第16話  登校

「お父さん!早くして」

 姉の入学式に出席すべく準備をしていたが、父親の準備が整わない。母は普段より仕事を含めノーメイクで生活しており、着替えだけですんでいた。

「おはようございます」

「あ、千秋ちゃんおはよう。ちーは上だよ。どうぞ。お父さん!ナビ設定しておいたからね」

 騒がしくも幸せな時間であった。一方、千明は覚悟を決めていたものの、いざとなると緊張を隠せずにいた。

 トントン

「入るよー」

「あ、おはよう」

「うん。おはよう。起きれてたんだね」

「なんか、緊張してあまり眠れなかったんだよね」

「そうなんだぁ。でも決めたことなんだったら頑張ってね」

「うん。ありがとう」

「そうそう、琴音ちゃんがお迎えに来てくれるって、さっき電話があったよ。じゃぁ、私も行くね」

「ありがとう。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 少し寂しそうな表情で出て行った。

 トイレを済まし、部屋に戻ると琴音がベッドに座っていた。

「あ、おはよう」

「あれー、驚かないんだね」

「緊張感の方が強いのもあるけど、琴音ちゃんだし驚かないよ」

 少し首を傾げ言った。

「え、私を彼女認定。それとも、もう奥さん」

 少しにやけながら、ベッドへ入ろうとしている。

「いやいや、学校行かなきゃ」

「今日は反応がつまんないなぁ」

 本当にこの子は何をしたいのかわからない。

「じゃぁ、行きますか」 

「はい、宜しくお願い致します」

 少し歩くと同じ制服を着た生徒達が増えてきた。

「ねえねえ、千明君。カップルみたいだね」

「はいはい、僕達ですか、それとも前を歩く生徒達ですか」

「もー、引っ掛からないのつまんないー」

 学校までの道はわかっていたので、からかいネタを探しているのか、キョロキョロしている琴音を余所目に歩いていた。

「あっ!」

 また、何かを思い付いたのだろうか。

「うっわ!何すんの!」

「え、子犬だよー」

「いや、それはわかるけど、なんで押し付けてくるの」

 琴音は子犬を千明の後頭部近くに押し付けていた。

「んー。おんぶしないねー」

「いやいや、嫌がってるように見えるけど」

 本当に斜め上を行く行動を取る子だ。

 そうこうするうちに、学校へと近づいた。

「琴音ちゃんおはようー」

「おはよう」

「あれ、前を歩く子は千明君ではありませんか」

 まずい、知らない子だ。

「あ、おはよう」

「あれー、千明君?なんか雰囲気変わった?」

 なんだ、この子は。友人だったのか?

「花ちゃん。千明君はプールに落っこちてから大人になったのだよ。世界には成人式の代わりに、バンジーをやらせる国があるでしょ。それなのだよ」

「そっかー。だから雰囲気が変わったんだね!」

 えー、納得してるよ。鋭いんだか鈍いんだかよくわからない子だなぁ。ま、助かったけど。

「あははぁ、そうらしいねぇ」

「ねえねえ、千明君と一緒に登校なの?」

「んー。どうかなぁ。そうとも言えるし、そうとも言えないかなぁ。ね」

「いや、ねって言われても」

「えー、どういうことなのー。わかんないよー。あ、犬」

 琴音はまだ子犬を連れていたようで、花の気は一瞬にして子犬に移っていた。琴音の予期せぬ行動は、計算されたものだったのだろうか。花は子犬に夢中であった。

「やー、アルベルトー」

「アルベルト?」

「うん。この子の名前」

「はいはい、校舎には入れられないから、ここでバイバイね」

「アルベルトー。良い子で待っててねー」

 別れを惜しむ花を余所に、子犬はダッシュで去って行った。

「あれ、どこ行くの」

「千明君。クラスを掲示板で確認しないと」

「そうだよー。今日から3年生なんだよー」

「えっ!花は2年のままだよ!」

「えー!そうなのー!」

「うん。そうなんだよ。今度は花と同じクラスになりたかったのに、本当ーに残念だよ」

 義務教育なんだし、とは思ったが下手に口を出して絡まれるのも面倒そうなので黙っておこう。

「早く出たつもりだったけど、けっこう人がいるね」

「そだねー。花、2年はあっちだよ」

 まだ言ってるよ。そして、信じて動揺している子がいる。

「千明君。誰かに話しかけられたら面倒でしょ。私が見てきてあげるからここで待ってれば」

 なんか信用もだけど、確かにそうなので、ここはお願いすることにしよう。

「うん、ありがとう。じゃぁ、待ってるね」

「じゃぁ、行ってきます」

 花が走って琴音にしがみついた。やはり、怒っている様子だ。琴音はとても嬉しそうにしている。花がしがみついており、琴音に引きずられるようにやって来た。

「琴音ちゃんは、サンタさんにプレゼントを貰えないんだよ」

「はいはい、まにあってます」

 花ちゃんは純粋な子なんだねぇ。きっとご両親も嬉しかろうに。

「千明君。クラス一緒だったよ。これもね」

「これって、私。私なの。花は物ではないですよー。あ、千明君宜しくね」

「うん、宜しくね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る