第18話 記憶の欠片

 一度も母屋に行った事が無かった。いったい誰が住んでる居るのだろう。通常であれば祖父母だと思われるが。

 躊躇せずインターホンを押す琴音。

「はい」

 お婆さん?

 琴音が服を引っ張った。

「あー、千明です」

「なんだ、ちーちゃんかい。入ればいいのに。開いてるよ」

「あの、友達も一緒だけどいい?」

「いいよ」

 玄関に入ると、土間には180cm水槽があり、何種類も熱帯魚が泳いでいる。他にも、孫達が作ったと思われる工作品や賞状が飾られていた。

「ちーちゃん、もう体の方は良いんかい」

「うん。健康だよ」

「あら、そちらのお嬢さんは」

「こんにちは。千明君と同じクラスの琴音です」

「はい。こんにちは。どうぞ」

 玄関だけで10畳程の広さがある。部屋数も有りそうだ。どこに行ったら良いか分からない。

「そっかー。記憶が無いから分からないよね」

「うん。そうなんだよ」

 玄関に腰掛けながら話していると

「ちーちゃん。どうしたんだい。あがらないの?」

 祖母は記憶喪失のことを知らないのだろうか。

「え、何か遊ぶ物はないかなぁって」

「ああ、それなら座敷の押し入れに小学生の頃使ってたゲーム機があるよ。あと、小さい頃使ってたラジコンやらいろいろも」

 祖母の視線の先が座敷なのであろう。

「じゃぁ、ゲーム機を使おうかなぁ」

 和室の押し入れを開けると、桐タンスの上にいろいろな玩具があった。

「あ、これ懐かしー」

 全く分からないが、琴音が手にしたゲーム機はHDMI端子ではなく、ビデオ端子の物であった。

「これ知ってるんだ。ソフトもけっこう有るけど、面白そうなの有る?」

「エーッとね。これ!」

 多人数対戦型ゲームとのことであった。ケースには自分も知っているキャラが何体か描かれていた。

「ゲームやるのかい」

「うん」

「そろそろ爺ちゃんが帰って来るから、2階でやりな」

「なんで?」

「爺ちゃんはこの時間いつもテレビみるから」

「うん。わかった」

 2階に行くと、所々柱がむき出しで有る大広間のようになっていた。

「ベットとか机もあるね。誰の部屋なんだろ」

 本棚には、千明と姉の名が書かれたアルバムやディスクケースが並んでいた。おそらくは、離れができる前に住んでいたのだろう。

「あ、千明君のDVD があるよ。見たい!」

「そうだね。良いんじゃない」

「へ、良いの?恥ずかしがると思ったのに」

 自分のであれば、恥ずかしくて見せられないのだが、千明のなので自分も見てみたかった

「そう、何か思い出すかなぁって」

「見よう見よう」

 デッキで再生すると、両親が撮影した動画であった。

「やん!可愛いー。女の子が二人だよ。でも、ちーちゃんって呼ばれてるから、ちっちゃい方が千明君なんだろうね。女の子の服着てるよー。可愛いー」

 両親も幼いのを良いことに、姉のお下がりだろうか、どう見ても女物の服であった。

「やー、ねいね、ねいね。だってー」

 大興奮の琴音。ついには千明をぬいぐるみのように扱い、抱き締め、ナデナデしだした。

「ちーちゃん、可愛いでちゅねー」

 姉と良い勝負か、同じく着痩せするタイプのようだ。本来であれば、払い除けるのであろうが、抗えない。琴音も興奮しているし、抵抗しないでおこう。決してやましい気からではない。と繰り返し身を委ねた。

「あれー。ちーちゃんがまだくっついていますねぇ。もう、終わってるよー」

 どこかにとんでいた。

「いや、これは、そう、抵抗すると危ないので。だよ」

「ふーん。私は良いけどねー」

「そう、ゲームは」

「んー。ごまかした。ま、いっか。ゲームより他も見たいな」

 そして、また抵抗はしなかった。

 3本目の途中。階段を上ってくる音が聞こえ、琴音を払いのけた。

「あれー、抵抗すると危ないから。じゃなかったけー」

 トントン

「入って良い?」

「どうぞー」

「あ、琴音ちゃん。抵抗すると危ないって?」

「んー。千明君がー」

「いや!何でもないよ!んんっ。どうしたの」

「うん。お婆ちゃんが、こっちだよって。そう、大丈夫だった?」

「え」

「ん。学校」

「あー、うん。何にも起こらなかった。静か過ぎる位だったよ」

「それなら良いんだけど」

「ちーちゃん」

「はい」「はい」

「え、何でせん君が」

 先程までの、ちーちゃんナデナデの影響で返事をしてしまった。

「いや、そう、さっきまでお婆ちゃんに、ちーちゃんって何回も言われてたから、つい...」

「ふーん。そうなんでちゅか」

「何で、琴音ちゃん、赤ちゃん言葉なの?」

「私もさっきまでの影響かな」

「さっきまでの?」

「何でもないよ。琴音ちゃんがからかっているだけだって」

「あはは。そっかー。ところで、何してたの」

「僕の小さい頃の動画を見つけたんで、観てたんだ」

「そーなの、ちーちゃんも観よ」

「ぜひ」

 その後、二人にもみくちゃにされた千明であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る