ハッピー&アンハッピー=1:1
ちびまるフォイ
希望のある不幸のどん底
昔、お母さんが言っていた。
人生で楽しいことも悲しいことも同じくらい起きるって。
「……宿題忘れました」
「また? 佐藤さん、あなた先週も忘れたでしょう。
ただノートを出すだけなのにどうしてできないの」
「すみません」
「もういいわ。教室に戻りなさい」
教室に戻ると、一瞬だけ自分に目線が送られた。
自分の机に座るとべちゃりと嫌な音がした。
「ちょっとぉ~~。誰よ、佐藤さんのイスに牛乳こぼした人ぉ~~。
佐藤さん、スカートめっちゃ牛乳臭くなってんじゃ~~ん」
「あ、でもいつも生臭いから逆にいいかもね? あはははは!」
保健室に着替えにいくと先生はなにか察したような顔をしていた。
「……先生には言ったの?」
「いえ」
「なんで?」
「言えば気づかれない形でエスカレートするだけですから」
「……無理しなくてもいいのよ。辛かったら休んだっていい。
クラスメートと距離をおけば変わることもあるわ」
「……先生?」
「どうしたの?」
「先生の頭のうえのそれ、なんですか?」
「え?」
保険の先生の頭には 30:20 と出ていた。
時刻表示かと思ったがそうではない。
「私の顔になにかついてる?」
先生は鏡で自分の顔を何度も確かめているが気づいていない。
私も鏡を覗き込むと自分の頭の上にも同じような表示が出ていた。
0:1200
「せん、にひゃく……?」
「それより、楽しい話をしましょう。
教室がいやでもこの保健室だけは快適な場所にしたいもの。
佐藤さんは最近なにか楽しいことあった?」
「楽しいことなんて……」
「先生はね、最近美味しいものを食べにいったの。
すごく美味しくてもうびっくりしちゃった」
楽しそうに話す先生の頭の上に出ている数字がみるみる増えていく。
よく目を凝らしてみると数字の上になにか小さく文字がふりがなのように書かれている。
「先生は今、幸せですか?」
「え? どうかしら。まあ、でも不満もないし幸せだと思う」
保健室に出てからも、他の人の頭の上の数字ばかりが気になる。
幸福:不幸の比率はバラバラでも、誰もが幸福のほうの数字が多かった。
私だけが不幸を1200も溜め込んでいる。
教室に戻る頃にはすっかり下校時間。
誰もいない教室に少し安心する。
教室の隅にある水槽に向かって中の水を入れ替える。
「デメちゃんは今幸せ?」
水槽にいる金魚に餌を落とした。
キレイになった水の中で金魚は嬉しそうに泳いでいた。
翌日も手を変え品を変えて嫌がらせは続いた。
体育の授業中に後ろから強くボールを当てられる。
トイレに立つと必ず机の中に変なものを仕込まれる。
先生が黒板に向いたとき消しカスを髪に投げられる。
どうして私がこんな目に……。
0:2500
鏡を見るとまた不幸値が溜まっていた。
学校が終わった帰り道、商店街ではふくびきで賑わっていた。
「おめでとうございます! 1等のハワイ旅行をプレゼント~~!!」
1等を当てて喜んでいる人の頭の上にも数字が出ている。
0:1500
私ほどではないにせよ不幸に傾いている比率。
1等の旅行券を受け取った瞬間に数値が移動した。
1500:0
当選者は「報われた」と叫んでいた。
それを見て自分の中でなにか考え方が変わった。
--今の不幸は、きっと未来の幸福の準備なんだ。
翌日、私ははじめて学校にいくのが楽しみになった。
「あれ~~? 佐藤さん、どうしてスリッパなの? 上靴は?」
「うん、ちょっとね」
下駄箱から靴が捨てられていた。
履けないように汚されて。
0:3000
トイレの個室に入ると上から水が打ち込まれた。
扉の向こうで笑い声が聞こえた。
0:4000
でも、前ほどつらくない。
だって嫌がらせをするほど私の未来が明るくなっているのがわかる。
もはや私の不幸値はハワイ旅行で精算できるほどじゃない。
この不幸が幸福に転化されたとき、帳消しになるくらいの幸せが訪れる。
なんだか笑えてきちゃう。
「あは、あははは」
みんな、私の幸せのために不幸を与えてくれているんだって思えてくるから。
それからも嫌がらせは何度も続いた。
より直接的で、よりエスカレートしてゆく。
「お前、キモいんだよ! ヘラヘラ笑いやがって!! なにが面白いんだ!」
「この痛みも……不幸も……将来の幸せのためだもの……ふふ、ふふふふ」
「ちょっとやばいこの子……」
「ねえもうほっとこう……」
「うるさい! 死ねよこのブス! 死ね! 死ね!!」
「あはははっ! ありがとう! みんな、ありがとう!」
うずくまった背中に蹴りを入れられながらも笑いが止まらなかった。
私の不幸が増すほど私の夢が広がる。
しだいに私への嫌がらせはしだいに減っていった。
もうこれ以上不幸がたまらないということは、未来の幸せも頭うちになってしまう。
「ねぇ、前みたいに嫌がらせしてよ! どうしてやめちゃったの!?
みんな私のことが嫌いなんでしょ? もっと不幸にしてよ!?」
「……」
みんな私が不幸になってほしくないのか、目をそらした。
いや、幸せになってほしくないから不幸にもしてくれないのか。
もうわからない。
翌日、水を替えようと水槽に近づくと何かが浮かんでいた。
「デメ……ちゃん?」
生物係になってからずっと世話していた金魚だった。
誰かが一時的に水から出して、死んだ後に放り込んだのだろう。
「あはは……あは、あははは。不幸……また不幸がもらえた……」
自分の流している涙が未来への幸福が得られた嬉し涙なのか。
友達を失ったことへの悲しい涙なのかわからなかった。
いったい、いつになったら幸せになるんだろう。
家に戻るとお父さんがいた。
「お父さん? どうして? いつも遅いのに……」
「幸子、お母さんが死んでからずっと寂しい思いさせたな。
でももう大丈夫だ。お父さん、仕事頑張ったんだ」
「え?」
「お父さん、仕事で大成功してな。これからは我慢なんてしなくていい。
幸子、猫が飼いたいって言ってただろ? ペットも暮らせる場所に引っ越して飼おう」
「いいの!?」
「ああ、もうお金の心配なんてする必要がなくなったんだ。
幸子が行きたい場所を言ってくれ。どこへでも連れてってやる」
「遊園地も?」
「もちろんだ! 貸し切りにだってしてやる!」
「お父さん……私、私……こんなに幸せになっていいの……!?」
「頑張ったな、今まで苦労かけてすまなかった。
そのぶんこれからいっぱい幸せになろう。これからはずっと一緒だ」
夜のガラスに映る自分の頭の上で数字が動いたのがわかった。
99999:0
「お父さん、ありがとう。私、今すごく幸せだよ……!」
数日後、遺書を残して私は自殺した。
「今でも娘が……幸子がどうして死んだのかわからないんです……。
だってあんなに楽しそうに、幸せそうにしていたのに……」
「娘さんは自殺の前になにか言ってましたか?」
「いえ、なにも。ただ、遺書には
"この先、幸せになったぶんの不幸が待っているのが辛すぎる"とだけ……」
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