The Flyer

諸田 狐

第1話

もう二十年も前のことになる。

私はちょうど午前中のうちあわせが終わり、遅めの昼食を取りに会社の24階にあるカフェテリアに向かうところだった。いやちがう。実験のために地下の電波遮蔽室にいる頃だったかもしれない。

防火警報のアラームがけたたましく鳴り響き、大変驚いたことを覚えている。

地下室の扉を開け外にでるとなにやらあたりが騒がしい。

ファシリティ部門の詰め所も同じフロアにあり、彼らが大騒ぎをしている。

「何事だね?」あまりにも尋常でない様子が気になり、彼らが忙しいことは承知で尋ねた。

「正直なにが起きているか我々もわからない。ただ、これだけは言えるが全ての通信が遮断されている状況だ。電力供給も途絶えている。現在はバックアップ電源と太陽光発電のみでまかなっているが長くは持たない」一番年少、といっても私と対して変わらない丸刈り眼鏡をかけた男は言った。

「地震が起きた兆候はなかったが…」それに台風や大雪の季節でもない。

夕立になるという予報もない。まさか、北朝鮮の核攻撃か?

「戦争でも始まったのか?」あまり考えたくはなかったが、普段からニュース番組を賑わしている例の小鬼インプがついに核ミサイルのスイッチに手をかけたのかと思い、自然と口から漏れ出ていた。

「核が放たれたという情報はありません。少なくとも都心や此処横浜には」

なるほど。ま、そんなことでもあったらたとえ地下深く潜っていたとしても少なからず衝撃を感じるだろう。すくなくともそのような地響きは微塵も感じていないのだ。

「わかった。ありがとう。私はオフィスに戻るよ。とりあえずデータが飛ぶ前にバックアップしておきたいからね」私は彼にそういい残して部屋を去ろうとした。だが男は驚いた顔で「今、地上にでるのはおすすめできません」

「なぜだね?」

「地上は今大パニックです。死者も沢山出ているようで」

「どういうことだ? 核爆発はなかったと理解したのだが、通常兵器でも使われたのか?」戦争ではなくとも何か大規模なテロでも起きたのだろうか? この日本で。

「すみません、情報がなくて。爆発や戦争のようなことは起きていないと思うのですが、なにぶん携帯電話もインターネットもテレビも全ての外部通信は途絶えてまして」

「外部通信? では内部通信はできるのか?」

「内線通話のみです。イントラネットは外部サーバー経由ですので無理です」

イントラネットが使えないのか。コスト削減で自社内にサーバーを置かなくなって久しいが、こういう時に困るな。ネットワークインフラさえ生き残っていれば問題ないのだが、データバックアップ出来ないのは困る。実験開始から一ヶ月してようやく使い物になるデータがとれたのに、これを失ったら次いつデータをとれるかわからない。

仕方がない、バックアップは新人の出芽いずのめ君に頼もう。少し天然ぼけなところが心配ではあるが、指示さえ間違えなければちゃんと仕事はこなしてくれる。

「すまん、内線電話貸してくれ」

「かまいませんが、PHSはお持ちではないのですか?」

「あいにく、電池切れだ。内線電話に問題でもあるのか?」

「こちらもほぼPHSなのですが、なぜか全て一斉に電池切れになりまして、唯一のコード付き電話はあれしかないのです」

彼が指さす方はぶくぶくと太った50代半ばの男が顔を真っ赤に火照らせながら電話受話器に向かって怒鳴り散らしていた。

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