正義と努力

プラのペンギン

努力の人

そのシリーズには、特撮ファンの間で密かに神回、もしくは放送事故と言われる話があった。現在は差し替えが入り当時の映像を見ることはほぼ不可能と言われている。しかし私はリアルタイムでその話を見ていた。大人になった今でも鮮明に覚えている。

虫をモチーフにした変身ヒーローのシリーズで、最近では珍しくヒーローは一人だけで、他の登場人物も友達などだけだった。主人公は亡き祖父の意志に従ってそのヒーロー活動をしていた。神回と言われるその回は、主人公が敵の本部に乗り込み幹部最後の一人のところまでたどり着いた時の話だった。


「よくここまでたどり着いたな。随分遅かったじゃないか」

悪役らしくない姿の幹部は、悪役らしい言葉を主人公に投げかけた。

「へっ、あんたのお仲間が行く手を阻むもんでね。だけどもうあんたもここで終わりだ!変身!!」

主人公はいつものように爽やかな笑顔をして変身をした。

二人はとても熱い戦いを繰り広げていた。しかし誰が見ても主人公の劣勢だった。誰もが主人公を応援し、その行く末に息を呑んだ。

「そろそろ私も本気を出させてもらうぞ」

悪の幹部はそう言うと、得意の重力操作能力で主人公をその場にねじ伏せた。

「な、なんだこれは!体が、重い!」

「フハハ、どうだこれが私の力だ!」

「くっ!」

視聴者が皆、負けてしまうのと思ったその時だった。主人公が少しずつ体を起こし、屈むくらいの体勢まで立ち上がった。日本中で歓声が上がるような展開だった。

「なぜだ!なぜ立っていられるのだ!これは確実に貴様を圧倒しているはずだ!なぜなのだ!」

「なぜ、だって?簡単だよ……それは、俺の根性だ!」

全国の子どもたちが希望を持った瞬間だった。

「根性だと?」

その言葉と共に、悪の幹部は重力を解除し突撃してきた主人公をひょいと避けると口を開いた。

「少し私の話を聞いてくれ。その間は攻撃しないでやる」

素直な主人公はその言葉に従い、攻撃を止め話を聞く態度をとった。

「お前はどうしてそのヒーローをやっている」

「俺は、じいちゃんの意志を継いでヒーローをやっている。じいちゃんに世界を救えと言われたんだ!」

「そうか。お前の意志は無いんだな。私は小さい頃から自分の中の正義を持っていた。いじめられてるやつを助けて代わりにボコボコにされたり、ゴミをポイ捨てした人を注意しては喧嘩したりした。家に帰って親にどうしたのか聞かれたってちょっと喧嘩しただけだなんて心配させないようにしてた。そういう小さい正義を重ねて、周りからの評判は悪くなかった。そのおかげで、大学時代に恋人ができてそのまま大人になって結婚できた。妻が妊娠して、私は幸せの絶頂にいた。だがある日、妻と電車を待っていた時に誰かに背中を押され妻はホームから落ち電車に轢かれた。即死だった。お腹の中の子供も当たり前だが死んだ。押した人間はすぐに捕まったよ。私が血眼になって探したんだ。絶対に許せなかった。私は法廷で驚くような言葉を聞いた。『誰でも良かった。何がなんだかわからなかった』って言ったんだ。そいつは障害を持っていたんだ。だから責任能力が無いとして釈放された。私は別に判決に異議はなかった。今までもこういった事例がいくつもあったからな。でも私には正義があった。あの人を野放しにしていればまた被害者が出てしまうと思った。もしかしたら少しは私情が入っていたかもしれないが。だから私はその人を殺したんだ。なるべく痛くないように、さっとね。私は正義を貫いたと思ったよ。でも私は逮捕されてしまった。とても納得できなかったよ。そして獄中でわかったんだよ。私の正義は正義ではなかった。思えばそうだった。いじめられっ子を助けはしたけど、一度だけだった。その後のいじめは見えないふりをしていた。母親も心配して色々心労が掛かってたのか体調をよく崩していた。全部自己満足だったんだ。わかるか?」

「だからってこんなことして言い訳ないだろ!お前は間違ってる!」

「そうだ私は間違っている。だから何だって言うんだ。それを私が間違っていると自認したところで何も変わりはしないのだよ。私はボスにこの組織に誘われた時、努力をしようと思ったのだよ。今までの自分が間違っていたことを認めたからこそ、この新しい社会で私は努力することを誓ったのだ。様々な実験を自分の身に行い、様々な勉強を沢山して、体を鍛えて。この超人的な体を手に入れてからもそういった研究をやめることはなかった。お前は違う。私より頭が悪く、私より力がなく、センスがあるわけでもなく、神の祝福を受けているわけでもない。私はどんなに弱い相手でも油断することはなかった。たかがネズミでもゾウを殺す事ができる。たかがアリでも人を殺す事ができる。ならばどんな弱い相手でも油断すれば負けてしまう。だから私は絶対に油断しないようにした。作戦をいくつも立てた。途中で崩れても臨機応変に対応出来るように訓練した。それをお前は『根性』とかいうものでその全てをなかったことにして、そうして立ち上がった。正直に言えば今すぐにでも貴様を殺すことができる。そうしないのは貴様を試すためだった。しかしどうやらもう私は貴様に勝つことはできないようだ。その『根性』とやらは自然の摂理を無視し、破壊し、全てを貫通して勝つのであろう?ならば私はお前とは戦わない。意味がないからな」

そう言うと、悪の幹部は自分の胸に手を当て重力の能力を自分に向けて放った。音もなく倒れ込んだ悪の幹部の顔は最後まで笑っていた。

私はこの話を境にそのシリーズを見なくなってしまったが、聞いた話によるとそのまま主人公は進んでボスを倒し、ハッピーエンドだったらしい。

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