九.四  バーンパコン

 二〇一一年十一月 バンコク

 いよいよタイの代表的な伝統行事の一つのロイカトーンの日だ。

 年にもよるが、概ね十一月に入るとぱったりと雨が降らなくなり、湿度も気温も少しづつ下がってくる。日が落ちてからはひときわ涼しくなり、タイ人がよく口にする「サバイ(快適)」の季節になる。

 この宵は、川には水が溢れ、その水面には煌々と空に輝くまん丸の望月が揺れながら映り、民族衣装を身にまとった子供たちがはしゃぎ回り、あちこちで若者たちの歓声が上がり、ロイカトーンの唄を歌い、ダンスを踊り、川やクロン(運河)、池などに花灯篭を流すのだ。

 ロイカトーンは、陰暦十二月の月が満ちた夜に、農作物に欠かせない水の恵みの精霊に対する謝意と、自らの不浄を水に流すと言うお祭りで、人々はバナナの葉や紙、また最近はエコを考えてパンなどで、蓮の花を形作った花灯篭の台座(クラトーン)を、美しい花で思い思いに飾り付けて、ロウソクや線香を立て、水面(みなも)に浮かべる(ローイ)のである。

 このロイカトーン、若いカップルが一緒に流した花灯篭が、離れずに流れて行けば二人は別れないと考えるのはごく自然の発想であろう。

 魂を弔い、送ると言う、日本の精霊流しとはかなり趣が異なる。

 今年のロイカトーンは折からの大洪水で、例年バンコク各地で催されるイベントは中止になってしまった。洪水による自粛ムードと、洪水で溢れた川に、流された灯篭がゴミになって溢れ、被害がさらに拡大してしまうからだ。

 また、灯篭にはロウソクを立てて火を点けるため、浸水した所ではロウソクの火が民家に近付き、火事になる危険性もあるようだ。

 バンコク都庁は、「浸水していない公園などを開放するので、決められた場所で安全に伝統行事を楽しんでもらいたい」と、呼びかけていた。

 所が、さなえはロイカトーンの日だと言うのに、朝からひどく落ち着かなかった。

 バンコクに着いた翌日、ほぼ一日中プラパンと一緒だったが、タニンの事はどうしても言い出せなかった。何度も言おうとはしたが、言えなかったのだ。

 でも言わないわけには行かないので、その翌日に父親とプラパンの実家にお呼ばれされた時の夕食後に、ほぼ満月の月明かりに照らされた庭のサラ(タイ風東屋)に二人で来て、意を決してプラパンに言った。

 本当は、ロイカトーンはプラパンと二人だけでと思っていたのだが、タニンと言ってこれこれこう言う知り合いであって、父親のルートから自分がバンコクに来ている事が知れてしまって、無碍に断れなかった。悪いけどロイカトーンに一緒に入れてあげて欲しいとお願いした所、「そうなんだ、タニンって、あのタナー財閥の御曹司でしょう。実は、親戚とは言えないけど結構関係があるんだ。もっともタニンの方はそんなことは知らないとは思うけどね。しかし、それは凄いボーイフレンドを持っているじゃないか。それじゃあ、僕は遠慮しても良いよ」と、言いながらプラパンは悲しそうな顔でうつむいた。

「ちょっと待って!誤解しないでね、本当にただの友達なの」

 さなえは焦った。やっぱりあの時タニンにはキッパリと断るべきだったと思ったが、時間は戻せない。プラパンに自分の本当の気持ちを伝えるしかない。

「プラパン。彼はいわゆるボーイフレンドとは言えないわ。私、女の私から言うのはどうかと思うけど、あなたの事を心の底から大好きなの。だからあなたの事が心配でバンコクまで追いかけてきたのよ。

 もし私の気持ちが受け入れられないのなら、今この場でハッキリ言ってね。駄目なら諦めるわ。でも、これだけは信じて欲しいの、タニンは単なる友達なの。

 父の古くからの友人の家族の一員でもあるし、ロイカトーンに行こうと言われた時に無碍に断れずに、友達と一緒に行く予定をしているけど、一緒で良ければと言ったら、それでも良いからと言う事になってしまったの。

 で、明日タニンと会う事にしているんだけど、実はプラパンの事を友達としかまだ言っていないの。それで、明日は、ロイカトーンに来る人は、実は私の「恋人」だと言うつもりなの。でも、それでもいいから来たいと言ったら断れないんだけど、良いかしら?」

