第二十三話「冒険者を雇う」

 野外営業を切り上げてアモス宅へきている二人。

 アモスはお茶をすすりながらロッキングチェアに掛けている。

 アルガスは腕を組んで壁に寄りかかる。


 モリオはソファーに座ったまま沈黙。隣のキュリは不安の表情。


「どうじゃ?」


 モリオはアモスにラーンを出ろと言われていた。

 偽物勇者というレッテルのがあるラーンでは生活がし難い。大臣の嫌がらせの件もある。

 さらにアモスは大臣の突発的な行動に違和感を感じている。


「別にラーンに思い入れがあるわけではなかろう? それにおぬしは美容をこの世界に広めたいという夢もある。しかし、このラーンをスタート地点とするにはあまりにも厳しい状況」

「確かにそうです」


「色々と試行錯誤して波に乗れそうになっておったみたいじゃが、このありさまじゃ」


 移動式シャンプー台が完成して洗髪が可能になった。

 洗髪が可能となればヘナを使ったカラーを行うことも可能になり、メニューを増やすことが出来る。

 これからだと意気込んだ矢先の出来事。

 モリオは上手く進まないことに苛立ちを覚えた。


 ここでアモスから国を出ろという提案。

 モリオもこの考えは頭の片隅に存在していた。しかし、世話になったアモスの事も考えてラーンで発展させようと考えていた。

 美容を発展させた姿をアモスに見せてやりたいという気持ちがあった。

 なんとなくアモスの側にいなければいけないものだとも思っていた。


 自分は召喚された立場、アモスは召喚した立場。


 これがモリオの考えている筋だった。


「僕の勝手で国を離れてもいいのですか?」

「なにを言っておるのじゃ。勝手もなにも好きにすればよい」


「一応召喚された立場ですし、アモスさんの元というか、国を離れるのはいけないものなのかと」

「……おぬしなりに責任を感じているのじゃな。じゃがな、ここに向かう前村でも言ったが、おぬしは勇者ではない。ただ儂が召喚してしまった異世界人じゃ。王にも勇者扱いはしないよう言ってある。それに、おぬしが今さら勇者を目指したとしても無理な話しなんじゃ。

 魔王成人まで15年ある。魔王は代々武術が凄まじいと聞く。おぬしが15年鍛えたところで遠く及ばぬほどじゃ。それにおぬしは15も歳をとる。脂の乗った若い魔王と老い始めの勇者。結果は見えておる。

 じゃからの、世間がなんと騒ごうが好きに生きてよいんじゃ」


「……そうですか」

「そうじゃ」


 モリオはキュリを見た。


「僕はこの国を出ようと思う。いいか?」

「私はモリオと一緒にいられればそれでいいです!」


「わかった」


 アモスは二人が決意を固めたのを確認すると、本棚から折りたたまれた地図を取り出してテーブルに広げた。

 地図はクレイドラ大陸全土を描いたもの。


「国を出るといってもどこへ行けばよいかわからんじゃろう? 儂のおすすめを教える」


 アモスは地図に丸を付けた。位置は大陸の最北端にある『アレサル』と書かれている部分。


「アレサル? ですか」

「うむ。ラーン王国が唯一手出しのできない所じゃ」


「なぜです?」

「共和国なんじゃ。住んでいるのはヒト族だけじゃない。様々な種族が暮らしておってな、むしろヒトは少ない。そこに手を出したとなれば、各種族を敵に回すようなもんじゃ。

 文化も入り混じっていて楽しいところじゃぞ」


「そんな場所があったんですね。僕が村で読んだ書物には書かれていなかったと思いますが」

「できたのは結構最近なんじゃ、あっちの家の書物は召喚モノばかりじゃし結構古いからのぉ。まあ、龍族との戦争で様々な種族が龍族側に付いた、その生き残りがクレイドラ大陸の北端で生活を始めたのがきっかけじゃ。今は戦争の遺恨も残っておらんし安全な場所じゃ」


「なるほど。向かうにはどのくらいの日数が掛かりますか?」

「ふた月もあれば着くじゃろう。ただ……道中は決して楽ではない。ナギナ村からラーンまでのような道もない。行くなら冒険者を雇った方がいいじゃろうな。本当は儂も行きたいんじゃが、立場上ここにいなくてはならん」


