって帰る支度を終えていた。
「いえ。下の騒ぎなんですが、原因は大臣ですね。どうやら冒険者の報酬に3割の税を掛けるらしいです」
「なんだって!?」
「クソ。せっかくいい気分でいたのにクソデブのおかげで台無しだ」
ローレルはむっすりと鼻穴を広げて椅子に座った。
ダンも珍しく怒りをあらわにしている。
「これでは10年前と同じではないか。王がいないいま好き勝手にやっているというわけか」
「大臣ってやはり評判が良くないのですか?」
ダンはモリオを席に座るよう促し、顔を近付けた。
「ヤバいなんてもんじゃない。裏では危険な薬に人攫い、人身売買、
「……そんなにヤバいのに王はなぜ大臣として置いているのですか?」
「おそらく抑制のためだ。野放しにするより近くにいてもらった方がいいからだろう」
「なるほど」
「今回王は頭が回らなかったのだろう。魔王が復活してしまって事を急がなければいけないからな」
「…………」
「勘違いするな。モリオを責めているわけではない」
「……はい」
「王が遠征から戻られれば事は収まるだろう。今は耐えるしかないな」
その後大臣が帰るまでモリオは二階で時間を潰した。
****
ラーン城地下通路。
ここは王族のみが知っている隠し避難通路。通路を抜けた先はクレイドラ山脈麓にある洞窟に出る。
明かりの類は無く暗闇に包まれている。
この地下通路に二人の男がいた。
一人はカルド・ボシュベル。大臣である。魔石式ランプを持っている。明かりは通路の全貌を照らすことは無い。大臣の周りをぼんやりと照らす。
もう一人は黒いフード付きローブを纏っていて顔は見えない。
「王は先日メンエルに上陸した。事は順調だろうな?」
「安心して下さい。オレを誰だと思っているんです? 王をいつ殺そうが変わらないでしょう。ここに戻ってこれさえしなければラーンは貴方の物だ」
「失敗は許されんぞ」
「オレが失敗するとでも?」
男はフードの陰から鋭い眼差しを送る。
「と、とりあえず頼んだぞ。成功の暁には領土をくれてやる」
「ええ。楽しみにしています」
男はランプの明かりが届かない暗闇へ溶けるように消えていった。
****
大臣によってラーン王国の税収方法が瞬く間に変化した。
今まで税は国民税以外存在しなかった。しかし、水道、魔素、商品、ギルドなどに3割の税を掛けた。
そして噴水公園にて開かれた演説で大臣は国民にこう公言していた。
『勇者召喚のためだ。魔王が復活したのは皆知っているだろう。そのためには国民が力を合わせて一つになる必要がある。今まで召喚術師アモスに頼り切っていた。彼にはかなりの重圧だっただろう。このままでいいのか? 否。王は国民に負担を掛けまいと税を減らした。アモスに全てを任せて安心しきっていた。保険を掛けていなかった。結果、魔王が復活してから焦りこのありさまだ。
存在も怪しい高濃度魔石。魔法研究者は存在を否定している。こんなことに税を使っていいのか。言い換えれば王の国外旅行。国民を放っておいているのと変わりない。
だが私は違う。召喚が不可能となったなら勇者の代わりとなる者を選出して育成すべきだと思う。税を増やしたのはその為である。
魔王の成人まで残り15年。これだけの年数があれば育成は可能である。召喚術が出来る以前のヒト族がそうしてきたように。そのためには金が必要となる。
若く考えの甘い王の代わりにこのカルドが頭を下げよう。頼む、国民の力を貸してくれ』
この演説で反対していた多くの国民は大臣の考えに賛成した。
演説が行われた次の日。
自宅にいるモリオは移動式シャンプー台の横で難しい顔をしていた。
噴水公園への営業の準備を終えたキュリは顔を覗く。
「モリオー! 早く営業に行きましょう! 今日は移動式シャンプー台を持っていってシャンプーを試すって言っていたじゃないですか」
「……ああ」
モリオは急かされるようにしてシャンプー台を背負った。
シャンプー台にはシャンプー用の椅子とカット用椅子が括り付けられている。キュリは姿見と看板を脇に持つ。
「早く皆にモリオのシャンプーを知ってもらいたいです」
キュリは満面の笑みで玄関の引き戸を開けた。キュリはまだシャンプーが出来ないためシャワーヘッド役でしかない。早く自身がシャンプーをできるようになりたいがモリオの許可は出ていない。
噴水公園のいつもの場所に着き野外営業の支度を始めた。
キュリは手慣れた様子で地面に布を敷いて四隅に重しを乗せる。姿見の折りたたまれている脚を開き風で倒れないよう足部分にも重しを乗せる。
名札を左胸に付けて笑顔でモリオを見る。
「準備できました!」
「うん。……やっぱり――」
「宣伝しに行ってきます!」
モリオが言い切る前にキュリは呼びかけのために出店の多い方に向かっていった。仕方ないかと思いながら背中のシャンプー台を下ろしてモリオ自身も準備をした。
するとすぐに一人の男がやってきた。体格のいい中年。
「お前が偽物だな」
モリオはやはりといった様子でコームをシザーケースに戻す。
「偽物もなにも僕は勇者ではないです」
「ふざけんな! お前が勇者を目指せばいい話だろうが! 光魔法だって使えるんだろう! 冒険者たちの噂になってるのは知ってる」
「…………」
「お前のせいだ! お前が言われた通りにやっていれば俺たちの税が増えることもなかった! 一発殴らねーと気が済まねぇ!」
男は拳を振りかぶる。モリオは反射的に顔を腕で守るように身構えて目を閉じた。
しかし拳は飛んでこなかった。代わりに男の驚いた声が届く。
「放しやがれ! ――お、お前は!?」
モリオは目を開く。
「アルガス?」
紫の体毛を逆立たせて牙をむき出しにしているアルガスが男の背後に立ち、彼の腕を掴んでいた。
そして喉を鳴らしながら男と顔を近付ける。
「モリオは悪くない。この世界に巻き込んだのはこっちの責任だ。これ以上悪く言うなら俺が相手をしよう」
「――わ、わかった。もう言わねぇから放してくれ。な?」
アルガスが手を離すと男は慌てて逃げていった。
「アモスに言われて様子を見に来てよかった。早速絡まれているとはな」
「助かりました」
「モリオは頭が回るだろう? なぜ大臣があのような演説をしたのにここに来た」
「……やめようと思いました。でもキュリが偽りなく言ったんです。シャンプーを皆に知ってもらいたいって。やめるとキュリの期待を裏切ってしまうような気がして」
アルガスは呆れてため息を吐いた。
「美容馬鹿がこれほどとはな。とりあえず王が帰って来るまでは控えろ。もし金に困ったときはアモスに言えばいい。無理に仕事をするな」
「はい」
キュリが戻ってくる。目には涙を浮かべて鼻は赤くなっている。モリオの顔を見たとたん糸が切れたように泣き出してしまう。
「うゎーん、モリオをバカにされましたぁ! シャンプー気持ちいですよって教えてあげたいのに皆偽物はここに来るなって……モリオは本物の美容師なのに」
モリオは頬の内側を強く噛み締めた。
異世界から来たというレッテルが国民のはけ口になっていた。
お前が勇者じゃないから。偽物だから。なにを平然と営業してやがる。なにがカットだ。と。
「とりあえず家にこい。アモスが話をしたいと言っていた」
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