第2話
「おい、どうなってんだ全く」
ファシリティ部門の責任者と思われる五十代の男が電話先の人間となにかやりあっている。確か長谷川だか荻原と言う名前だと部下に何かを指示しているようだが、思うとおりならないのだろう。ようやく会話が終了して受話器を置いた。私が電話機を貸してもらおうと、声をかける隙もなく電話がかかってくる。
「今やってますから、もう少しお待ちください! こっちも人が足りなくて。ほんとに最優先でやってますから」今度はお偉いさんだろう。先ほどと異なり、随分と下手に話している。
「これは終わりそうに無いですね」先ほどの男はもう諦めろといった体で私に語った。
「待ってられないな」私は諦めてオフィスのある9階に戻ろうと、誰のものかわからない机に放ってある、自分のトートバッグを掴みエレベーターに向かおうとした。
「おお、松島さん。使いたんだろう」たばこと酒のやり過ぎでまるで蛙を押しつぶしたかのようにガラガラのだみ声で背後から呼びかけるものがいる。振り向けば例の男だ。彼とは面識はあるが、名前は知らないし自己紹介すらしたことはない。なぜ彼は私の名前を知っているのだろうか? まあ良い、名前のことなどどうでも良い、今は電話を借りることが先決だ。此処で借りそびれたら、今度はいつになったら借りられるかわからないからだ。
私は、彼から受話器を奪い取るように受け取ると、大慌てでオフィス内線番号をプッシュした。10コールほどしても誰も受話器をとらない。何か打ち合わせでもしているだろうか? 私はついにしびれが切れ、電話をあきらめオフィスに戻ろうとと決断した矢先だった。ぷつっと受話器がとられたノイズが聞こえた。すでに受話器を置こうとしていた私はあわてて耳に当て直した。だが電話から聞こえてくるのは焦燥した雰囲気の耳慣れない男の声。部下の
「もしもし、こちらセンシング技術部松島だが、
「彼女は既にその…」
「何だ? 帰ったのか?」
「いえ、申し上げにくいのですが、亡くなりました。残念なことですが」一瞬耳を疑った。
「何故だ? 具合が悪いという話もきてなかった」今朝まで朗らかに冗談言って笑って居たのに、何故急に。それに具合が悪ければすぐにでもなにがしかの連絡があっても良いはずだ。
「ご存知ない? 松島さんは、今はどこにおられるのですか?」名も知らぬ同僚の男は、まるで私のことを浦島太郎だとも思っているかのような態度であった。
「今、地下の遮蔽室から出てきたところだ」
「それでは仕方ありませんね。良いですか? 落ち着いて聞いてください。かいつまんで話しますが、何か大規模な爆発のような現象が一時間前にありました。そのとき、窓が見える位置に居た人間ほぼ全員が黒こげになって亡くなったのです」
「おい、冗談もたいがいにしろ! おまえはどこ部署の人間だ!」そのときの私はどこかのあほうが自分をからかっているのだと思った。だが、そんな友人も知り合いも自分にはいない。二十代の若者ならいざ知らず、私はもう三十代半ばの人間だ。同期入社の者の中には部長クラスまで出生した奴もいるくらいだし、こんなバカなことする奴はいない、
「私は危機管理室の白井です。ミーティングルームに居たおかげで助かりました。ですが、此処は今ひどい有様で火災が発生したフロアもありましたが、スプリンクラーがうまく働いて今は鎮火しておりますが…」
「そんなにひどいのか?」思わず声が漏れた。
「ええ、あちこちに死体が転がってて異臭もします。今は生き残って居るもので遺体を一カ所にあつめてます。腐敗すると感染症も懸念されるので。とにかく一度九階フロアに来てください。一度生き残って居るメンバーを集めて今後の方針を話し合いたいと考えています」
「遺体の件だが、警察や救急が来てからの方がいいんじゃないのか?」
「今は期待できませんよ。見渡した限りこの辺り一帯は空爆でもされたんじゃないかってくらいひどい有様で廃墟同然ですから」
「わかった。今すぐ向かう」私は受話器を片手に持って、しばらく呆然とあたりを見渡すのが精一杯だった。
だがこれから起こる恐ろしい事態に比べたら
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