第十七話「キュリのグーパンチ」
ミルは一冊の治癒辞典を開き詠唱を続ける。
ダンは骨折の痛みから苦痛の表情。
ローレルはモリオに言われた通りヘイトを集め続ける。
ジャイアントスライムの手数を減らすために四肢や首に尾への攻撃もしているため体力をかなり消費している。
「モリオっち! まだなのか!」
「集中しているんです! 話しかけないでください!」
モリオは動き回るジャイアントスライムに苦戦していた。
動くものに対して魔法イメージを行うのは初めてであったからだ。さらに全体を照らすために光の玉も発動している。
モリオはジャイアントスライムの中心より少し横に集中している。
中心は魔石があるがウエスキンに近いためだ。モリオの行おうとしていることが成功すればウエスキン自体にも効果が及んでしまう可能性がある。そのため少し横を狙っている。
「ぐっ……」
目の前が揺らいで意識が飛びそうになる中モリオは集中する。
ローレルはすでに30分以上一人で常に動き回っている。トップチューブはぐっしょりと汗が染み込み、お団子頭も解けて髪がおりている。
水弾を避けては首を落とし、尾の薙ぎ払いを飛び避けてはカウンターで切り落とし、体当たりがくれば転がりながら胴体の下をくぐり脚を切り落とす。
しかし、すぐに復活した頭から水弾が飛んでくる。この繰り返し。
攻撃を直撃しているわけではないがスタミナだけが減り続ける。
ジャイアントスライムは全くダメージを負っていない。魔石は厚い体内の中心。無理にでも攻撃しようとすれば体内に取り込まれて身動きが取れなくなる。
それを理解しているローレルは相手の動きを見てカウンターを繰り返す。ダンの負傷したいま無理に飛び込んだりはしない。
ジャイアントスライムは首をうねらせながら体当たりを仕掛ける。
ローレルは咄嗟に姿勢を低くしようと足に力を入れる。
「な!?」
ローレルは気づいていなかった。
何発も打ち込まれた水弾によって地面がぬかるんでいることに。
ぬめりとした地面によってローレルの足は滑り開脚をしてしまった。咄嗟に両手で地面を押すがジャイアントスライムの巨体は目の前。
ローレルはもう駄目かと目を瞑った。
その時、ジャイアントスライムの巨体の一部が弾けたように爆発。その反動でバランスを崩して倒れた。
「ローレルさん今です!! 魔石を破壊してください!!」
ローレルはモリオの声で我に返る。
横たわるジャイアントスライムは、内から爆発していて魔石がむき出しになっていた。そして吹き上がるような大量の湯気。
周りのスライムが魔石を守ろうと集まり始める。飛散したスライムからも湯気が上がっている。
しかしローレルの速さに敵うことはなかった。斧が魔石に突き刺さる。
ローレルは力一杯に斧をねじるように回して、喰い込んだ斧でヒビを広げた。
金属を打ち付けたような高音と共に魔石は砕けた。
魔石が破壊されたことによってジャイアントスライムは力を失い、溶けるように形が崩れていく。
「あちちち」
爆発部分はかなりの高温状態。ローレルはすぐにウエスキンの体を抱えてミルの元へ運ぶ。
「やったなモリオっち! なにをしたのか分からねえがすげぇぜお前! ――ってモリオっち!?」
ローレルの目には地面に倒れ行くモリオの姿が映った。
明るかったダンジョンは突如暗闇に包まれる。
暗くなったためにミルは文字を読めなくなり詠唱が止まる。
先ほどまでの騒がしさが嘘のような静寂。
ダンが言う。
「魔力枯渇で気絶したんだろう。ランプを付けてくれ」
****
モリオは見知らぬ一室のベッドの上で目を覚ました。
窓の外には一本の木。ちらほらと花が咲き始めている。
ベッドの横には伏せるように寝ているキュリ。陽の光で水色に染まった髪がキラキラと光を反射させている。
「やっと目が覚めましたか」
キュリとは反対方向からの声。カットラインが斜めになっているミルだった。
目の下には隈が出来ている。
