第11話

 三途の川だと思っていた川は白井曰く、私の脳が見せている幻影で、同じく川向こうにいる白井も彼本人ではなく幻影だという。そもそも私はなにをしていたか思い出せない。ひどい頭痛に襲われたのは確かで、死を予感したのも覚えている。だが、それ以前になにをしていたのかわからない。

 白井自身はまだ生きていて、自分自身をこれ以上傷つけるなと言った。だがそもそも私の記憶のある限りは彼を傷つけるような、行為をしたことはない。

「松島さん、覚醒中の記憶を思い出せないようですね。仕方ありません。私が貴方の精神に介入している最中は脳の働きが一部制限されてしまうかもしれません。こんなことをするのは私も初めてでどうやったらいいのかわからなくて…。これ以上介入するのは危険なのかもしれないから、もうやめようと思います。その前に、これだけはお願いします。この新しい身体になれることができて、再び私が貴方たちの目の前に姿を見せることができるようになるまでは、そっとしておいてください。心配されなくても私は生きています。代謝が人と変わってしまったので、食事や水分は当分は不要です。あと、くれぐれも私の身体を傷つけるのはやめてください。こんな身体でも痛覚はありますし、ヒューマノイドとしての形が保てなくなる危険があるので。それでは、ごきげんよう」

 彼が話し終えると、急に私はまっくらな部屋の中にで目ざめた。目の前にはゲル状物質とつけっぱなしの懐中電灯。そして、ボールペンか何かの細長い棒。私はここでなにをしていたのだろうか? つかの間、自分がなにをしていたか思い出せなかった。だが、それもの一瞬のだけだった。そうだ、このゲル状の物質がなんだか解明しようとしていたのだ。だが、サンプルを採取しようと、そこに転がっている筆記用具を物質に差し込んだとき激しい頭痛に襲われたのだった。そういえば、くも膜下出血と思っていたが、まだ死んでいない。それに、うその様に痛みは消えている。ここが死後の世界であるとは思えないし、自分自身が幽霊と言うわけでも無い。確かにここに存在しているという実感はあるし、PCのモニターに私の顔が写り込んでいる。手に取った筆記用具もなにやらぬらぬらと濡れているのがわかるくらい、現実的だった。よく見るとなにかがついている。懐中電灯で照らすと、何か液体のような透明な物質がほんの少しついている。これは目の前のゲル状物質をえぐり取ろうとしたときにほんの少しだけ取れたものだ。

 そういえば白井と会話した事を思い出した。あれは夢だったのか、現実かか? 夢の中の白井は自分は生きているけど再び目の前に姿を現すまで探すなと。そして妙なことも言っていた。私を傷つけないでくれと言うこととヒューマノイドの形を保てないと言うことも。

「まさかな」一瞬、私はこの目の前に居るものが白井じゃないかと思えてきた。だがばかげている。そんなエスエフみたいなことが起こりえるか? だがこの悲惨な状況がだんだんとそんな突拍子もないことがあってもおかしくないという考えが頭の片隅から染みでるように支配していることに、まだ気がつかなかった。そう、自分の運命を決める出来事だ。そのころはそんなことも気がつかず、白井のベルサーチのスーツが粘液物質がある隅の方にくしゃくしゃに脱ぎ捨てられてたことも。

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