第十五話「捜索開始」

 陽は頂点を過ぎて強い日差しが洞窟の入口に当たる。

 辺りはコケが生い茂り無機質を彩る。天井からは蓄えられた水分がぽつぽつと滴る。

 ウエスキンがいると思われるダンジョンの入口だ。


 四人はダンジョンの入口で準備を進めていた。

 ダンが背中の大盾を左手に持ち確認をとる。


「スライムは切っても殴ってもダメージを与えられない。倒すには体内の魔石をぶち抜くか破壊しないといけないからな、覚えておけよ」

「はい」


 ミルは口をへの字にした強張った表情でメイスを両手で握る。

 二日酔いの抜けていないローレルはだるそうに二本の手斧を両手に持つ。彼女は起きてからずっと不機嫌である。


「モリオ。明かりの準備を。もし魔力枯渇の症状が出たらすぐに教えろ」

「わかりました」


 モリオは光の玉を出してダンの頭上に移動させた。


「よし。打ち合わせ通り俺が先頭、ローレル、モリオ、ミルの順で隊列を組む。何かあればすぐに知らせろ」


 四人はコケを踏みながら中へ入っていった。


 狭い真っすぐの一本道。天井から滴る水。濡れた壁。湿気の多い蒸した洞窟内。

 ぐっしょりとした地面をしばらく踏み進むと三本の分かれ道に当たった。


「左に進むぞ」


 ダンは岩の物陰など様々な場所に注意を払いながら進んでいく。

 進むにつれていくつも出てくる分かれ道も迷いなく進む。


 何事もなく三時間ほど進んだところで、メイスを力一杯両手で握り胸の前で構えているミルが小声でモリオに話しかける。


「本当にこの道で合っているのでしょうか? 先ほどからいくつも分かれ道がありました」

「さあ。ダンを信じましょう」


 ローレルが手を挙げた。止まれの合図。ダンが立ち止ったためだ。


「どうしたよダン。早く進め。頭が痛いから早く帰りたいんだ」


 ダンは振り返る。


「おかしい。もう少しでウエスキンとはぐれた場所に着くが、ここまで魔物が一匹も出てきていない」

「寝てるんじゃねーのか?」


「スライムが寝るなど聞いたことがない」

「気にしててもしょうがねーから進もうぜ?」


「うーん」


 ダンは不審に思いながらも歩を進めた。そして一時間ほど進み続けて袋小路に出た。


「ダン! 行き止まりじゃねーか」

「休憩だ。ここは前に来たときに休んだ場所でもある。もしかするとウエスキンが来た形跡があるかもしれない。魔物もいないし休憩中は魔石ランタンで明かりを取ろう」


 ダンは腰の鞄から魔石ランタンを取り出して明かりを灯す。モリオは光の玉を消した。


「出発するときは起こしてくれ。頭が痛くてたまらん」


 ローレルはその場に横になった。これを見たミルはローレルの元へ駆け寄る。

 この場所は道中程地面が湿っているわけではない。休憩にはうってつけの場所。


「鎮痛魔法を掛けましょうか? 頭痛が和らいで楽になると思います」

「頼む」


「アホは放ってほっとけ。自業自得だ。捜索前に二日酔いになるまで飲むのが悪い」


 ダンは形跡を探しながら捨て吐いた。

 魔石ランタンを囲むようにモリオも腰を下ろし、ミルの鎮痛魔法の様子を覗う。

 ミルはぶつぶつと詠唱を小声でつぶやきながら頭に手を当てた。ぼんやりと白く光る。

 詠唱は長く一分程続けられた。


「ふぅ。これで痛みは和らいだと思います。あと水分補給もして下さいね」

「わかった。ありがとう」


 ローレルは水筒の水を口に含んで再度横になる。

 ミルは正座をして膝の上に鞄を置き、自分の水筒を取り出して水分補給をする。


 モリオは気になったことを訊いた。


「ミルさん。治癒魔法というのは魔型はなにになるんですか?」

「治癒魔法に魔型は関係ありません。スクナ教を信仰する者は誰でも使用することが出来ます」


「スクナ教? 宗教ですか?」

「はい。最近は信仰と関係せずに治癒魔法学校に入れば覚えることは出来ますが、そういった方は信仰者からの当たりは強いですね」


 ミルは下を向いた。


「そうなんですか。こちらに来たとき魔型と魔法の関係性を聞いていたので、てっきり治癒型みたいなのがあるのかと」

「そういわれてみればそうですね。気にしたことがなかったです。ただ、無詠唱での治癒魔法は存在しないので、先代の方がどの魔型でも使用できるように発明したのでしょうね」


「なるほど。誰でも使用可能な人を救う魔法を開発したのは凄いことですね」

「ええ」


「そのローブはスクナ教のローブですか?」

「いえ。これは治癒魔法学校の制服です。治癒術師の証でもあるので着用している方は多いです」


 ダンが形跡の調査を終えてモリオの隣に腰を下ろす。

 この袋小路には前回ダンたちが休憩した形跡以外残されていなかった。


「スクナ教は今やカルト教団って話だな。金を巻き上げる集団ってな。治癒魔法の独占をしているから足元を見ているんだろうが」


 ミルは眉を下げた。


「その通りです。現総代になってからは変わってしまいました。非信者に当たりが強くなったのもその頃からです」

「聞いている感じミルは非信者か?」


「はい。私は薬師の家で生まれました。父は人助けに命を受けたような人で、私はそんな父を尊敬していました。だから、薬師だけの知識ではなく治癒魔法の知識も得ようと入学しましたが……」

