Ⅵ 異変の真意

 それにしても、なぜバレンタインのチョコレートは和装のご婦人と入れ替わってしまったのだろうか?


 なんだか随分と話のスケールが大きくなってしまったが、再び戻ってあの下駄箱でチョコの箱を開けた男子生徒のその後はというと……。


「――俺のチョコが……俺のチョコがどうしておばさんになんかなっちまうんだよ?」


 何も語らず、特に何かするでもなく、ただニッコリとほほ笑んでそこに立つ和装のご婦人を尻餅を搗いたまま呆然と見つめ、せっかくの女子からのチョコを失ったモテない男子生徒は涙目で嘆く。


「………………」


「あ、あのう……おばさんはいったい? ……俺のチョコは、どこ行っちゃったんですか?」


 それでもただニッコリと黙してこちらを見返している不可思議なご婦人に、男子生徒は居た堪れなくなり、喪失したチョコへの未練から思わずそう尋ねてみる。


 すると、それまで何も語ろうとしなかったご婦人が……。


「いいえぇ。わたしの名前はチョコではなくチコです。わたくし、チヨコと申します」


 ご婦人は落ち着き払った穏やかな声で、やはり微笑みをその顔に湛えたままそう答えた。


「え? チヨコ? ……ま、まさか……入ってたのは、チョコかと思ったらチコだったのかあぁぁぁ~っ!」


 神の些細な悪戯により、淡い青春のときめきを粉微塵に粉砕された男子生徒の悲痛な叫びが、静かに昇降口を覆う夕闇の空気に木霊した――。


 そして、この日を境に日本のバレンタインデーは〝チョコ〟の日ではなく、〝チコ〟の日として認識されるようになったのであった。


              (チョコかと思ったらちょこっと違ってた。 了)

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チョコかと思ったらちょこっと違ってた。 平中なごん @HiranakaNagon

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