第九話「家を契約」
モリオは紙を貰って計算していた。
――僕の手持ちは国から貰った大金貨20枚だ。つまりこれはタイムリミットでもある。
おそらく大臣は僕のことをよく思っていない。根回しのように100枚の大金貨を20枚に減らし、もらえる予定だった家は無くなり、賃貸。さらに家賃は一年間だけ国が持つ。
王は生活の保障をすると言ったが、大臣の手によって阻害されるだろう。国からこれ以上の援助は期待しない方がいい。
まずは食費。この辺りの物価で考えると、僕は料理ができないし外食するとして一人三食銀貨2枚、二人で銀貨4枚。月に銀貨120枚だから、金貨12枚か。
さらに税と水道魔素費で金貨4枚。これで金貨16枚。プラス雑費で金貨3枚として、月に金貨19枚。
他にも家具などの必要な物も揃えないといけない。これは大金貨5枚でなんとかしよう。
となると、大金貨15枚で生活していくことになる。
単純計算8か月弱で貰った資金が尽きるな。
さらに一年後には家賃も発生する。
なんとかこの間に仕事をしなければいけない。
当初の計画では、国が生活費負担と聞いていたことで殆どの金を家の美容室改造資金しようとも考えていた。
でも大臣のおかげで計画が狂いすぎた。生活費に回さなければならない状態だ――。
「あの。一番安い物件は家賃どのくらいでしょうか?」
男は後ろの机で書類の束をめくっていく。
「ありました。えーっと家賃は金貨8枚で5年契約ですね」
「金貨8枚……それが一番安いのですよね?」
「いやーあるにはあるんですが、ヒト族にはご案内していない家でして。温水対応の蛇口も魔素型コンロもない家なんです。そもそも魔素管がまだ伸びていない場所、流れ者の魔族などが住む南東にある区で……貧困区と呼ばれています。ご存じですか?」
「初耳です。ちなみに家賃は?」
「金貨1枚前後ですね」
「そのあたりの物件を案内してください」
即答したモリオに男は目を丸くした。
「わかりました。ご案内いたします。馬車をご用意いたしますので外でお待ちください」
モリオとキュリは男が操る馬車にゆられて貧困区へ向かった。
進むにつれてすたれていく街並み。ヒト族の姿はほとんどなくなり、他の種族が目立ってくる。
獣人や鱗の肌を持つリザード族。低い身長に樽型の体型を持つドワーフ族など。
キュリのいた奴隷商があった辺りよりも閑散としている。建物の密集度もかなり低い。
キュリは馬車に揺られながら楽しそうな表情を浮かべている。
「さあ着きましたよ」
二人は馬車から降りた。
移動時間は馬車で15分程。
第一声を上げたのはキュリ。
「結構いい家ですね!」
キュリはこれからここに住むのだと期待の表情。目はキラキラとして星が出ている。
次に声を上げたのはモリオ。
「これ、家ですか?」
モリオの想像を遥かに上回った家を目の前にして、現実逃避のように周りを見渡した。
まるで、目の前にあるのは誰かの物置であって、紹介されるのは違う家ではないのかと言わんばかりに。
「中をご覧になって下さい」
男はモリオの現実逃避をサラッと打ち砕くように目の前の家に入った。
平屋の家はむき出しの土の上に建っていて、少しの風で剥がれそうなトタン壁が音を上げる。
トタン自体もサビが多く、全体的に見れば茶色い。
周りも雑草が生えっぱなし。
入口は木製の引き戸。
二人は男に続いて中に入る。
中は12畳程のワンルーム。トイレと風呂以外の部屋はない。
木の板を打ち付けただけの床。むき出しの天井。風通しの良い壁の隙間。
台所には一応蛇口はついていて水も出る。
家具はぶら下がっている魔石式のランプ以外一切ない。
「ここが私のおすすめですね。一応水道が通っていますし、トイレと風呂場もあります。他にもありますが、家賃は同じでここよりも酷いです。トイレがなかったり水場は外の井戸だったり」
キュリが部屋を走り回る中、モリオは覚悟を決めるしかなかった。
一応否定をされたい気分でもあったためキュリに確認をとる。
「なあキュリ。ここに住もうと思うんだが……どう思う?」
「私はここに住みたいです! お部屋も広くていいです!」
全肯定であった。
モリオは『こんな家には住めないです!』や『女の子の私をこんな所で寝かせるなんて男の隅にも置けませんね!』など言って欲しかった。
否定されればなんとなく妥協できそうな気がしたのだ。『お金がないんだ! 仕方ないけど我慢しような!』と、言いたかったのだ。
「お、おう。そっか」
「はい!」
キュリは嬉しそうに部屋の中央で手を広げた。
