Ⅴ 国家の危機

 こうした原因不明の未知の現象は、この高校だけに留まらなかった……いや、高校はおろか、他の学校もそれ以外の施設でも時と場所を選ばずである……。


「――なんだ? このおばちゃん達は!? どこから入って来た!?」


「ちょ、チョコの…チョコの箱開けたら出て来たんです!」


 とある企業のオフィスでは、社屋に溢れるご婦人達に慌てて駆けつけた上司に対し、部下の若い女性社員が少々パニック気味に状況を説明している。


 恋愛絡みのチョコが主役の学校以上に、大人の事情から〝義理チョコ〟などという忖度の風習が存在する会社の方がむしろ問題は深刻であった。


 なにせ、大量に購入された義理チョコの箱や包みのそのすべてが、このご婦人達を生み出す装置と化しているのである。


 ――テロリロリン! テロリロリン!


「臨時ニュースをお伝えします。現在、日本各地で謎の中高年女性が大量に発生し、交通機関や公共サービスをはじめ、各方面に多大な影響を及ぼしています。これ以上の被害拡大を避けるため、チョコレートの箱を開けることは極力避けてください。繰り返します。現在、日本各地で謎の中高年女性が大量に発生し――」


 注意を惹く甲高いアラートの音が鳴った後、今さらながらではあるが、テレビ画面に映った女性キャスターが険しい表情でこの騒ぎのことを伝える。


 たった一日……否。朝の出勤時間~夕方の終業時間までのわずか半日で、この日本列島には津々浦々まで謎のご婦人が溢れ返った。


「――これは国家存亡の危機だぞ! ただでさえ高齢化社会だというのに、こんなに中高年が一気に増えては、今後の社会保障費をどうまかなえばいいというんだ!?」


「そんな先の心配をしてる場合か! 原因はまだ掴めないのか!? ともかく何か早急に対策を!」


 この事態に政治家や官僚達も右へ左への大騒ぎである。


「きっと与党のせいだ! 与党の政治が悪いから神が罰を与えたんだ!」


「なんでそうなる! おまえら野党がそんなだからいつまでも政治がよくならないんだろう!」


 前代未聞のこの事態に国や行政が対応に苦慮する中、いつものことながら与野党の議員達は問題そっちのけで互いに互いを罵り合っている。


 たかだかチョコが中高年女性に変わっただけで、この国は政治・経済から交通、教育に到るまで、最早、すべてのシステムが恐慌状態である。

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