「そうか」

「ミルさんは立派です。逆境を乗り越えて今ローレルさんの二日酔いの辛さを助けてあげているんですから。このパーティーに加わっているのだってそうだ。ウエスキンさんを助けたいから。ミルさん自身は戦闘の経験もなく怖いはずなのに頑張っている。僕はミルさんを尊敬します」


 ミルは顔を赤らめてさらに下を向いた。

 ダンも優しい顔でそれを見つめる。


「私ばかり恥ずかしのはいけません。次はモリオさんの番ですよ! 元の世界ではビヨウシというお仕事をしていたと言っていましたね?」

「はい。髪の毛を切ったり、色を変えたりする職業です」


「髪を切る? ほとんどの方は自分で切っていると思いますが」

「そのようですね。僕の世界では髪型や色というのはかなり重要視されています。学校でも長さの規則があったり、就職の面接でも清潔感がある髪型なのかを見られたり。職種にもよりますが、ダンさんのように一束で縛っているだけで面接に落とされる可能性もあります」


「なんだか堅苦しいですね」


 ミルは自身の髪を指に巻き付けて口を尖らせた。


「規則としての髪型は確かに堅苦しいですね。でも髪を切るというのは規則や物理的な意味合いだけではないんです。例えば白髪が恥ずかしいから染めたいとか、薄毛になってきて悩んでいるとか。そんな髪で悩んでいる人の助けをするのも美容師なんです。だから、美容師はお客様の見た目だけでなく、心に与える影響が大きい仕事だと思っています」

「髪を切ると心が変わるのですか?」


「はい。例えばバッサリ短くする。これはかなり大きな影響が出ます。決意や覚悟、自身を変えたいなど新しい事を始める時に髪型をバッサリと変えると気が引き締まります。無意識に髪型というのは自身の写し鏡なんです。当然髪が一気に短くなれば見た目ががらりと変わります。今までの自分ではなく新しい自分。これからスタートだ。と思えるのです」

「いまいちピンときませんね」


「ミルさんも切ったら分かると思います。今の長い髪も似合っていますが、短いボブスタイルも似合うと思いますよ。前髪を真っすぐパッツンにすると可愛らしさが増します。白いフード付きローブにもしっくりきます」


 モリオは笑顔でヘアスタイルの簡単な図を地面に棒で描く。


「こ、こんなに短く!? さ、さすがにそれはちょっと……」

「やはりそうですよね。そういう反応をされるだろうとは思っていました。でも僕はあきらめませんよ! この世界に美容を広めるまで死ぬ気はありませんから。ウエスキンさんを助けたいのだって美容の備品作成を依頼したいからってのが半分以上です。じゃなきゃこんな危険なことはしたくはありません」


 ミルはじっとモリオの目を見る。


「モリオさんは自身の欲望のために動く人ではありません。きっとビヨウノビヒンを依頼しない状況でもここにいたと思います。私はよくわかりませんが、ビヨウシは髪で悩んでいる人を助ける仕事なのでしょう? 薄情な人がそのような仕事をできるとは思いません。それにモリオさんはその悩みを救うビヨウシってのをこの世界に広めようとしている。尊敬できる考え方だと思います」

「はは……そんな真正面から言われるとなんだか恥ずかしいですね」


「さっきのお返しです!」


 ミルは頬を膨らましてそう言ったあと笑顔になった。


 和やかな空気で三十分ほど休憩を取り、出発の準備を始めたところで突如大きな唸り声がダンジョン内に響いた。

 唸り声は地鳴りのような荒々しさで内臓を揺らす低音。


 ダンはすぐさま盾を構えた。

 寝ていたはずのローレルもいつのまにか斧を両手に通路側に構えている。

 ミルは慌てて鞄を背負い直す。

 モリオも遅れて光の玉を出して通路側を照らす。


 通路にはなにもいない。


「ったく! 今のは何だ!? 目覚ましにしてはでかすぎるぜ」

「魔物の咆哮に似ていたが。おそらく奥からだろう」


 モリオとミルはごくりと喉を鳴らす。


「ウエスキンとはぐれた場所はすぐそこだ。足跡を探しながら慎重に進もう。モリオ、魔力どうだ?」

「まだまだ余裕があります。あと4時間は大丈夫です」


「そうか。光の玉を少し前方側で頼む。なるべく奥の方を確認しながら進みたい」

「わかりました」


 四人は緊張感の中歩を進めた。

 頭痛の取れたローレルの足取りは軽いが、先頭を行くダンの額には汗が滲んでいる。

 ミルは震えながらモリオの袖を掴んでいる。


 しばらく進むとダンが右手を挙げた。


「ここがはぐれた場所だ。明かりが無くなって混乱した形跡が残っている。明かりを強くできるか?」

「はい」


 光の玉は凝視すれば強い陽性残像が残る程明るくなる。


 ダンは屈んで足跡を確認する。


「ウエスキンはこの奥に進んだようだ。明かりが無くなって壁に手をついて逃げたのだろう。足跡は壁伝いに進んでいる」

「この先は未知の領域だな。さっきの唸り声も気になる」


「ああ。慎重に進むぞ」

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