「ここからこっちは私の場所ですからね! そっちがモリオの場所です!」
偽りなく楽しそうにしているキュリ。モリオはそんな表情を見てどうでもよくなってきた気がした。
家はボロボロだとしても楽しい生活になるのではないか。と。
「この家を契約します!」
「かしこまりました。書類を持ってきておりますのでここで記入していただいてもよろしいですか?」
「はい」
モリオは渡された書類を床に這いつくばって記入していく。家の契約書と水道契約書。
床の凹凸で記入した文字が歪んでしまったりしたが気にせず書き終えた。
「ではこちらが家の鍵になります。先ほども申しましたが、この辺りは魔素管が整備されていませんので、魔素契約はありません。あと家具をご購入の際はお気を付けください。魔素製品は使えませんので」
「はい。ありがとうございます」
「私はこれで失礼しますが、どうされます? 馬車に乗っていきますか?」
「いえ。この辺りも見て回りたいので。お気遣いありがとうございます」
男は馬車に乗って帰っていった。
土埃が薄く積もった床を指で触るモリオ。
「よし! キュリ。この辺りを散策しながら掃除道具とか買いに行くか!」
「はい!」
こうしてモリオはヒト族が住んでいない貧困区に家を借りた。
翌日。モリオはアモスの所へ足を運んだ。
キュリを会わせるのと、いつまでもアモスの金で高級宿にいるわけにもいかないからだ。
アモスは部屋で荷物をまとめている最中であった。
アルガスの姿はない。
「色々とお世話になりました。家を借りることもできましたので、明日から自宅で寝ます。それと、この子を紹介します」
緊張の面持ちのキュリ。モリオは背中を押す。
つまづいたように前に出るキュリはペコリと頭を下げる。
「キュ、キュリです! はじめまして」
アモスは椅子に座り、孫を見るような優しい顔で頷く。
「ほほ、これは可愛らしい子じゃな。儂はアモスじゃ、よろしくのぉ。……ところでモリオ。こちらへ」
アモスの目つきが変わり、耳を貸せと手招きをする。
モリオは不思議に思いながらも近づいて耳を向けた。
「どういうことじゃ? この子は魔族じゃぞ? ヒト族の奴隷ではなかったのか?」
「魔族? どういうことですか? どう見てもヒトにしか見えませんが?」
話が聞こえていないキュリは不思議そうに首を傾げている。
「ヒト族と魔族は見た目はほとんど一緒じゃ。違いは髪の色。ヒト族は多少の濃さは違えど黒、茶、金じゃ。この子は紫。間違いなく魔族の血を引いておる。それに紫は魔王の生まれ変わりと言われておるのじゃぞ?」
「奴隷商からそう聞きました。でも、魔王ではないですよね? 生まれたのが最近ですから赤子のはず」
「まあそうじゃが。儂の言いたいことはそういうことではない。ここラーン王国はヒト族の国じゃ。他の種族もいるがあまりいい扱いを受けておらん。それにこの子は紫の髪。周りからはそれだけで嫌な視線を受けることになるぞ」
「やはりそうでしたか。そのような風潮があるのではと薄々感じていました。でも、紫でなければさほど問題ないですよね?」
「ふむ――まさかおぬし!?」
「ええ」
モリオはキュリの元に戻って頭を撫でた。
少し呆れた顔でアモスは向き直る。
「おぬしのことは分かった。これから頑張るのじゃぞ! それと、儂はしばらくラーン王国に残ることになった。宿住まいじゃとさすがあれじゃて、城の居住区に住む。もしなにかあれば訪ねてくるがよい。アルガスは家の物を取りにナギナ村に戻っておる。帰ってきたら四人で飯でもいこう」
「はい」
アモスは立ち上がってキュリの手を握った。
「おじいちゃん。なんですか?」
「ふむ。水型じゃの。魔法は使ったことがあるのかのぉ?」
キュリは首を振った。
アモスはモリオを見た。
モリオはアモスの意図を察する。
「キュリ。僕は少し行きたいところがあるから、ここでお留守番しててくれないかな?」
「え?」
キュリは不安全開で泣きべそになる。
「このおじいちゃんは優しいから大丈夫。それに面白いことを教えてくれるみたいだ」
アモスは手のひらに大きな水の球体を出す。その球体から蛇のようにうねる水流を出してまた水球に戻す。
キュリはわぁと声を出して目をキラキラさせた。
「お留守番しててくれるかな?」
「うん! 私ここで待ってます」
モリオはアモスとアイコンタクトを交わして宿を後にした。
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