宮仕えの女 - 5

 それから私は逃げるようにねぐらのマンホールへ帰った。その日の稼ぎを全て放棄して、暗く悪臭の酷い下水道の中で、何度も何度も自慰に耽った。


 最中に思い返すのは彼女の笑顔だった。彼女の香りだった。

慈しむように男の頭をなでる、彼女の姿だった。


 あの艶めかしい仕草をできるだけ鮮明に思い返し、何度も絶頂した。


「……私は幸せになりたいんだ」


 羨ましくて羨ましくてしょうがない。


「あそこにいるのが、■だったら」


 彼は今頃彼女に喰われ、そして血となり肉となり巡っているのだろう。


 何故あんな事をしたのか、私は分からなかった。だが同時に私は全てを理解していた。あとはそれを、認めるだけだった。



「多額の寄付をありがとうございます。貴女の苦痛が少しでも安らぎますように」


 数日後。


 私は『輝く刃』に貯蓄していた金を全て寄付した。教徒の手刀が私の首の後ろへ軽く宛がわれる。祈りが欲しいわけではなかったし、そうする必要もなかったが、踏ん切りをつけるためには丁度良い口実だった。

 これでイルメン国へ脱国する道は完全に断たれた。鈍色の雲がのしかかる空も、今日は清々しく見える。


「……私達に未来はない」


 けれどそれはあの宮仕えの女とて同じ事だったのだ。彼女と私は何もかもが違うようで、それでいて同じ光景をずっと見てきたのだろう。


 私はそれがとてもうれしかった。この国家はもう正しくおしまいなのだ。


 しかし同時に救いもあるのだ。私が幸せになる道は確かに存在する。それを認めるまでに多少時間はかかったけれど、今はもう迷いがない。


 あの日以来アスピリの声は完全に聞こえなくなっていた。そしてこの先も聞こえることは二度とないだろう。


「そろそろ来る時間かな」


 最初に彼女を見た配給の行列で、私はその時を楽しみに待っていた。その時は、今度こそちゃんとうまくやってもらおう。


 迫りくるその時に、最早恐れはない。


 今この瞬間、私は間違いなく幸せだった。

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