第2話 「そっか!」


 この場所へは別の場所から強制的に転移させられた。

 とある洞窟の突き当たりに宝箱があったのだが、それを開けたら景色が歪み、気づいたら私たちはここにいた。その宝箱には強制転移の罠が仕掛けられていたのだ。

 宝箱に罠が仕掛けてあり、その罠が強制転移であるということは特に珍しいことではない。

 だが簡単に予想ができるものでもない。

 だから綿貫わたぬきの言うように、宝箱を開けたらこんなところに飛ばされるなんて思わない、というのは認識として正しい。

 しかし反論もある。


浅慮せんりょだな。宝箱は二つあっただろう。」


「うん、あったね。」


「そしてそのうちの一つを開けたが、中にはツタヤのクーポン券が入っていたな?」


「入ってたね。」


「ならなぜもう片方の宝箱も開けた?」


「だって!完全に外れだったじゃん!あっちが罠だってだって思うじゃん!」


 綿貫は勢い込んでこちらを向きながら地面に湯飲みを叩くように置く。岩と湯呑みがぶつかる硬質な音とともに湯呑みのお茶が少し跳ねて溢れる。

 どうやら綿貫はツタヤのクーポン券を罠と思ったらしい。

 だからもう片方の宝箱は当たりに違いないと。、、、ふむ、何を言っているのだこの娘は。

 私は一拍の間を置いて、


「ダンジョンの罠がそんなぬるいわけがないだろう。」


と綿貫の主張を否定すると、


「ええー、じゃあどうすんの?」


綿貫は体の体制を元の正面に整え直し、この罠の性質を評してこう言った。


「これ下手すれば死ぬやつじゃん。」


 そのとおりだ。

 強制転移とは別座標に強制的に転移させられることであり、転移先が壁の中や地表を離れたはるか上空などであれば死は確実だ。

 一方で今回のように安全な場所に転移させられたとしてもそこが密室であったならば出られない。つまり、このままここから出られないのならいずれ死ぬ。


「なんとかしてよ全知無智ぜんちむち先生。」


「それは10年後の私の名だ。それに私がお前に答えを教えてどうする。」


綿貫は私の生徒だ。


「んんーー、じゃあ、ヒントだけでも!」


「ヒントか。」


 しばし思案しあんする。

 生徒の課題に教官が答えを出すのは論外だが、ではヒントはどうか?

 与えずにすむのなら与えないほうがいい。困難な状況を如何に自分の力で切り抜けられるか、というのが今回の課題だからだ。

 だがこのまま放置しておいてもそれができる気配はない。

 つまりこのまま行けば確実にリタイアで、これが積み重なれば留年となる。数度のリタイアなら減点も少ない。

 だが綿貫にはよくわからない失点が多い。


 今回リタイアしたところで留年が決定するわけではない。しかし、まだ春先でありこれからもこのような事態が続くとなると留年は確実なものとなるだろう。

 綿貫にとってそれは避けるべき事態であり、教官である私に取っても望むところではない。

 ヒントを与えるからには満点というわけにはいかない。

 しかしヒントを与えずにこの状況は好転するかというとかなり怪しく、その結果リタイアしたとなればその減点具合はヒントをもらうことによる減点よりもかなり大きい。なので、


「、、、扉がこちらに開くようにできているのは何故だと思う?」


不本意ながらに助言を与えた。すると、


「そっか!」


と、うつむきがちだった綿貫は目を輝かせながら顔を上げ、手に持った湯飲みを後ろに放り投げてからリュックの中に手を突っ込んだ。

 すぐにスケッチブックと鉛筆を取り出すとスケッチブックの白紙のページを開き鉛筆を高速で走らせた。

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