第八話「住居案内所へ」
「傘をお貸しいたしましょうか?」
「いえ。宿までは近いですし走って帰ります。この子のこと色々とありがとうございました」
モリオは寝ている少女を背負っている。モリオが頭を下げると少女の白く細い足がぶらぶらと揺れた。
「いえ。また何かあればお越しください。私はこう見えてもその子と同い年くらいの娘を持つ母ですから、お力になれるかもしれません」
先ほどまでの侍女の振舞とは変わって、一児の母そのものだった。
「もしよければこの子が元気になったら娘さんをこの子に紹介して頂けますか?」
「ええ。構いません。是非」
「最後にお名前を伺っても?」
「これは失礼いたしました。まだ名乗っていませんでしたね。私はリジェ・ビーズレイと申します」
「ビーズレイさんですね。では本降りになる前に失礼します」
「はい。気をつけてお帰り下さい」
モリオは小雨の中走って宿へ戻った。
すやすやと眠る少女をベットに寝かせてメモ書きを書く。
モリオはこの後少女の靴を買いに行く予定だ。メモ書きは少女が目を覚ましたときに不安にならないようにするため。
しかし、すぐにメモ紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた。
「ここは?」
「ごめん。起こしちゃったか。ここは宿だ」
少女は眠気眼でキョロキョロとすると、なにかを思い出したように自分の髪の毛に触れた。
乾いていると分かるとスンスンと髪の匂いを嗅ぐ。
「いい匂いのままです」
「うん。しっかり乾かしたからな」
キングサイズで柔らかいベッドが珍しい少女はポフポフと布団を触る。
モリオはベッドの端に腰を下ろす。
「僕は君と少しお話しをしたいんだけどいいかな?」
「はい」
「僕はモリオ加賀美。歳は27。君の名前と歳は?」
「キュリ。キュリ・エクイースです。12歳です」
「キュリか。キュリはこれから先どうしたい?」
モリオは12歳のキュリには酷な質問だというのは分かってる。
しかし、キュリの意見を尊重したい気持ちがあった。
奴隷商にいたという状況から親に売られたか、孤児という線が強い。最悪人攫いに遭ったか。
ナイーブな状況であるキュリにその真意を聞くことはモリオに出来ない。
「わからないです」
当然の回答だった。
しかしモリオは考えがまとまった。
――もし人攫いなら真っ先に親の元に帰りたいとなるだろう。でもわからないと答えた。
だから親に売られたか孤児になったところを奴隷商に捕まった可能性が高い。
髪の状態から10か月前まではきちんとした環境にいたと考えられる。
だから家はあるはずだ。家があれば帰りたいはず。でもわからないと答えた。
ということは家はあったが今は無い可能性。途方に暮れている状態だろう。
だとしたら僕がしてあげられるのは――。
「そうか。メイドさんの家でも少し言ったけど。キュリを奴隷商から買ったのはこの僕だ。もちろんキュリを奴隷扱いしようとして買ったわけじゃない。あの檻から出してあげたかったんだ」
「……ありがとうございます」
「うん。だから僕はキュリの身元引受人としてきちんと責任を果たそう。でもキュリはもう自由の身だ。もし一人でどこかへ行きたいなら僕は止めたりしないし、そのためのお金もあげよう」
キュリはうつむいて両手の指先をツンツンとしながらつぶやく。
「……行きたいところはないです」
「うん。分かった。それじゃ僕と一緒にこのラーン王国に暮らそう」
キュリは顔をくしゃりとして掛布団に顔を付ける。
「ありがどうございまず」
涙声だった。
モリオはキュリに近づいて優しく頭を撫でた。
次の日。
雨は上がり、土埃の香りと潮の香が優しく鼻先をなぞる。
モリオとキュリの二人は東区の衣服店に足を運んでいた。
靴の無いキュリはモリオに背負われていて、おんぶが恥ずかしいキュリはモリオの背中に顔をうずめている。
「キュリ。ついたから下ろすぞ?」
「はい」
モリオは店内にある靴の試着用椅子にキュリを下ろす。
ガラス張りの路面店。
外を歩く人が店内を覗くとキュリはすぐさま顔を隠した。
「どんな靴が欲しい?」
「どれでもだいじょぶです」
モリオは口を曲げて頬の内側を噛む。
「あのな。昨日も言ったけど遠慮するのはナシだ!」
キュリはしゅんとした。
「私……お洋服とか買ったことないからどんなのがいいのか分からないです」
その時店の外から二人の子どもたちが騒ぐ声が聞こえてきた。
その子どもたちは昨日の雨でできた水溜りに両足でジャンプして着地し、水しぶきを上げて遊んでいる。
キュリはその様子を羨ましそうに見る。
モリオの美容師で培われた洞察眼はそれを見逃さない。
