第13話

 あの、災害が起きて三日目の晩になった。あいかわらず救助がくる気配も無く、私たちは不安な夜を迎えていた。私がリーダーになって最初にしたことは、女性と男性のエリアを分けた事だ。カフェテリアはワンフロアをまるごと使用しているため、皆が雑魚寝状態にならなければいけない。男性と女性の比率はたいていの会社では当然のことだが、三対一から四対一と圧倒的に女性が少ない。しかも男は20代から50代まで幅広い年代の人間がいるのに、女性に関しては二〇代から三〇代前半と比較的若い者がほとんどで、中には何故か小中高生の少女もちらほらいる。このような状況において女性にとってあまり好ましくない状態でもある。寝静まった頃を襲われレイプされたという様なことは、災害発生時などの極度に緊張した精神状態に陥った場合に発生しやすいと心理学的に証明されているし、統計データにも裏付けられているからだ。さらに無政府状態であることことが輪をかけて犯罪を助長する。私は二十三階の応接室など比較的身体を休めやすい部屋を中心に彼女らに解放することにした。もちろん、例の炭化した人のなれの果てがなるべく残っていない所を選んだ。それと、不気味がらせないように平山や若い男性社員数人で炭化した遺体を目立たない場所まとめて捨てた。

「俺たちが使う訳じゃないのにこんなことしたくないっす」最初に平山等に頼んだとき彼が開口一番、発した言葉だ。確かにわからなくもないが、私をリーダーに選んだのだから、このくらいのことは従ってほしいと思ったが、強くも言えなかった。平山以外のメンバーもほぼ異口同義で、必死に説得したのだが、結局手伝ってくれたのは三人のみだった。

彼らはブーブーと文句を垂れながらも顔を炭でまっくろにして、一時間ほどで仕事をこなしてくれた。作業中はうれしいことに人事部のストックルームから数着の作業服を調達できた。以前は工場ではないにも関わらず男性社員は全員作業服、女性社員は制服着用が義務だった時代の名残だ。スーツが炭で真っ黒になってしまったから、これは正直助かった。だが、若年の社員たちにはダサいと評判は良くなかった。スーツより堅苦しくなくて動きやすいし、むしろこっちの方がいいくらいなのに。

 部屋の準備が整い、女性たちを案内できたのは既に12時近かった。

「これで安心して寝れます。正直男の人の目つきが怖くて。とくに平山さんなんて私の方をいつもジロジロ見てくるので、気持ち悪くて」受付嬢の女性、松下優里亜。短大卒したてでこの春でようやく一年目。まだ、二十歳そこそこで、ロシア系の血でも入っているのか彫りが深く美しい女性だ。しかも胸の大きさが目立つ。私でも目のやり場に困るのだから、若い男なら仕方がないとは思うが、女性にとってはだめなようだ。情シスの小川も小学校低学年の娘さんとようやく落ち着いて寝ることができると一安心はしていたが、

「ところでこれからどうなるんでしょう? 娘にはおうちに帰りたいってせがまれてて…」と根本的な問題が解決されていないことは相変わらずのため不安は隠せなかった。

「松島さんは、ご結婚されてるんですか?」

「ええ、まだ保育園の年長組と年少の二人の娘が居ます」

「それは、ご心配でしょう? 私も主人が東京まで通っているので心配です」

「そうですか。私も妻子を残して単身しているので正直言って不安です。小川さんは、ご自宅はこの近くなのですか?」

「ええ、都筑区です」

「そうですか」都筑区あたりは幾分土地の標高が高いはずだが、おそらくここ港北区がこの有様では水没は免れまい。そう思うと次の言葉は出なかった。

「たぶん、もうだめでしょうね…。ようやく買えた、庭付き一戸建てなのに…、まだ住宅ローンだって残っているのに…。ところで松島さんは?」彼女は苦々しく笑いながら言った。

「私は埼玉の北部ですよ。でもとても通いきれないので中山にワンルームを借りていますが」おそらく自分のマンションも水没しているだろう。どうせ大した物は置いていないが、レンタル中のDVDをまだ見ていなかった。週末までには返さなければいけないが、この状態で延滞もへったくれもない。

「そうですか。埼玉なのですね。私も実家は埼玉で。でも浦和だから少し離れてますよね」

「そうですか、同じ埼玉県民だったのですね。それにしても浦和から横浜市民なんて華麗なる転身ですね」

「え? そんなこと無いですよ! 子供の教育環境はあっちのほうがいいし、なんしろこっちは坂だらけで結構大変で、車がなかったらとてもじゃないけど暮らせないですよ!」

「ママァ…、おしっこ」彼女の小さい愛娘が目を覚ましてしまった。

「あ、ゴメンナサイ。長話してしまって。じゃ、おやすみなさい」彼女は小さい娘の手を握り、トイレのある廊下に消えた。

そしてその時事件が起きた

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