30話.私たちこれでいいのかな。

 「先輩、私は千花さんじゃないです。」

 キスの終わりに佐々木は言った。

 「私、知ってます。雪の日に外に出ないのも、いつも一人でいるのも、あのカフェによく行くのも全部千花さんのせいなんでしょう?私、知ってます。」

 どうして佐々木が千花のことを知っているのだろう。

 「勝手に調べました。ごめんなさい。」

 そう言ってから佐々木は涙しながら話を続けた。

 「私、千花さんの代わりにでもなりたかったのです。先輩と初めて会った時から好きになって、先輩と一緒になりたくて少し調べました。でも私なんかが千花さんの代わりになれるのでしょうか。先輩の心の中の虚しさを、空っぽの穴を埋めることができるのでしょうか。たぶんできないと思います。せめて千花さんの代わりにでもなれるのでしょうか。私は不安です。」

 佐々木の涙は止まることを知らない。袖で涙を拭き取りながら佐々木は坦々と言い続ける。

 「私は先輩の千花さんの代わりにでもなりたいです。先輩。私を抱いてください。私を先輩が好きだったあの人だと思って抱いてください。」

 佐々木は強請るように言った。私はそう言う佐々木を抱いた。佐々木のことを抱きながら千花のことを思った。佐々木は私に何度も好きっと言ってくれたけど私は一度も好きと言ってくれなかった。


 あの日以来、私たちは付き合い始めた。歪な恋愛だったけど私たちはそれで満足した。でも私は知っている。逃げた先に天国なんてないと言うことを、あるのは地獄めいた苦しい現実だけだと言うことを。それでも私たちはその恋愛を続いた。

 「先輩。私のことを千花と呼んでもいいですよ。」

 「でもそれは…。」

 「大丈夫です。私をあの人の代わりだと思って使ってください。私はそれだけで大丈夫です。」

 「わかったよ、千花。これからはこう呼ぶね。」

 「はい、ありがとございます、先輩。」

 千花は私を見て笑ってくれた。その頬を撫で、唇にキスをした。千花は照れくさそうな笑いをした。幸せと罪悪感が混じり合い私の心臓を痛く叩いた。千花のことだけを考えて生きてきた10年で、これからの10年も私はたぶん千花のことだけを思いながら生きてくことになるのだろう。この私たちの許されない歪んだ関係がどこまで続くのかはわからない。私たちこれでいいのかな。千花、私たちこれでいいよね?

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