 さなえは必死であった。プラパンの僅かな表情や、一挙手一投足が暗示する彼の気持ちの動きを、微塵も見逃すまいと見つめた。だが、相変わらず悲しそうな表情をしている。

「ごめんね、さなえ。さなえにそこまで言わせてしまって。僕もさなえの事を物凄く好きだよ。だから、そのタニンの事を聞いて焼きもちを焼いてしまったのさ。

 だってそうでしょう、タナー・エンタプライズの会長だったあの有名なユッタナーの息子でしょう。本当は孫だけど、ユッタナーが自分の養子にしたんでしょ。実は僕のひいお祖母ちゃんのお姉さんがユッタナーの第二夫人なんだ。だから親戚とは言えないけど関係があるんだ。

 そうそう知っての通り、ドゥアンチャイは僕のひいお祖母ちゃんのお姉さんの娘なんだ、養女だけど。タニンは何れは、タナー財閥を引き継ぐらしいじゃないか。それが友達だなんて。僕なんか相手にもならないよ。

 日本ではそういった意識はあまり無いかも知れないけど、タイでは階層が違うって言うんだ。

 うちは元々が小作農家で、運が良くて少しずつだけど階層を登って来ていて、お母さんも頑張ったり、日本人のひいおじいちゃんが現れて、さらに経済的には豊かになったりして、いわゆるタイで言う、中産階級の端くれの仲間入りをやっと果たしたんだけど、タナー財閥とはそれこそ天と地ほどの違いなんだ。

 日本はひょっとして社会主義国家ではないかと思うぐらい、平等とまでは言わないけどみんな殆ど横並びで、最近でこそ所得格差が広がっていると言って騒いでいるようだけど、どんな職業でもほとんどが自分の子供を大学に行かせることが出来るぐらいなんでしょう?

 それに日本にはとてつもない大金持ちも少ないし、物凄く貧乏な人も少ないから、さなえにはあまりピンと来ないかも知れないけど、タイでは、大金持ちと我々庶民とは住む世界が全く違うんだ。

 なんと言ったらわかるかな。例えが悪いかも知れないけど、経済的な支配階級と被支配階級の差なんだ。日本にはそういう現象ってあまり感じられないでしょう?だから、財閥の子って聞いた時に、あ、これは勝負にならないと思ったんだ。

 でも、さなえが僕の事を好きでいてくれて、お父さんやお母さんとの関係で彼を断りにくいと言うのであれば、一緒にロイカトーンをするのは構わないよ。さなえが、そうしたほうが良いと言う判断であれば、そうする事にしよう」

 プラパンは、少しがっかりした様子であったが、あくまでもさなえの気持ちを優先しようとしている様子であった。


 プラパンに会った次の日、タニンと夕食を一緒にした。彼が好きな台湾系の餃子店で、さなえも何度か行ったことが有る日本人が多く行く餃子店である。スカイトレイン(BTS)のチョンノンシー駅に近くにある。さっぱりと清潔感あふれる店で、何と言っても焼いたり、蒸したり、スープに入れたりした餃子が美味しい店だ。

「さなえ、明日のロイカトーンはどこに行ってやろうか?今年はチャオプラヤ川では流さないほうがいいみたいだから、ちょっと混むかもしれないけど近くのどこかの公園にしようか?」

 タニンは熱い蒸し餃子をフウフウと冷ましながら聞いた。

「うん、実を言うとね、タニン。友達がバーンパコン川の河口近くの辺りなら、すぐ海に花燈籠が流れて行ってしまって、川が詰まったりしないだろうから、その辺りに行ってやろうかと言っているの」

「あー、そうなんだ……。良いかも知れないね。あの辺りにサマート叔父さんと日系の建設会社とで開発したゴルフ場と、マリーナ付の高級分譲別荘地があるんだけど、その辺りだと安全で良いかも知れないね。でも、邪魔じゃないかい?」

 タニンは微笑みながらも、やや不安そうな顔をしている。

「それでねタニン、その友達って言うのは男の人で、私と同じ大学のタイからの留学生で、洪水が心配らしくてバンコクに帰って来ているの」

 タニンの笑顔が消えた。

「さなえはその人が心配でバンコクに来たの?」

「そうなの……」

 タニンと目を合わせるのが何だか怖くて、下を向いたままさなえは答えた。

「で、さなえはその人が好きなの?」

 暫く間があった後、タニンが恐る恐る聞いた。タニンがどんな顔をしているのか、下を向いてしまったままなので分からないが、声は、何時ものような自信に満ちてはおらず、明らかに弱々しい声である。

