第二十一話「打ち上げ」

 こじんまりとした円形テーブルで三人が囲んで食事をしている。

 ミル特製チャーハンにスープ、メインディッシュで肉のパイ包み。クレイドラ大陸ではポピュラーなパイ包みで、ウサギの肉と旬の野菜を包んで焼いたもの。

 モリオは日本食が恋しかったが一口食べてからその感情は吹き飛んだ。よく通っていた近くのラーメン屋で出していたチャーハンに味が似ていたためだ。

 キュリもこの味には満足したようで、リスのように頬を膨らまして詰め込んでいる。


「そういえば今日ここに来る前に八百屋さんでダンさんにお会いしたんです」

「はい」


「打ち上げをまだしていないからそのうちしよう、とおっしゃっていましたよ」

「なんの打ち上げです?」


「決まっているじゃないですか! この前の救出作戦ですよ」


 ミルはなにを言っているんですか? と言わんばかりに当たり前に返した。

 モリオはこれが冒険者の普通なのかと思いながらチャーハンを含む。


「ダンさんはモリオさんがどのような魔法を使って爆発させたのかとても気になっているようでした。近いうちに集まりましょう」

「わかりました」


 モリオはキュリの表情を確認する。今にも泣き出しそうな顔でパイ包みが詰まった頬をもぐもぐさせている。


「キュリを連れていっても?」

「ええ。打ち上げは多い方が楽しいです」


****


 ギルドの二階に集まった五人。

 幹事を務めたミルの迅速な行動によって、あれから二日後に打ち上げと決まり早速集まった。


 まだ料理は運ばれてきていないが、すでに出来上がっている者がいた。


「ったく最近の冒険者はなってない! タンク役はビビッて下がるわアタッカー役はビビッて攻撃しないわ……最近の冒険者はなってない! いいかミル。治癒術師ってのはな――」


 昼間から飲んだくれていたローレルがミルの肩を組んで絡んでいる。ミルは「まあまあ」となだめるように相手をしている。

 このような光景にすっかり慣れ切っているダンは落ち着いた様子で料理を待つ。


「ローレルさんていつもこうなんですか?」

「ああ。こいつはここが家みたいなもんだしな」

「あのお姉ちゃんはここに住んでるんですか!? 私のお家とは大違いです!」


 キュリはお冷を両手で持ちながら店内を見回す。

 お姉ちゃんと呼ばれたことが耳に入ったローレルはまどろんだ目でキュリを見る。


「嬢ちゃんいい子だねー」


 涎を腕で拭いながらミルを解放して今度はキュリの横に椅子を引っ張りながら寄ってくる。


「う……お酒臭いです」

「うんうんお酒臭いのは良い匂いですよー」


 解放されたミルはげんなりとため息を吐いた。


「ローレル! その子にあんまり絡むな! 怖がっているだろう!」

「ああ!? ダンはこんな所でもタンク役をやるのか!? ったく……タンクオタク」


 ふくれっ面で椅子を引っ張りながらミルの元に戻る。ミルは引きつった顔でモリオを見るが、モリオはぷいっと顔を逸らした。


「ところでモリオ。ずっと聞きたかったんだが、あのジャイアントスライムを爆発させたあの魔法はなんだ? 初めて見たからずっと気になっていてな」


 ダンがそう切り出すとローレルやミルの視線もモリオに集まった。気になっているのは皆同じであった。


「あれは電子レンジです」

「でんしなに? えっと魔法の名か?」


「いえ、僕の世界での調理器具の名前です。水分を含んでいる物を加熱する器具で、冷えたおかずなどを温めるときに使います。火を使わず短時間で加熱できるので、一家に一台はあるものです。

 扉の付いた箱に入れてスイッチを押すと一二分で温かくなります」

「んん、えーっと……」


 ダンは理解できない説明の多さで混乱する。ローレルは口をへの字。ミルとキュリは真面目に聞いている。


「……簡単に言うと、日の光が当たったところは温かくなりますよね? あれの凄い奴です」

「なるほど」


 かなりざっくりと言った。マイクロ波の説明をするのは彼らに難しいと判断したためだ。

 モリオはジャイアントスライムをマイクロ波加熱できたことによりある仮説が浮かんでいた。それは、光魔法は『電磁波を操作する魔法』ではないかと。

 目に見える光も可視光線という電磁波の一種。レーザーは電磁波の波を揃えたもの。波長の長さで紫外線や赤外線へと変わる。マイクロ波は波長が長いもの。


 モリオはあの時、昔に妹とスライムを手作りしたことを思い出していた。妹は硬くできてしまったスライムを柔らかくしようと電子レンジに突っ込んだのだ。温めれば柔らかくなりそうという単純な思考。

 しかし、スライムは電子レンジ内で爆発して大騒ぎ。母に叱られて電子レンジは買い替え。それ以来妹はスライム嫌いになった。

 

