第22話 琴音ちゃん

 まったくもって何も起こらない。本当に虐めが存在していたのだろうか。平和が一番なのだが、拍子抜けするほどに何も無い。そして中間テストも無事終わった。

「千明君凄いね。全教科最高点じゃん」

「いやいや、それよりも琴音ちゃんって頭良かったんだね」

「あー失礼。馬鹿だと思ってたのー」

「いや、馬鹿だとは思ってませんでしたよ」

「思ってたでしょ。変な言いまわしになってるもん」

「あはは....」

「あー、やっぱりだ。あーあ、傷付いたなー。私の心はズタズタだよ。なんか、お詫びをしてもらわないと立ち直れないなー」

 ニヤニヤとこちらの顔色を伺っている。

「まー、僕に出来る事でしたら...」

「んー。言いましたね。千明君。いや、ちーちゃん。それでは、一つ目は学校でちーちゃんと呼ばせてもらいます。もう一つは...」

「えっ、もう一つはって幾つ要求されるの」

「んー。気分次第。取り敢えず、今度の休みにお・も・て・な・しをしてもらいましょう。二人っきりでね。はい決定!」

「えー」

「えっ、嫌なの、こんな美少女がお願いしてるのに」

「自分で言いますか。ま、いいけど」

「良いのね。聞いたよ。はい決定!どこに連れていってもらおうかなー」

 何も考えずに、了承してしまったが、これってデートになるのでは?まずい?のか?何だか、心に引っ掛かりを感じる。

 

「来てみたかったんだよねー。お台場。室内遊園地」

「外人さんのグループも結構いるね」

「そだねー。それよりも、ねぇ、気付かないかな」

「えっ、何を」

「ほらー。カップル率が凄くなーい。私達みたいに、カップル」

「あははぁ」

 急に腕を組んできた。

「にゃ」

「あれー。なになにー、変な声出してー」

「いや、その....」

 わざとだ。さらに胸を押し付けてきた。

「どうしたのかなー。かたくなってるよー」

「へっ」

「あはは。かわいい反応だねぇ。緊張してるねってこと。何かと勘違いしたのかなー」

「んんっ。さー、入りましょう」

「まー、いっかー。入ろう入ろう。ってんん」

「もういいから」

「さすがに二回目は通用しないかぁ」

 結構充実した造りになっている。中央を吹き抜けにし、大きなアトラクションも設置されていた。

「取り敢えず近場からまわろう!」

 入り口近くの、海賊船をテーマにしたシューティングアトラクション。

「みんなー。お宝が欲しいーかー!」

 掛かりのお姉さんが役に成りきり大きな声で言う。

「なんだー。声が小さいなぁ。お宝が欲しいーかー!」

 周りのカップル達は恥ずかしがり声を出さない。自分もだが。しかし、一人だけ大きな声で返答をする客もいた。琴音だ。

「はーい。子宝欲しーでーす」

 さすがのお姉さんも困惑した表情になったが、なれているのだろう。気転を利かせ話をすすめた。

「何でもいーぞー!宝がお前たちを待っている。さー出発だ!」

 上部に設置されたモニターにストーリー、そして解説が流れ、中に通された。中には、昔デパートの屋上によく置いてあったような100円で動く乗り物がいくつもあり、それぞれがまたがって銃を構える。ゲーム中は大画面のシーンに合わせて乗馬のように激しく揺れる。

「きゃー。ちーちゃん。激しいよー。もっと優しくしてー」

 隣の琴音が、恥ずかしがる様子もなく大きな声ではしゃいでいる。ゲームが終わると、点数と順位が発表された。

「私1位だー。ちーちゃん5位だー」

「琴音ちゃん凄いね。ダントツだね」

「だって、激しいの好きだもん」

「はいはい」

「よし!次行こ」

 腕を引っ張り小走りで、スノボー様のアトラクションに向かった。これは、振り子運動をベースに回転がかかり、規定の範囲でステップを踏み点数を競うペア協力対戦アトラクションであった。

「ちーちゃん。私の体。縛られちゃったよー。動けないのぉ」

「はいはい、固定しないと振り落とされるからですね」

「もー。ノリ悪いなー」

 その後もいくつかまわり、気付くと13時を回っていた。

「なんかお腹が空いたと思ったら、もうこんな時間だったね。休憩を兼ねて何か食べに行こ」

 手の甲にスタンプを押され、一旦退場。隣接するレストラン街へと向かった。さまざまなジャンルがあるので凄く悩んだが、ちょうど海側の席が空いていた店舗を見付けたので、そこに決めた。