「うん。恋人なの」

 小さくさなえはうなずいた。

「……」

 しばしの沈黙の間、さなえはちらりとタニンの顔を盗み見た。タニンは、しきりと唇を噛んだり、手で首の後ろ辺りをもんでみたりと、考えをまとめている風である。

「そうなんだ。わかったよ、さなえ。でも、正直僕もさなえの事が好きなんだ。で、とても悪いけど、やはり一緒にロイカトーンしたいんだ。ひょっとしてこれが最後のロイカトーンになるかも知れないしね。二人の邪魔をしたり、嫌な思いは絶対にさせないから。去年一緒にしたロイカトーンの楽しかった思い出が、壊れてしまうかも知れないけどね……」

 昨年は、タニンと二人でチャオプラヤ川でロイカトーンをやったのだった。

 ややひきつったタニンの顔を見て、さなえは申し訳なさで胸が一杯になりあふれ出た涙を拭いた。

「ごめん、せっかくの美味しい餃子なのに冷えちゃたわね。それでは、何処で待ち合わせようか?」と、さなえがようやく言うと、

 タニンは、心なしか寂しそうな顔であったが、元気を振り絞ってか、快活に「それじゃあ、分かりやすい所で、バーンパコンの河口近くにある、リバーパーク・ゴルフクラブのクラブハウスの前に一応六時ごろに集合と言う事でどう?それで、ドゥアンチャイが帰って来ているんで、彼女を誘ってみるよ」

《やっぱりドゥアンチャイが帰って来ているんだ……》

 さなえはドゥアンチャイと聞いて恐れおののいたが、タニンが連れて来るというのでダブルデートの様になってむしろ好都合のような気がした。


 十一月十日、ロイカトーン当日の夕刻、さなえはプラパンに車で拾ってもらうべく、スカイトレインのオンヌット駅の階段を下りると、既にプラパンは車で待っていた。母親の車を借りたようだ。

 昨日、タニンに会った後にプラパンに、タニンとの話を電話でかいつまんで伝えた。ただ、一つだけ言い難くて言わなかったことが有る。「正直僕もさなえの事が好き」とタニンが言った部分だ。

《タニンはさなえの気持ちが分かったはずなのに、なんで一緒に来たがったんだろうと、恐らくプラパンは考えているだろうなー。それと、本当に自分の事を恋人だと彼に言ったかどうか疑っているんじゃないかなー》などと、さなえは考えていた。

 だがその時、プラパンは「そう分かった、じゃあ一緒にやろうね」と、言った以外何も言わなかった。電話なので、彼の表情はわからなかったのだ。

 プラパンは、にこやかに車の中でさなえを招き入れた。いつもと変わらずのプラパンであったので幾分さなえはホッとしたが、これからの事を考えると気が重い。

「そうだ、途中でクラトーン(燈籠)を買わなくっちゃ。私持って来ていないの」

「我々二人の分は持って来たよ。うちのビルマ人のお手伝いさんのユパーさんがクラトーンを作るのが上手でね。でも、意地悪じゃないけど、タニンとドァンチャイの分は持って来てないよ。

 母はさなえと二人で行くと思っているから、変に思われるといけないし。もっとも彼はタイ人なので、自分の分は持ってくると思うよ」

 プラパンはあくまでも朗らかだ。それが何を意味するのかさなえにはわからない。

 さなえの事はすっかり諦めてしまったのか、破れかぶれなのか、カラ元気なのか、もともとそれほどさなえの事が好きでも無く、これで厄介払いが出来ると思っているのかなどと、どれも悪い方へ悪い方へと考えがちであった。

 だが、陰鬱な顔をしていては、折角の楽しいイベントも台無しになってしまうし、それこそプラパンに嫌われてしまうので思い直し、普通に振る舞おうと努力をするのだが何となくぎこちなくしまう。

 それまでスクンビット通りを真っ直ぐ、スカイトレインの下に沿って走っていいたが、バーンナーでチョンブリ方面に行く高速に乗った。上を走っていたスカイトレインは、そのまま真っ直ぐ南下し、二駅目のベーリングが終点となる。高速道路は空いていた。

 途中で見えたバーンパコン川は、かなり増水しているとプラパンが言った。、今の時間は潮位が比較的高いので、むしろ海から海水が河に流れ込んできているが、そろそろ潮が引き始める時間なので、水はけが段々とよくなるようだ。

 程なくすると、ゴルフコースに到着した。ちょうど日が落ちたばかりで、まだ西の空は明るかったが、辺りは既に夕闇が濃くなりつつあった。

 遅いスタートのゴルフ客も既にホールアウトし、今頃はレストランでビールを飲んだり食事をしたりしながら「反省会」をしている事であろう。

 駐車場に着いたが、タニンは見えない。

 まだ来ていないのかと思い、車から出て体を伸ばしていると、大きな円形のルネッサンス式と思しきドーム屋根が乗っている立派なクラブハウスから、大柄でがっしりとした体躯のタニンが出てきた。