「僕はジャイアントスライムの内部でその魔法を発動させました。内部で高温になったためにスライムの水分が蒸発して膨張、耐えきれなくなり爆発したというわけです」

「すごい魔法だな。要は水分があればどんな魔物でも内部から爆発させられるのか」

「モリオっちがいればどんなダンジョンでも攻略できそうだな!」


 皆モリオの魔法に感激して盛り上がる。しかしモリオは違った。

 歴代の勇者は光魔法で魔王を倒してきた。その光魔法の恐ろしさを理解したからだ。電磁波は元の世界でも使い方を間違えれば恐ろしい効果をもたらす。

 いくら魔物相手でも二度と使いたくはないと。

 正しい事には用途が沢山ある。美容室でもおなじみの紫外線消毒やモリオの開発したメラニン色素破壊による脱色など。


 様々な料理が運ばれてきて皆食べ始める。

 ミルは骨付き肉にかぶりついて思い出したように口を開く。


「そういえば遠征に出ている国王から文が届いたようですね。先日無事メンエル大陸に上陸してエルフ族の国を目指すと」


 ローレルが麦酒をぐいっとあおり、口に付いた泡を腕で拭う。


「おとぎ話の魔石を探すってやつだろ? ばかばかしい話だ。しかも国王自ら探しに行くとかどうかしてる」

「国王はよくやっているだろう。先代が亡くなったばかり時を思い出してみろ。大臣のやりたい放題で徴税額がバカげていた。成人したゼベル王がようやく表に立って今がある」

「ゼベル王って何歳なんです?」


「今年25だ」

「25!? 若いですね。まさか年下だったとは……」

「モリオっちはいくつだ?」


「27です。――そういえば皆さんおいくつなんですか?」


 モリオは切り出してからまずいと思った。この世界でも女性に歳を訊くのはタブーなのだろうか? と。


「俺は35でローレルは同い年だ」

「私は22です」


 モリオの心配は無駄となった。女性陣は気にすることなく歳を明かす。


「私は12歳です」


 ちんまりと座っていたキュリも歳を明かす。


「そういえばこの子はモリオの子なのか?」


 これに答えたのはモリオでもキュリでもなくミルだった。


「キュリちゃんは養子です。色々あってモリオさんが引き取ったんです」

「……そうか」


 ダンとローレルは笑顔を作ってキュリを見る。

 二人は孤児院育ちであり、似た境遇の者を放っておけない性格だった。


「そのなんだ……これからはおじさんたちをを友達だと思ってくれていいからな」

「友達ですか?」


「そうだ。冒険者は仲間を大切にする。こうやって一緒に食事をしたらもう仲間だし友達だ」

「わかりました」


 キュリは戸惑いながらもコクリと頷く。


 和やかな空気の中打ち上げは進んだ。

 笑いながらたらふく料理を食べて酒を飲んだ。ローレルが悪絡みを発動させたりもしたが笑いは絶えなかった。


 料理も無くなりお開きになろうかという時、一階のギルド受付側が騒がしくなった。


「なんだか下が騒がしいですね」


 ミルが冷えたお茶の入ったジョッキを両手で持ちながら下を気にする。


「パーティーが帰ってきたんだろう? ここがうるさくなる前に帰るか」

「それがよさそうだな」


 ダンは荷物から袋を取り出した。中には金が入っている。

 中から硬貨を取り出して皆の前に並べていく。

 不思議に思ったモリオは訊く。


「これは?」

「ウエスキンを助けたときの報酬だ。モリオは気絶してたから知らないかもだが、あの後ジャイアントスライムの魔石片やダンジョンの素材を集めてから帰ったからな。その売り上げだ。打ち上げ代はすでに差し引いてある」


 配られた硬貨は一人金貨5枚。

 ミルは初給料を手にして喜ぶ。


「そうか。ミルは冒険者初の報酬か」

「はい。頑張ったかいがあります」


「あんまり浮かれないようにな。Eランク冒険者にしてはかなりの高額だ。捜索だったからEランク任務として募集したが、ガーディアンもいたから本来はCかBランクだった。捜索だけなら多くても金貨一枚だな」

「はい」


「治癒術師が必要なときはパーティーに誘うようにする。これからもよろしく頼む」

「こちらこそお願いします」


「モリオもな」

「……お誘いありがたいのですが、僕は本業が美容師ですので控えさせていただきます」


 残念そうにうつむくミル。


「でも今回のように本当に困ったときは言って下さい。僕が必要なら微弱ながらも力になりたいですから」


 その時下の騒ぎが一段と大きくなった。

 木の折れるような音や怒声が響き渡る。


「喧嘩か?」


 ローレルが自分の出番かと言わんばかりに立ち上がる。

 ダンがモリオを立たせる。


「キュリもいることだしモリオたちは先に出るといい。喧嘩が始まれば危ないしな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る