第十六話「奥に潜むモノ」

「どうやらこの奥の広間にウエスキンがいるようだな」


 四人は足跡を辿りダンジョンのかなり奥まで進んでいた。


「モリオさん!?」


 ミルが声を上げた。モリオがふら付いて片膝をついたためだ。


「すいません。魔力枯渇の症状が出始めました」

「少し戻って休もう。おそらく外も日が落ちている頃だろう。それにこの先はなにか危険な匂いがする」

「ったくやめてくれよ。ダンのそういう勘はよく当たるんだよな」


「途中まで引き返してキャンプを張ろう。捜索は明日だ。スライムもいないようだし、戻りは魔石ランプを使おう」


 四人が引き返そうと踵を返したとき、奥の広間側から大きな音が鳴り始めた。

 大量の水が打ち付ける音。


 ダンはいち早く音に反応して魔石ランプを高く掲げた。

 そして奥から押し寄せてくる高い水流を見て叫ぶ。


「走れ! 大量の水が流れてきた!」

「は!?」


 ミルはモリオに肩を貸そうしたがすぐに体をローレルに持ち上げられて肩車された。


「ダン! モリオっちを担げ! ランプはミルに持たせろ!」


 ダンは魔石ランプをミルに投げ渡してモリオを肩に担ぐ。

 ローレルに肩車状態のミルは魔石ランプをキャッチ。


 水流の高さは四人の身長を優に超える。速さも凄まじく、人の足では逃げることは不可能。


 ダンはこの危機的状況を察した。

 モリオを担いだまま大盾を水流に向けて叫ぶ。


「俺の後ろに来い!」


 ローレルはダンのしようとしていることを理解した。すぐにダンの背後に回ってモリオを引きずり下ろした。

 ダンは盾を地面に突き刺して詠唱をする。


『我は守る者。大気よ全てを寸断する壁となれ。強風防壁エアロウォール!』


 詠唱が終わるとダンたちを中心に大気の渦が発生した。凄まじい速度で回る大気は高音を出す。


 間一髪で水流と大気の渦が激突し轟音と水しぶきを上げる。


 ミルは恐怖から叫び声を上げるが、轟音にかき消された。

 防壁内に水が入ってくることはない。


 少しして轟音は無くなり、風の高音のみになる。

 ダンは警戒しながら魔法を解除する。


 ダンたちの右側の壁はごっそりとえぐられている。強風防壁エアロウォールに強く弾かれた水流が壁をえぐったためだ。

 ローレルがダンの肩から覗く。


「今の水流は何だ? 水魔法か?」

「分からん。もし魔法ならとんでもない魔力だぞ」


 肩車状態で魔石ランプを両手で持ったまま固まっているミル。

 あまりの出来事に腰が抜けて立つことのできないモリオ。


『グォォォォォォォ――』


 奥から胃に響く唸り声が上がった。


「休憩中に聞いたものと同じだな。どうやらこの奥にはガーディアンがいるようだ」

「こんなラーンの近くのダンジョンでか!? もうとっくに解放されているダンジョンじゃないのか?」


「おそらく未発見のダンジョンだったのだろう。今思えばウエスキンがあんなに乗り気だったのは不自然だ。何年も死んだように籠っていたヤツが急にダンジョンに行くと騒いだのだ」

