第4話

投獄の危機を間一髪で免れ、その場を後にした俺は城下町を散策していた。内部へ入るという当初の目的は達成された。学生服の代用品の調達などを考えていたのだが…


「今はいっか!」


呑気に鼻歌を歌いながら、スキップで進んでいく。目に映る物、全てが新しかった。

石造りの建造物、何かを売っている露店、布の服を着ている町の人たち、それに変な臭い!

…ん?変な臭い?

鼻を突く異臭に興奮は急激に冷めていった。

もう一度よく嗅いでみる。やはり気のせいではない、本来は日常風景にあるはずのない臭いが漂っている。

気分を害するこの臭いには見覚えがあった。

そう、排泄物、下水の臭いだ。だが、人々はそれが当たり前であるかのように露店で商売や道端で談笑をしている。

俺の鼻がおかしくなってしまったのだろうか?

納得いかずに歩き続けていると、また背中の汗が気になってきた。ここに来るまでゴブリンから逃走したり、関所で詰みかけたりと冷や汗をかく出来事ばかりだった。おかげで汗びっしょりだ。代えの服かタオルとして使用可能な布が欲しい。

町の人に質問してみよう。


➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖


約十分後


「ま、まずい!言葉が通じないんだった!?」


すっかり忘れていた、ここでは日本語は使われていない。質問しても返ってくるのは理解不能な言語。自分の要望を伝えたところで言葉が通じなければ意味がない。会話が成立しないとわかった瞬間、時間の無駄だ、と町の人たちは去って行った。場所を移し広場の中央で項垂れていると…


「マキタ・ウラタ・ラ?」

「え?」


救いの女神、と言っても外見は四十代後半のおばさん、が手を差し伸べてくれた。


「こ、こんにちは。あの、えっと…」

「カル?」


他人から話しかけてくる状況に混乱しながら、異世界でも安定して発動するスキル、コミュ障をなんとか御し、ジェスチャーで俺の要望を伝えようと頑張る。


「服、買いたい…!あ、後泊まれる宿とか」

「……」


顎に手を当てこちらを理解しようとしている。俺は同じジェスチャーを繰り返し行い、理解されようと努めた。

しばらくすると急に手首を掴まれ、どこかへ連れて行かれた。そこは色とりどりの布が並べてある露店のうちの一つだった。おばさんが店主と思われる人と話し始め、何か、多分お金だ、を手渡し、こちらに向かって乱暴に布の塊を投げつけられた。そしてまた手首を掴まれ違う店へ、三十分ほどそれが続き、最後に大きな店に連れ込まれた。

扉を開けると幾つものテーブルとそれを囲む椅子が置かれていた場所。店先にあったお酒のような看板から酒場を連想させる。

俺はさらに奥、厨房を抜けて階段を上がり二階へ。そのタイミングで手首を離された。おばさんは二階の最奥にある扉の前に立ち、開けた。


「えっと…」


顎で中へ入れと催促されているようだ。

このまま監禁されて、奴隷として働かされるんじゃ…。

恐る恐るその部屋を覗き込むと、ベッドと机

と丸椅子が置かれている。すごくすごく簡素な部屋だ。俺が何もできずにいると、購入された服やその他諸々の品がひったくられベットの上に置かれた。

もしかして、もしかすると?


「ここに居ていいんですか?」


おばさんが大きく頷く。

俺の言葉が理解できている…!?


「えっと、ラーメン」


いや、違うなラーメンで頷いてる。

しかし拒絶されている訳でもない。俺を受け入れてくれるという解釈でいいのだろうか?


「あの、ありがとうございます!自分、林田達平って言います。よろしくお願いします」

「…?」

「林田達平!はやしだたっぺい」

「ハヤシダタッペイ?マヒ・ハワヌカ?」

「そ、そうです!」


俺の名前と分かってもらえたようだ。


「アンナ、ア ン ナ。サヒ・ハワヌイ」

「アンナ、アンナ!でいいですよね?」


おばさんも満足そうに頷く。

これが俺を救ってくれた恩人改め、アンナさんとの出会いだった。

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