 クラブハウスを背にしたタニンは、まるで一国の覇者がちょうど豪華な城から出て来て、自らの民に話しかけに来るかの様な錯覚を覚えさせるものがあった。

 時折、タニンからはそうしたオーラが体全体から醸しだされる時があるのだ。タイで有数の大財閥の御曹司で、本人自身も周りもそれを意識するからなのかもしれない。今は恐らく、タニンはプラパンに対して対抗心を猛烈に燃やしているからであろう。

 プラパンも威風堂々と自信に満ちた風情で、来るなら来て見ろを言った面持ちである。

「ハーイ、さなえ」

「ハーイ、タニン、ドゥアンチャイ。こちらプラパン、こちらタニン」

 笑顔ながら緊張の面持ちでさなえが男性二人を紹介した。

 その時である、目の前のプラパンとタニンとのちょうどど真ん中で白い閃光がピカっと走ったと思ったら「バッチッ」と大きい音で何かが弾けたように聞こえた。

 まるで、それは二人に溜まった静電気が、お互いが近づいた瞬間に一気に放電したかの様であった。  

 さなえには間違いなくそれが見え、そして聞こえたのだ。

 だが、プラパンもタニンもまるでそんな事は無かった風に、少なくとも表面上は温厚に、人差し指の先が鼻の頭に来る位置で、お互いが敬意を示すワイ(合掌)を交わしていた。

《今のはなんだったんだろう?確かにピカッと光ったし、大きい音もしたわ。でも二人は全く何事も無かったみたいだし、ドゥアンチャイも何事もなかったようにしているけど……》

 さなえの中の不安が最高潮に達して目の前で弾けたのかも知れない。

 こうして二人を会せてしまった事によって、男達の心の奥底に秘めたエネルギーがまともにぶつかり合う、苛烈な闘いの火ぶたを切らせてしまったのだ。

 男は生来、狩人である。男は生来、闘士である。獲物を見つけたら、死闘を繰り返してでも何とか手に入れようとする獰猛な生き物だ。手に入れようとしているのが女であれば尚更である。現代は、肉体と肉体をぶつかり合わせるような事はしない。頭脳の戦いである。そこには、金持ちも貧者も無い。

 プラパンに近づきタイ語でいかにも親しそうに挨拶をしていたドゥアンチャイは、無言でさなえの腕にすがり付くように身を寄せながら、相談をしている男たちを見ていた。

 プラパンとタニンはロイカトーンをどこでやるかの相談をしていたが、話がまとまったらしく、二人はそれぞれの車から花で飾り立てた灯篭を持って来た。

 プラパンが持って来た花灯篭はさなえの分と二つお揃いで、バナナの幹を輪切りにしてバナナの葉で覆い、それを台にバナナの葉で、開いた蓮の花をかたどって作ったものに、中央に黄色いマリーゴールド、その周りを紫色の蘭であしらい線香とロウソクを立てた物だ。 

 タニンとドゥアンチャイのは、それより一回り大きくやはり紫色の蘭がベースになっているが、繊細な花数珠が幾重にも垂れ下がっていて、いかにもお金が掛かっていると言わんばかりの花灯篭だ。

 通常であればどうだ自分の方が上手だろうと言う顔をタニンはするのだが、さなえ達の質素だが優美な花燈籠を見たとたんに、自分のと見比べながら心もちタニンが恥かしそうな顔をした。

 クラブハウスに入るとドーム型の吹き抜け天井のある中央広場で女性スタッフににこやかにワイで迎えられた。タニンが先に来て案内を頼んだのだ。それぞれ懐中電灯を持たされる。二台のゴルフカートに分乗し、フェアウエイをぐるりと取り囲んでいる道路で分譲地併設のマリーナに行くと、既に十数人の家族連れやカップルがマリーナの堤防の所でバーンパコン川に花灯篭を流している。引き潮が始まったばかりのようで川の流れは遅く、花灯篭はゆっくりと河口の方に流れている。

 四人は早速、それぞれがロウソクとお線香に火を点け、用意しておいた髪の毛と切った爪とコインを花灯篭に載せる。最近の習慣で、髪の毛と爪は健康祈願や自分に良いことが有る様にと、そしてコインは金運祈願だそうである。