「確かにそうだが。ガーディアンがいるならもっと戦えるやつ連れてこないと。あたしとダンだけだと無理じゃないか?」


「どうやらそうも言ってられないらしい」


 再度水流の音が響いてくる。


「引き返すのは無理そうだ。戻っている最中何度も強風防壁エアロウォールを張ってられない。俺が魔力枯渇してしまう」

「となりゃ腹くくるしかねえってのか」


 ダンは強風防壁エアロシールドを発動した。

 水流とぶつかり轟音が上がる。

 ローレルは震えているモリオの顔を軽く叩いた。


「いいかモリオっち! このまま引き返しても全滅する可能性がある! 奥のクソ野郎と戦うからもう少し頑張ってくれ!」

「た、戦う?」


 モリオは後悔していた。

 ――やっぱり断っておくべきだった。こんなところで魔物に殺されるなんて。シャンプー台の作成なんて考えなければよかった。

 キュリの言っていたように無難に生活していればよかった。金が無くなったってアモスのような頼れる人もいた。美容師以外の仕事だってできたはずだ――。


 モリオは突如首が右に曲がった。遅れて左頬に強い痛みを感じた。殴られたのだ。

 殴ったのはローレルではない。目の前には握りこぶしを振りぬいたミル。目には涙が溜まっているが眉に決意が籠っているのが分かる。


「モリオさん! 今諦めていたでしょう! ダメです! モリオさんはビヨウシをこの世界に広めるまで死ねないと言っていたではありませんか!」

「ミ、ルさん」


「私の父と同じようになってほしくないんです。希望半ばで諦めないでください!」 


 モリオはミルの言っている父のことは分からなかったが、ミルの諦めていない顔を見てふつふつと湧き上がるものを感じた。

 ――僕が死んだらキュリはどうなる。また奴隷商に捕まってひどい目に遭うんじゃないだろうか。それに、カットラインもクソもないバランスの悪いこの世界の髪の毛事情はどうする――。