「冒険者ですか……」

「この前の彼らはどうじゃ? 確かランクもBと言っておったな、Bランク冒険者であれば問題なくたどり着けるじゃろう」


「えっと、ダンさんたちですかね? ……片道で二ヶ月も掛かるのに付いてきてくれるのでしょうか?」

「冒険者とはそういうものじゃ。とりあえず話だけでもしてみたらどうじゃ?」


「そうしてみます」

「その地図はおぬしにやろう。あと――」


 アモスは本棚から一冊の辞典を取り出した。革表紙の辞典である。


「これはキュリちゃんに。水型魔法学校の教科書じゃ、離れてしまったら勉強を見てやれんからのう」


 アモスは孫を見るような目で少し悲しげに言った。

 キュリは辞典を両手で受け取った。両眉は下がっている。勉強嫌いだがアモスには懐いていた。


「アモスおじいちゃん、ありがとう」


 震えた声。アモスがキュリの頭を撫でると、たんまりと目に溜まった涙が頬を伝った。


****


「という事なんですが、引き受けて頂けませんでしょうか?」

「もちろんだ」

「あたしらに任せな!」

「モリオさん……遠くへ行ってしまうのですか」


 数日後のギルドの二階。ダン、ローレル、ミルを集めたモリオは三人に護衛の依頼をした。


「借りた家はどうすんだ?」

「アルガスが住むことになりました。住居紹介所で手続きも済ませましたし問題ないです」

「アルガスって紫の獣族か?」


「はい」

「あいつおっかねーんだよなぁ」


「いい方ですよ。見た目は怖いですけど」


 ダンが話を進める。


「引き受けるのはいいんだが、報酬は安くないぞ?」

「ええ。一人大金貨四枚はどうでしょう?」


 モリオはアモスから冒険者の相場を聞いていた。相談もして大金貨4枚という報酬にした。

 この報酬量は平均より少し色の付いた額。


 ミルは想像以上の額で驚く。


「大金貨4枚もですか!? 私の二ヶ月分の生活費ですよ」


 ダンは呆れたようにミルに言う。


「あのな。片道で二ヶ月も掛かるんだ。戻ってくることも考慮したら赤字になる」

「あ……確かにそうですね」


「でもな、冒険者ってのは道中どうやって節約するかがカギだ。節約できた分手元に金が残る」

「節約……ですか」


「そうだ、例えば道中の飯は、町や行商から仕入れず狩りで入手する。その辺を探せば食える野草だって沢山生えてるしな。長旅で一番金がかかるのは食費、これをどう抑えるかが肝だ。飲み水に関してはローレルが水型で問題ない。キュリも水型だしな」

「なるほど」


「野営用の道具は俺らが一通り持っているからそこも問題ない」

「それだと、報酬のほとんどが手元に残りそうですね」


「まあ俺らといればそうだな。おそらく大金貨3枚は残るだろう」

「そんなにですか!?」


「ああ。ミルはまだ冒険者を始めたばかりだから分からんかもだが、こういう遠出での護衛というのは前払いだ。理由は、昔金の無い冒険者が遠征の護衛を任された、しかし貧乏だったそいつはまともな装備も無しに格安で引き受けたから道中魔物にやられてしまった。当然依頼主は取り残されて――」


 ダンは親指を立てて自分の首を切るジェスチャーをする。


「昔はこういうことがかなり多かった。そこで依頼主は先に金を払って冒険者に準備させた。しっかりとした装備を身に着けた冒険者たちの依頼成功率はグンと上がった。ギルドもそういう規則を作った」

「なるほど」


「パーティーの場合はさらに金銭で協力をする。モリオは一人に大金貨4枚と言ったが、パーティーで考えた場合12枚となる。依頼をこなすまでは一人がこれを管理して成功時に山分け」


 ここでローレルが割って入る。


「まあ難しいことはダンに任せておけばいいさ。あたしらは気ままに楽しめばいい」

「楽しむ……ですか?」


「あたりまえよ! 冒険者ってのは楽しむもんさ! 遠征となればその場所での料理が食えるし街並みも楽しめる。討伐依頼となりゃその魔物の肉が食えるし剥ぎ取った素材で酒も買える。依頼主も変わったやつが多いし話すと面白いしな。今回のモリオっちだってそうだ。異世界人で光型のビヨウシだぜ? 連れには青髪の美少女。こいつらとアレサルに遠征とか旅行みたいなもんだぜ」


 そう言われたミルは道中のことを想像する。

 もしかするとモリオの隣で夜を過ごすかもしれない。水浴びの際にうっかりモリオの裸体を拝めるかもしれない。魔物に出くわした際にうっかりモリオに抱き着けるかもしれない。と。


「確かに冒険者は楽しむものかもしれませんね」

「そうだ。――ってかお前ヨダレ垂れてんぞ?」


 ミルはハッとして口を拭う。

 

 この後モリオとダンが中心となり話が進み、モリオは無事にアレサルへ向かうための冒険者を雇うことに成功した。

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