第十八話「移動式シャンプー台」

「三日!? 三日も寝ていたんですか!?」

「ええ。ところでお味はどうでしょうか?」


 モリオはベッドの上で食事を取っていた。

 ミル特製の薬草粥。魔素回復と疲労回復を早め、胃にも優しいクリエット家に伝わる家庭の味。


「三日……えっとキュリ。きちんと飯は食っていたか?」

「はい! 最初の日は串焼きを食べました。次の日はアモスじいちゃんとレストランで麺料理を食べました。その次はアルガスの焼いたお肉でー、その次は串焼きです!」


 モリオは二口目の粥を口に入れる。


「キュリ。肉ばっかりじゃだめだ。きちんと野菜も食べないと」

「お野菜は嫌いです! お肉があればいいんです!」

「あのーお味はー?」


「確かに肉はビタミンも入っているし完全食に近い。でも野菜でも栄養をきちんと取れば肌も綺麗になるし、髪もつやつやになるぞ! それに肉ばっかりだと体臭が臭くなる可能性もある」

「か、体が臭くなるのですか!?」

「あのー」


「そうだ。噴水広場の串焼きは確かに美味い。でも脂身が多いだろう?」

「あの白いところがいいんじゃないですか!」

「もしもーし」


「脂身が多いと体臭が臭くなるぞ。それに、肉はタンパク質だ。タンパク質は消化するときにエネルギーを使うんだ。これは体が熱くなりやすいってこと。体温が上がると汗をかくだろう? だから汗臭くなるぞ! それにタンパク質は消化に時間がかかる。だから、消化中の肉臭が口からも出てくる。串焼きを食べた日のげっぷを思い出してみろ」

