第5話
我々は目の前の光景を為すすべもない脱力感を感じながら、かといって恐怖も感じずただ、ただぼうっと海面に沈んでいく夕日を眺めていた。太陽がほぼ海面に没したとき、フロアにガヤガヤと見慣れた男たちが入ってきて、大声でわめいていた。此奴等はなにを騒いでいるだろうか? 当初は全くなにを言っているのか理解できなかった。だがやがて意味のある言葉と変わった。
「早く上の階へ逃げろ! もう七階まで水浸しだぞ!」赤ら顔の太った男が言った。あのファシリティの部長だ。
「なにをぼうっと突っ立ってる! 九階まであっという間に水があがってくるぞ!」男はけたたましくがなり立てた。気がつくと死体以外でここに残っているものは我々だけだ。他のものはとっくに待避していたのだ。
「日が傾いていた頃には既に浸水が始まっていて、我々も気がつくのは遅れてしまって…」ファシリティで最初に声をかけた男、確かリーとかパクとか言っていた、在日韓国人の男だ。
「階段はもう滝のようで脱出するのが一苦労でした。変圧器がやられると事なのでそれだけはカットしましたが、あと数分遅れたら電気系統が全てやられて、このビルはこの時間は闇の中を逃げなきゃいけなくなるところでしたよ」
「地下に非常用食糧があったらしいが、これではもうおじゃんだな」何人の人間が生き残っているかわからないが、このままでは一週間ともつまい。救助も絶望的だ。極地の氷が溶けたのだろうか? いくら何でもあり得ない。津波の一種だろうか? 体感できるほど揺れは感じなかったが、ひょっとすれば日本海溝など地震の揺れが到達できないほど遠くで発生したのかもしれない。他の人間が言ってた閃光というのも気にはなるが、この津波と因果関係はわからない。
水浸し直前の八階フロアを脱出した我々は、ファシリティの大塚を先頭に白井、名も知らぬ社員数名とリー、しんがりは私という面々で一路カフェテリアがある最上階の24階を目指した。白井が言うには地下食料庫は絶望的だが、カフェテリアにも非常用食糧は備蓄してある。それに自動販売機にはちょっとした軽食や飲み物もある。まだ浸水していないフロアにいけば、そこにも自販機はあるし個人のデスクに備え付けの非常食も人数分有るはずだ。もっともあの閃光で燃えていなければだが。
皆はさっさと階段を上っていくが普段運動不足の私は青息吐息で皆の後を追うが先頭からは既に二階分は離れている。リーだけは心配してくれて、私が見える位置に常に立ち止まって待ってくれていた。逆の立場ならどうしただろうか? 彼を置き去りにしてさっさと進んでいたかも知れないと考えると、正直自分はいやな奴だと自己嫌悪に陥ってしまった。
24階のフロアまでようやくたどり着くと、そこには二十人弱の男女が集まって居た。何故かそこには小学生と中高生くらいの子供も数人居る。
「松島さん、大丈夫ですか?」息を切らせている私に白井が心配して駆け寄ってきた。
「いや、少し休めば大丈夫だ。それより、助かった人間はたったこれだけか?」私は白井から聞いていた事実とあまりにもかけ離れていることに驚いた。彼は首を横に振ったが、それは生存者に関する事かこの悲惨な状況に対することなのか不明であった。
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