 さなえは、来る途中の車の中でプラパンに言われて持って来た、髪の毛と爪を半々に分けてして、二つの袋に入れる様に言われていた。二人が永遠に結ばれるようにと願い、それを流すのだそうだ。プラパンは、さなえと二人だけだったら一つの花燈籠に二人の髪の毛と爪を入れて流すつもりだったが、タニンが来ると言うので、それぞれの花燈籠を用意したと言うのだ。従って、髪の毛と爪は二つに分けなければいけないのだ。さなえを独り占めするのはさすがに気が引けたのか、遠慮があったのであろう。

 例年だとチャオプラヤ川あたりでは、電飾された船が行き交い、あちこちで花火が上がり、音楽が鳴って賑やかなロイカトーンだが、今年は寂しい限りである。

しかし、今年の様に静かに水の恵みに感謝し、願い事をするのが、本来のロイカトーンなのかもしれない。

 コンクリートで出来た川岸で、それぞれが、それぞれの願い事を念じて、プラパン、さなえ、ドゥアンチャイ、タニンの順に花灯篭を連ねて水に浮かべた。始め四つの灯篭が仲良く並んでゆっくりと流れて行く。

 川は泰然としていかにも静止しているかのように、満々と水を湛えて目の前に広がっているが、その川は一瞬たりとも同じではない。時には岩にぶつかったり、時には早瀬を駆け抜けたり、時には堰(せき)でゆっくりと魚と戯れたりしながら流れてきた溢れんばかりの水が、目の前を次から次へと時の移ろいの如く、せせらぎながら流れている。

 川面に映る煌々と輝く満月が、僅かにその輝きを失ったので空を仰ぐと、不運の兆しのように満月にうっすらと雲がかかり、見る者たちを不安にさせ、ため息をつかせた。

 暫くすると雲が晴れ、また元の輝きに戻ると、皆の顔も晴れ、安堵が広がった。

 四人の花灯篭は始めのうちは並んで流れていたが、少しずつ離れ、ある時はさなえの灯篭がプラパンの灯篭に近寄り、ある時はタニンの灯篭に近付き、ある時はドゥアンチャイの花灯篭がプラパンとさなえの花灯篭に割って入たりしながら流れている。

 他の人たちが流した花灯篭の幾つものロウソクの炎と、水面に映った炎がユラユラと揺れている。

 すると、近くにいた子供連れの家族がロイカトーンの歌を歌い始めた。周りの家族や恋人たちも唱和し始める。


 ワンペン ドゥアンシップソーン ナーム コーテム

 ラオタンラーイチャーイイン サヌックカンチンワンローイカトーン

 ローイ ローイカトーン  ローイ ローイカトーン

 ローイカトーンカンレーオ コーチェーンノーンケーオオークマーラムウォン

 ラムウォンワンローイカトーン 

 ラムウォンワンローイカトーン

 ブンチャソンハイラオスクチャイ ブンチャソンハイラオスクチャイ

 ブンチャソンハイラオスクチャイ ブンチャソンハイラオスクチャイ


 十二月 月が満ちる日 水も満ち

 ロイカトーン 男も女も 皆楽し

 ローイ ローイカートン ローイ ローイカートン

 灯篭を流したならば あなたを踊りに誘いましょう

 ロイカトーンだ 踊ろうよ

 ロイカトーンだ 踊ろうよ

 行い善くして 幸せに 善い行いで 幸せに

 行い善くして 幸せに 善い行いで 幸せに

           (超訳:筆者)


 それぞれが祈りを込めて流した、紫色の蘭の花で飾った花灯篭が、ロイカトーンの歌に乗って流れて行く。四つの花灯篭は、それぞれの運命をまるでもてあそぶかのようにくっついたり、離れたりしながら、ゆらゆらと揺れながら海の方に向かって流れて行く……。

 全ての始まりは、さなえの祖父の左右田源一郎とタニンの祖父のユッタナーとの出会い、さらには源一郎と、プラパンの祖母のプラニーとの出会いである。

 時を経て、源一郎、ユッタナー、プラニーの孫たちが、必然なのか偶然なのか、バーンパコン川の河口に集い、花灯篭にそれぞれの思いを載せて流した。

 それは、四つの命の糸が交錯する新たな運命の綾織の始まりを暗示していた。


紫色の花灯篭


紫色の     花灯篭

そっと寄り添い 手を結び

ロイカトーンの 歌に乗せ

願いを込めて  水面に浮かべ

誓う二人の   永久(とわ)の恋


大河の流れ   今昔し

移ろう時よ   我が恋よ

小舟に乗って  漕ぎ出せば

櫂の動きに   合わせて揺れて

君の面影    揺れ滲(にじ)む



涙も枯れて   空ろ顔

辛く苦しい   恋心

愛しき君の   面影が

水面に映り   微笑み返す

帰って来てよ  我が元に


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