「モリオさんは言っていましたね。覚悟を決めるために髪を短くすると」


 ミルは腰に携えているナイフを抜いた。そして腰まである長い髪を左手で乱暴にまとめて一気に切り落とした。

 切り離された綺麗な金色の毛は風に舞っていく。


「私はもう誰も死なせません!」


 水流が収まりダンは魔法を解除した。


 モリオは立ち上がる。不思議と体の震えは消えた。ミルのナイフによる乱雑なカットラインを見てどう直すか考える余裕も出た。

 そしてイメージする。この奥の広間いっぱいを照らす大きな光を。


 モリオの発動した魔法により一気に明るくなるダンジョン内。


「あいつがガーディアンか」

「へ。ただのクソデカいスライムじゃねーか」


 光によって暗い中から姿を現したのは巨大なスライム。しかし形は竜。透明度の高い水色の巨大竜。


「ジャイアントスライム……ダンジョン内にスライムの姿が無かったのはそういうことか。大きさからして数百体のスライムが融合をしているな」


 スライム。

 個体では大した脅威は無いが、いくつもの個体が集まり融合した際脅威を発する魔物。

 軟体性を活かして様々な魔物の姿を模して襲い掛かってくる。魔力総量も融合した分大きくなるため、強大な魔法を使用する。


 ローレルは目を凝らしてスライムドラゴンを観察していた。魔石の位置を確認するためだ。

 スライム系はいくら切り刻もうが殴りつけようがダメージを与えることは出来ず、体内にある魔石を砕くか引き抜かなければ倒すことは出来ない。


「おい! ウエスキンを見つけた! やつの体内に取り込まれてるぞ! 魔石の側だ!」


 ウエスキンはジャイアントスライムの中心部で死んだように浮いている。


「ウエスキンさんって子どもだったんですか!?」


 ミルは驚きの声を上げた。


「違う。ああ見えても俺らより年上だ。ウエスキンはドワーフ族だから見た目が小さいんだ」

「ドワーフ……初めて見ました」


 モリオはアモスから聞いていたためドワーフというのを知っていた。ウエスキンの店を訪れた際にダンを不審者と思ったのもこの情報を知っていたからである。


「来るぞ! ここじゃ戦いにくい、広間の方へ!」


 ジャイアントスライムは口から細い水流を吐き出した。四人は飛ぶように避けた。

 水流が着弾した地面は爆発したように大きくえぐれる。


「こんなのまともに受けたら木っ端みじんだぞ」


 ローレルは両手に斧握り飛び掛かった。狙いはジャイアントスライムの首部分。

 斧の重さを利用した回転しながらの攻撃。ジャイアントスライムはローレルの速さに反応できず直撃する。

 首部分は切断されて地面にべちゃりと落ちた。しかし、切断された部分は意識を持っているかのように動き、ジャイアントスライムの足元へ向かう。

 綺麗な断面の首はボコボコと音を立てて新しい頭を作成し始める。


 ダンはこれを見てモリオとミルに指示を出す。


「今のうちに広間へ! すぐに再融合してくるぞ!」


 モリオとミルは言われるがまま走る。

 ダンはヘイトを集めるため一気に距離をつめる。

 ローレルは融合中の隙をついて尾の切断をした。


「ダン! どうやって魔石を破壊する!? 肉厚過ぎて魔石まで斧は届かないぞ!」

「今考えている! もう少し時間を稼げ!」


「クソ!」


 ローレルは素早い身のこなしで四肢にも攻撃を入れる。しかし、切断したそばから再形成される。

 復活した頭がローレルに照準を合わせる。が、ダンがそれをさせない。大盾で弾くように頭に打撃を与えて照準をずらす。

 口から発射された水弾は大きく逸れて壁に着弾。


 モリオはこの様子を見ながら思った。魔法で攻撃しないのか? と。


「ダンさん! 魔法で攻撃するのはどうですか?」


 ダンは再形成した尾の薙ぎ払いをいなしながら言う。


「俺もローレルも攻撃魔法は使えない! ローレルに至っては戦闘で魔法を全く使ったことがない」


 モリオはミルの方に顔を向ける。


「わ、私も攻撃魔法は分かりません。というか、ローブを着ていない時点で魔法攻撃を期待しない方がいいでしょうね。無詠唱魔法は大したことが出来ませんし」

「なるほど。ローブ以外の冒険者は脳筋ということですね」


「脳筋??」


 モリオは魔力枯渇による頭痛の中思考を巡らせる。


『我は守る者。大気よこの大盾に纏い反撃の狼煙を上げよ。反射風盾リフレクトシールド!』


 ダンは魔法を詠唱しジャイアントスライムの体当たりを受ける。

 魔法によりダンの持つ大盾は風の刃を纏っている。

 盾に接触したジャイアントスライムの体は切り刻まれるように一部が飛散した。同時にダンの体が吹き飛び壁に激突。


「ぐ……なんて重さだ」


 ローレルはすぐさまヘイトをかって出る。


「なにしてやがんだ! 早く戻ってこい!」


 しかしダンは立ち上がることが出来ない。ミルはすぐにさま駆け寄りダンの状態を確認する。


「あばらと肩の骨が折れてます。待っててください、今すぐ治癒魔法を掛けますから」


 モリオの足元には飛散したジャイアントスライムの一部が飛んできていた。そして、恐る恐るそれに触れる。

 こぶし大の破片を持ち上げ数度握る。すると、うねうねと動き本体に戻ろうとする。


「結構固いんだな、このスライム……」


 モリオはふと昔の記憶を思い出していた。小学校の頃妹と一緒に作った手作りスライム。分量を間違えてかなり固いスライムが出来てしまい妹が泣いたこと。

 そして妹がスライムを柔らかくするためにとった行動のこと。


 モリオは辺りを見渡す。

 戦況はあまりにも不利。ダンは負傷。ミルはダンの治癒。ローレルは攻撃とヘイト役をかっている。このままではローレルのスタミナは持たない。


「一か八かに掛けるしかないな」


 モリオの残り魔力は少ない。左足の指先に痺れが現れ始めている。

 しかし一か八かの策を思いついていた。ただこの思い付きを試せば間違いなく完全に魔力枯渇を起こして意識を失う。


「このままだとどのみち死ぬ。ならやるだけやってみよう」


 モリオはこれから行うことを皆に叫んだ。

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