「ちーちゃん。センス良いね グッジョブだよ。海、良いねー」

 東京湾なので、お世辞にも綺麗とは言えないが、遠目で見ると建築物との構図で綺麗にみえる。結局14時近くになっていたので、それほど混んでなく、店内のアジアンミュージックがお洒落感を倍増していた。

「疲れたのもあるけど、店内の装飾とか音楽とか、結構落ち着く」

「へー。おじさんぽい事言うねー」

 おじさんだったこと、忘れてた....。

「そ、そうかな」

「んー。注文も慣れてたし、店員さんへの対応とかも。やっぱり、以前とはまったくの別人って感じだね」

「そうなんだぁ。以前の自分を知らないから、自分では違和感ないけどね。でも、変かな」

「ぜーんぜん。むしろ今のちーちゃんの方が好みだよ」

「あ...ありがとう」

「んふー。かーいーねぇ」

 店員さんが料理を運んできた。メインの料理以外は、一つの皿に盛り付けられている。

「すごい量だね。副菜が3種類も付いてこの値段はお得かも」

「本当、食べきれないかもね」

 量と種類もあったが、会話をしながらの食事だったこともあり、会計時には16時近くになっていた。

「もう、こんな時間なんだ。ちーちゃんどうする」

「僕としては、お腹いっぱいなので、激しいのは避けたいかなぁ」

「そうだね。私も。じゃぁ、海の方まで散歩しない」

「うん」

 テラス側に海側への階段があり、道路を渡ると、桟橋がひろがっていた。

「ちーちゃん。こっちこっち。蟹がいるよー。ちっちゃいの」

「あー。ほんとだ。結構いるね」

 夕方でもあり、風が少し冷めたくなってきた。時々飛ばされそうになるくらいの突風もあった。

「あっ」

 琴音が風に吹かれ、もたれかかる。と同時に千明の腕にしがみついた。

「琴音ちゃん。大丈夫?寒い?」

「んーん。ちーちゃんが赤ちゃんみたいに温かいから」

 どうしよう。鼓動が激しくなってきた。聞こえたらどうしよう。

「あれ、ちーちゃん。ドキドキ早くなってきたよ」

「え、いや....。そ、そろそろ、帰ろっか」

「もう、良い雰囲気だったのになー。ま、いいけど。それじゃぁさ、お家まで送ってね」

「う、うん。勿論だよ。もう、暗くなってきたしね」

「ふぅーん。ガシッ」

 また腕にしがみつく琴音。とても嬉しそうであった。

 駅に着くと、ターミナルに駐車する一台の車の方へ腕を引かれて行った。琴音はドアを開け、中へと引き込んだ。

「えっ。琴音ちゃん?」

「いいの、いいの。パパ、出して」

「へっ、パパ?」

「うん。そうだよ。私のパパ」

 どうやら、電車の中でスマホで連絡を取っていたらしい。

「あ、はじめまして。同じクラスの千明です」

「はい。はじめまして。琴音の父です」

「ちーちゃん。はじめましてじゃぁ無いんだなー。小学校の時、授業参観で会ってるんだなー」

「えっ、そうなんだ。すみません」

「いや、良いんだ。娘が記憶喪失だって言うから、仕事柄興味が湧いてね。不謹慎だとは思ったのだが、すまなかったね。しかし、本当に記憶が無い様子だね」

「ねー。だから言ったでしょ」

「そうだね」

「あのー、失礼ですが、ご職業は....」

「あ、パパね医者なの。ちーちゃんのこと話したら、可能なら会ってみたいって言ってたから。勝手にごめんね」

「うんん。全然かまわないよ」

「本当、ありがと」

 車内で、父親の質問に答えている間に着いた。

「千明君。上がっていきなさい。夕食も用意してあるから」

「あ、ちーちゃんのお母さんに、許可を取ってあるから大丈夫だよ」

「えっ、そうなの。あ、だから電車の中で静かだったんだ」

「ひどーい。いつもうるさいみたいじゃん」

「あはは。仲が良いねー」

「あ...はぃ」

「まあ、上がりなよ」

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