第14話 日常

 ピンポーン

「はーい」

「千明です」

「どうぞ、入ってー」

「服を返しに来ました。あと、これお姉ちゃんが持って行ってて」

「わーありがとう。美味しそうだね。ちょうど休憩しようと思ってたところだから、一緒に食べよ。あがって」

 玄関を見ると、出ている靴が一足しかなかった。

「え、いいの?」

「なんでー?」

 千明の視線を追い、気付いたようだ。

「あー、両親が居なくてもよくあがってたよ」

「いや、そうじゃなくて.....」

 千秋はさっさとキッチンへと向かっていた。

「せん君も紅茶でいい」

「あ、うん」 

 キッチンへと向かった。

「どれにする」

「秋ちゃんが好きなのとって」

「じゃぁ、これにしよ」

 気まずい。琴音とあんなことがあったので、自分の頃とのギャップがありすぎて思考が。

「どうしたの?」

「いや、何でもないよ。美味しそうだね」

 焼き菓子ということもあるが、やたらとのどに引っ掛かる。

「紅茶のおかわり入れるね」

 結局3杯も飲んでしまった。

「よっぽど喉が渇いてたんだね」

「うん、そうみたい」

 取り皿とカップを洗う後ろ姿を見ていたら、落ち着きを取り戻せた。会話が無くとも気にならない。

「なんか落ち着くなぁ」

 無意識に言葉を発していた。

「え、なーに」

 わざと聞こえないふりをしていたが、耳は赤くなっていた。

千明の耳も赤くなっていた。水の音だけが聞こえる。

「えっと...洗い終わったんだけど....」

「あ、ごめん帰るね」

「あの.....一緒に勉強しない」

 恥ずかしい気持ちより、まだ居たい気持ちの方が大きかったのは二人とも同じであったのだろう。

「うん....」

「じゃぁ、部屋に行こっか」

「うん」

 なんだか不思議な気分だ。他人の家に居るのに落ち着く。千秋を見てるとやっぱり落ち着く。これも千明との同調なのだろうか。

「そうだ、この前琴音ちゃんの授業ノートを見せてもらったんだけど、私の学校と解説が結構違ってたんだ。みてみる?」

 確かに、私立は塾のような、受験対策を組み込んだテクニックを教えてくれる。一方、大部分の公立はノルマをこなす、最低限だけしかやらない、塾任せの授業も多い。

「そうだね。記憶の整理も出来そうだし、お願いするよ」

 千明の隣に座り、異なる点や解説を科目ごとに教えてくれた。説明に夢中だったのだろう、千明に密着しているのに気にしていない様子だ。千明の方は動揺で集中できない。

 目の動き、唇の動き、指の動きまで気になってしょうがない。

 気が付くとノートを押さえる手に触れていた。

「どうしたの」

「いや、何でだろう」

「え...」

「最近、違和感無く自分らしくない言葉が出たり、行動をしていたりすることが増えたみたいで」

「どういうこと」

 どう説明したらよいのだろう。中身は千明ではないのに、千明のようになっている?知らないはずなのに、やたらと懐しさのようなものを実感するようになった。自分と千明の境が無くなった自然体?融合体?の時がある。何て言えないし上手く説明出来ない。

「わからない....でも、嫌じゃない。むしろ心地よかったり、しっくりきている感じさへするんだ」

「そっかー。それなら良いんじゃないかなぁ。もしかしたら、記憶が戻ってきたのかもね」

「え、ていうことは、以前は二人きりで手を握りあっていた関係だったの」

「いや、そういう意味ではなくて、でもないっていうか.....」

「っていうか?」

「もう!ダメなの。私が話していいことと、駄目なことがあるの」

「えー、それじゃわかんないよー」

「いいの!はい、勉強」

「はーい」

「よろしい」

 なんだかこの空気も悪くない。やっぱり心地がいい。

 今度は集中して出来た。集中しすぎていつの間にか外が暗くなっていた。良い匂いがする。

「ちーちゃん。千明くーん。ご飯よー。」

「え、お母さん。いつの間に帰ってたんだろう」

「うん、全然気付かなかったね」

 下に降りると夕食が4人分用意されていた。

「千明君。声をかけたんだけど、気付かない位集中してたみたいだったから、お母さんに夕飯は家でって了承を得ておいたから」

「すみません」

「いいのよー。前はよくあったんだから」

「あ、記憶のこと、お父さんとお母さん知ってるの」

「そうなんだぁ」

「そういうことだ、息子みたいなものだから遠慮すんな。結婚しても良いぞ。二人の子だったら物凄く可愛いだろうなぁ」

「そうよねー、千明君美形だし。赤ちゃん抱っこしたいなぁ」

「お父さんもお母さんもやめてよ!困ってるじゃない」

「おー、冗談じゃないけど冗談ってことにしとくか」

 何て答えたらよいのかわからない。ただ、凄く受け入れられてることだけは、強く伝わってきた。

「じゃぁ、いただきます」

「もう、お父さん。マイペースなんだから」

 食事中もいろいろとからかわれたが、これもまた心地よかった。

 






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