「あ! 臭いです! げっぷ臭いです!」

「あの、お味……」


「そういうことだ! でも肉を食べちゃいけないって言ってるわけじゃないんだ、バランスよく野菜も食べようってことだ!」

「わかりました! 臭いのは嫌ですからがんばります!」

「えっと」


 モリオは三口目の口に運ぶ。


「このお粥美味しいですね! 米を食べたのも久しぶりだ!」


 ミルはパアっと笑顔になる。


「美味しいですか、お口に合ったようでよかったです」


 キュリが目を細める。


「誰ですかこの女は! なんだかずっとモリオ側にいるし、寝ているときのモリオを見ていやらしい顔もしてました!」

「キュリちゃん!?」


 笑顔を崩していないが怒りの籠った声でミルは言った。

 モリオはすかさずキュリを叱る。


「こらキュリ! この人はミルさんだ。ウエスキンさんを助けるためにパーティーに入ってくれた治癒術師さんだぞ」


 モリオの目には映らない電撃がキュリとミルの間で走っている。


「モリオさん。他にもお米を使った料理は沢山あります、良ければ今度作りに伺ってもよろしいですか?」

「本当ですか!? 是非。僕は料理が全くできないもので。外食ばかりなんです」


 キュリは鼻穴も膨らまして腕を組む。口を出したいがモリオに叱られたばかりだったので我慢する。


「それにミルさんの髪を直したいですし。今の状態は美容師として見てられないです。今すぐにでも直したいほど。でも今はシザーもコームも家だ」

「それでは近いうちに伺っても?」


「ええ。住所を教えますね」


 ミルはここでニヤリと口角を上げる。目線はキュリ。

 キュリはいち早くこの視線をキャッチ。


「モリオー! この女はダメです! 怪しいです!」

「こら! ミルさんはもうお客様同然だ! 今度お客様にそんな口のきき方をしたら放り出すぞ!」


 キュリは両手をピンと伸ばして猫のように怒鳴った。


「うー! モリオのばかたれー!!!」


 そして走って出ていってしまった。

 モリオはため息と同時に頭を抱えた。


「あの、良かったんですか?」

「結構甘やかしてしまっているので。たまには悪いことをバシッと言わなければと思いまして。でも、やっぱりいいもんじゃないですね。怒るっていうのは」


「ふふ。まるでお父さんのようですね。数日会えなかったのですからキュリちゃんも不安だったんでしょう。私はもう帰ります」

「はい。色々とありがとうございました」


「お礼をするのは私です。モリオさんがいなければ全滅でした。ありがとうございます」


 その後、魔力もすっかり回復したモリオは帰ってきたダンに頭を下げて久しぶりの自宅へ帰った。


 次の日。

 モリオはウエスキンの店を訪ねた。道中のキュリは先を行くわけでもなくモリオの真横を犬のように付いてきていた。


 奥の工場で片付けをしているウエスキン。ドワーフ族でキュリとほとんど変わらない背丈だが体型は樽。ずんぐりとしたウエスキンは何倍も大きな木の板を軽々と運ぶ。

 禿げ頭でひげの蓄えた顔。革製の厚いエプロンを掛けている。腕まくりしていて、濃い腕毛がうっすらと毛並みを作る。


「やっときたか。この度は世話になった」

「死ぬ思いをしました」


「がはは。お互いに生きてる。それでいいじゃねぇか! ところで、ダンから話は聞いている。このウエスキンに依頼しに来ていたそうだな。何を作ればいい?」

「移動式シャンプー台です」


「なんだそりゃ? まあ詳しく聞こう。汚い場所だが適当に座ってくれ」


 モリオとウエスキンは商談を進める。

 キュリはちょこんと立ち尽くす。家を探すときもそうだったが、キュリはこういった大人同士の話は苦手である。

 しかし、乱雑に散らばった工場内、珍しいものが沢山あった。


 木製のギア。口が自動で開閉するからくり人形。小さな木製パズル。万力に挟まっている魔石。金属の球体などなど。

 キュリは気になる物を見つけてはしゃがみ込んで観察し、また他の物を探す。


 モリオは移動式シャンプー台の簡単な図形を書いて説明をした。


「なるほどな。こりゃおもしれぇ! 要は移動式洗面台だな」

「はい。ただ問題がありまして、使用した汚水をどうしようかと。垂れ流しだと周りが水浸しになってしまいます。僕の世界では汚水を貯めるタンクも付いているんですが、それだと捨てる手間が掛かります」


「こりゃ早速こいつの出番かもしれねえな」


 ウエスキンは自慢げに後ろに置いてあったバケツを机の上に乗せた。

 バケツの中には半透明で水色の砂がなみなみに入っている。


「これは?」

「俺があのダンジョンに行きたかったのはこれの採取のためだ! こいつはマジックアイテムでな、還元砂かんげんすなって言われている」


「還元砂??」

「こいつは対応した魔法を魔素に戻す代物だ。まあ見た方が早い」


 ウエスキンはバケツを床に置いてキュリを呼ぶ。


「お嬢ちゃん。このバケツに魔法で水を入れてみてくれ」


 キュリは首を傾げながらモリオを見る。モリオは首を縦に振る。


 キュリは手のひらをバケツの上に掲げてちょろちょろと水を出す。

 水はバケツに満たされている還元砂に吸い込まれていく。


 五分が経過した。

 すでにバケツの容積以上の水を出し続けているが、一向に水が溢れることはない。

 ウエスキンはさも自分が凄いだろうといわんばかりに腕を組む。


「もういいぞ」


 キュリは魔法を止める。不思議なものを見たため目がキラキラとしている。


「モリオー! この砂凄いです!」

「ああ。一体どんな仕組みなんだ」


 ウエスキンは砂の中に手を入れて底を探る。手に塊の感覚が伝わるとそれを引き上げた。

 手に握られていたのは水色の小さな魔石。小指の先にも満たない小さな魔石。


「魔法ってのは魔素が変化したものだ。この還元砂はその逆をする。魔法を魔素に還元するんだ。結果魔素の結晶である魔石に戻ったってわけだな」

「ということは、大量に水を使用したとしてもこの砂を通せばかなり小さくできる??」


「そうだ。排水溝にこの砂を通過するよう仕組みを作れば問題は解決だな。ただ、還元されるのは魔法だけだ、洗髪剤や抜けた髪の毛は当然そのままだ」

「毛くずやシャンプーは大した量ではありませんし、汚水さえなんとかなれば問題ないです」


「決まりだな。――おっと。その前に言っておくことがある。この還元砂のことは他言するな」

「なぜです??」


「還元砂は国が欲しがるほどの物だからだ。考えてみろ。この砂で盾なりそりゃ大きな壁でも作ってみろ。魔法を一切通さない盾、壁が完成する」

「なるほど。軍事力というやつですか」


「そういうことだ。俺は国同士の喧嘩には興味がない。人の役に立つ物を作りたいんだ。おめぇの依頼みたいなな」

「わかりました。他言はしません。ただ、それほど貴重な物、かなり高価なのでは? 僕の予算で足りるでしょうか?」


「ばかやろう。そんな心配はすんな! 今回はタダだ。今回だけな! これで貸し借りは無し! 次からはしっかり金は貰うからよろしく」

「ありがとうございます」


「完成を楽しみに待ってな。大体一週間もあれば完成するだろう」

「結構早いんですね。もっと掛かるかと思っていました」


「仕事の速さはラーン一よ」

「実はもうひとつ作ってもらいたい物があります」


「言ってみろ」


 モリオは移動式シャンプー台の他にもうひとつ依頼した。

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