検閲官の蒼い月
検閲官の蒼い月 - 1
真理省の朝は暗い。この国の見通しがということもあるが、実際視覚的にも暗い。オワテル国の東に聳え立つニシオオイズミという巨大なタワーが朝日を遮り、日照権をおしまいにしているからだ。
ニシオオイズミは練馬大国の国交が回復した証として建築されたとされているが、宗教国家常緑などの諸外国からは事実上の実効支配なのではないかと緊張が高まっている。
「マルハチ、五号」
キーボードを叩き、請求する資料の型番をフォームから送信する。データベースに保管されている原本がモニタに映る。見慣れた大衆向けのマガジンだった。
要検閲項目は四点。低い数字は水増しして、よくない戦果は脚色して、都合の悪い事は論点をずらして、都合の悪い人物は。
「修正」
画面から名前と顔写真が消える。あとはこの改訂内容を送信すれば、彼は総括され、この国に存在したあらゆる経歴が抹消される。このオワテル国から存在しなくなる。
この国では貴重なものが三つある。明日を生きるためのパンと、誰かを信じる愛情と、それから真実。特に真実は貴重品だ。真理省に勤める僕はそれが如何に稀有なものか、嫌というほど知っている。
ニシオオイズミの件だってそうだ。そもそも練馬大国と長らく国交断絶状態だったのは、オワテル国と練馬大国が戦争状態だったとされているが、それが真実なのかどうかは僕にも分からない。そういった重要な情報はカスク・ロキ事務総長が管理しているし、彼らの裁量ひとつによってオワテル国はクリメリア公国とも、アムダスト皇国とも戦争中ということにできる。
あまねく情報をひたすら検閲し、修正し続けるのが僕たちの業務。だからもし真実が欲しくてマガジンを買うのなら、それは焚きつけにした方が良いだろう。真実は手に入らないが、暖は取れる。
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