「ここは?」
「ダンさんのお家です。先ほどまでアモス様もいらしたのですが、モリオさんの症状を確認すると帰っていかれました」
「アモスさんも?」
「ええ。キュリちゃんが帰らないモリオさんを心配してアモス様と探していたそうで」
ミルはクスリと笑う。
「物凄い剣幕でキュリちゃんがいらしたので大変驚きましたけど。モリオさんを見ると大泣きしだすし。やっと落ち着いて寝たところです」
「そうでしたか。ご迷惑をおかけしました。ところでウエスキンさんは?」
ミルは安堵から小さくあくびをした。
「ウエスキンさんは元気ですよ。ジャイアントスライムから解放してすぐは意識がなかったんですけど、ダンジョンでダンさんの治癒をしているときに目を覚ましまして。体も特に異常はないようでした」
「よかった。みんな無事なんですね?」
「ええ。モリオさんのおかげです。どんな魔法を使ったのか分かりませんが、あの巨体を爆発させるなんて驚きです。ダンさんとローレルさんはひたすらに褒めていましたよ。でも、アモス様とお知り合いなら納得です。というかなぜもっと早く気づかなかったのかと。勇者召喚はアモス様しか出来ない魔法、知り合いで当たり前ですよね」
「アモスさんってそんなに有名なんですか。すごい人だとは思っていましたけど」
「アモス・М・ワイス。Мというのはマーリンの意味。クレイドラ大陸の七大賢者に与えられる名です。マーリンは最古の魔術発明の一人者で、すべての魔型を持っていたと言われています」
「アモスさんってそんな名前だったですね。初耳です」
「今は召喚魔術師として有名ですが、本来は水の悪魔という二つ名があったほどの水型の使い手。若い頃に龍族との争いで活躍された方です。と父から教わりました」
「悪魔って。悪そうな二つ名ですね」
「あのお優しい物言いから想像できませんね。――今お茶を入れてきますね、ダンさんにも知らせてきます」
「ありがとうございます」
ミルは部屋を出てダンのいるリビングに向かう。
ダンは鎧の手入れをしていた。戦闘の際に壊れてしまった部分の修復。
「ダンさん。モリオさんが目を覚ましました」
「そうか」
ダンはミルの方を向くわけでもなく鎧に集中している。
そっけないダンの態度にミルは少し頬を膨らます。
「あと台所お借りしますね」
「おう」
ミルはこのときのために買っておいた食材を出して腕まくりをする。
パプア産の米にラーン特産のネギ、薬草数種類。調味料はダンが常備している物を拝借。
小気味よい包丁の音の中ダンが話しかける。
「たかが魔力枯渇でやけに献身的だな?」
ミルは顔がかーっと赤くなったのを感じた。耳も熱を帯びる。
魔力枯渇は死に直面するようなものではない。睡眠を取って自然に魔素が溜まるのを待てば勝手に回復する。
この世界では酒による二日酔いと同等レベルのもの。
「い、い、命の恩人ですよ! 当たり前です!」
「ほーん。そうかい」
「ええ、そうです!」
ダンは手入れの途中だが立ち上がる。
「ちょっくらローレルの所に行ってくる。あいつ一人で換金なんてさせたら酒で消されちまうしな」
「は、はい」
玄関の扉が閉まる音を確認すると、ミルは自らの顔をパンパンと叩く。
「ダンさんったらホント困っちゃうわ」
一方モリオは腹を殴られていた。
「モリオのバカー! なんで勝手にいなくなるんですか! バカなんですか!」
ポカポカとモリオを叩くキュリ。目には涙を浮かべ、洟も垂れている。
「勝手にいなくならないでください。もう私を一人にしないでください……」
キュリは布団に顔をうずめる。
モリオは優しくキュリの頭を撫でる。
「悪かった。ごめん」
「……わかべばいいべす」
布団に口が密着しているせいでなにを言っているからからなかったが、モリオは頭を撫で続けた。
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