「そーだな。キュリの服に合う靴はー、こんな感じの長靴タイプが似合うな。僕の世界でもスカートに長靴を履くのが流行ったりもしたし。長靴だと雨の日も安心だし、水溜りに足を入れても水が入ってこないな。キュリはおっちょこちょいそうだから水溜りを踏んじゃうかもしれないしなー」
そう言いながら、革製の黒い長靴をキュリの足元に置く。作業用ではなくオシャレなブーツタイプの物。
キュリは目をキラキラさせながら靴を見る。
「履いてみな」
「うん!」
キュリは慣れないながらも靴を履いて立ち上がる。ちょこちょこと姿見のあるところに行ってニタリとした。
モリオは喜ぶキュリを見てほっとする。しかし、内心コーデに思うところがあった。
黒い長靴に黒のジャンパースカートと白いブラウス。12歳らしくはない。シック過ぎた。と。
他の靴も探そうかと展示してある靴を手に取った。
「モリオ! これにします!」
モリオは無言で手に取った靴を戻す。
この後靴下なども買って店を出た。
キュリは水溜りを見つけるたびにジャンプして入る。
そのたびにモリオが注意するがキュリは笑顔で空返事をするだけ。
モリオはこんなキュリの様子を見て安心した。
出会ったときは精神的ダメージが大きく見えた。しかし話した感じでキュリは明るい性格あるとモリオはすぐに分かった。
二人が向かっているのは住居紹介所。モリオの世界でいう不動産屋。
場所は噴水公園にある。
「キュリ! 着いたぞ!」
キュリは住居紹介所を通り越して少し先まで行ってしまっていた。
「はいです!」
モリオは戻ってくるキュリを確認すると、先に店内へ入る。
すぐにカウンターと椅子があり、従業員の男が椅子へ案内した。
「僕はモリオという者です、王からここで家を探せと言われたのですが」
「はいはい。モリオ様が望む家を用意せよと伺っております。お待ちしておりました」
「どんな家でもいいのですか?」
「ええ。ただ、先ほどカルド大臣がいらしまして。……家賃は一年間のみ国で持つ、と。最初の通達ではモリオ様に一軒家を与えよと伺っていたのですが、賃貸に変更になりました」
その後男は小声で「大臣はケチですからね」と言った。
モリオは聞こえないふりをする。
すると遅れて入ってきたキュリがモリオの隣にちょこんと座った。
「つまり、好きな賃貸に住んでもいいけど、一年後から家賃が発生するということですね?」
「さようでございます。あらかじめこちらで良い物件資料をご用意していたのですが、こうなっては意味がないですね」
「例えばどんな物件を用意してくださってたんですか?」
男は後ろの机から一枚の大きな紙を出した。
間取りや築年数などが書かれた書類。
「こちらとかなんですが……北区にある築3年の一軒家。庭付きの二階建てで部屋数が大広間を入れて九つ。賃貸となると月金貨25枚で5年契約です」
「5年契約? 契約年の間に家を出たらどうなるんですか?」
「残りの契約月分の家賃を払っていただきます。例えば残り3年で家を出たいとなれば、36か月分で。えーっと……金貨900枚ですね」
「なるほど。もうひとつお聞きしたいんですが、生活するにあたって必要な契約などはありますか?」
「はい。そのあたりの説明も必要だと伺っております。基本は水道契約、魔素契約の二つです。この二つは使用した分だけ支払う仕組みとなっています。一般的な一人暮らしですと、合わせてひと月金貨2枚ほどです。国民税は月に金貨2枚ですので――」
ここで男はキュリを見る。
「お子様連れでしか。でもご安心ください。未成年から税は集めておりませんのでそちらのお子様には国民税は掛かりません」
「無知でお恥ずかしいのですが。成人は何歳からでしょうか?」
「15歳からです。――話を戻しまして、生活するうえで税に金貨2枚、水道魔素費で2枚。これに家賃と食費ですね」
「ええっと水道は分かるのですが、魔素契約というのは?」
「はい。魔素契約は魔素製品を動かすために必要な契約です。例えば部屋の明かりを灯すランプ、食品を保管する冷蔵庫。これらは魔素を使って動きます。ラーン王国では地下に魔素管を張り巡らせていますので、そこから家の中に魔素を入れて冷蔵庫などを動かしているのです。この魔素を供給できる契約です」
「えーっと」
モリオは混乱していた。まるで電気ではないかと。
そして宿にあった温水シャワーや冷蔵庫が動いていた謎が解ける。
アモス宅にはこういった魔素製品は無く、あったのは魔石が埋め込まれたランプのみだった。
「お湯は魔素契約で出るようになるのですか?」
「はい。温水対応の蛇口を設置すれば魔素でお湯が出るようになります。こちらでご案内している物件は全て温水対応の蛇口を完備しております。あと、お台所に魔素型コンロも完備しております」
キュリは話が早く話が終わればいいなと足をプラプラさせる。
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