第3話
皆さんは空港で荷物検査を受けた経験がお有りだろうか?
俺は修学旅行で沖縄へ行くにあたって初めて飛行機に乗った。
その前に必ず行われるのが厳正な荷物検査だ。
すべてが初めてだった俺は当時、空港職員の動作一つ一つにハラハラドキドキさせられた記憶が鮮明に残っている。
なぜそんな経験談をいまするかって?
それはなぁ…
目の前には理解不能な言語で俺を問いただして(?)くる人。
背後には厳つい二人の兵士、鎧を纏っていて実に強そうだ。
「わ、わからん。なんて言ってるんだ…?」
異世界に飛ばされて二回目の危機に陥っていた。
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城壁内部へ入るため長蛇の列に並んだまではよかったんだが、そこでさっきまでの熱が急激に冷め、落ち着いて考えてみた。
中へ入るためには関所があり、検問をされなければならないはずだ。
不安になり、自分の装備をチェックしていく。
学生服とベルトに括り付けてある革の巾着袋の様なもの、これだけが俺が身に付けている全装備だ。
ゴブリンから逃げる際に散々足を引っ張ったこの袋、開けて中身を確かめてみるとキラキラと輝く大量の銀貨が中に詰め込まれていた。
思い返してみれば神様に大金を要求したが、これは銀貨だ。ファンタジーな世界では銅貨、銀貨、そして金貨の順に価値が高くなる。
「あの神様はなんで金貨じゃなくて銀貨を寄越したんだ…?」
色々と話の内容が違う。
転生させると言ったのにスカイダイビングで転移させるし、金貨じゃなくて銀貨を寄越すし、あいつ新手の詐欺師だったんじゃないか?
俺がその場で突っ立って考え込んでいると後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
びっくりして振り向くと馬がいた。
さすが異世界、馬とコミュニケーションがとれるのかと感心していたら違った。
やたらとうるさいのは馬を繋げてある荷馬車、それを操っているおじさんだ。
おじさんが前を指さしていたので前方を確認するとひとつ前の荷馬車とかなり距離が開いている。
考えに集中し過ぎて列が進んでいたようだ。
おじさんに一礼して急いで距離を詰める。
俺が息を切らしながら、追いつくとすぐに騒音と共に荷馬車も追いついていた。
まだおじさんが怒鳴っていた。前を確認してみるが別になんの問題もない。
いや、指しているのは右斜め前、よく見てみると人が並んでいる。
咄嗟に俺はその列へ移動した。
性格の悪い人だなぁと思い、おじさんの荷馬車を睨み付けていたら怒っていた理由にやっと気付いた。
荷馬車の列と人の列で分けられている。
「あー、貨物用と人用で違う列なのか。どうりで」
確かにこの方が効率が良く時間を無駄にしなくて済む。
心の中でおじさんに謝罪しながら、もう一度今の状況について考える。
このまま入れるのだろうか?
周りの人達はみんな荷物、鎧、剣などを身に付けていて、俺とは大きく異なる。
学ラン姿の俺は奇怪な格好をした変人として目に映るのでは?
不審者と勘違いされないだろうか?
だが、今更列から抜ける気にはならない。なにせ行く宛がここしか存在しない。
それにもうすぐ順番がやってくる。
前のグループの審査が終わって俺の番が来た。
出来るだけ緊張を悟られないようにながら三つある窓口の一つに歩み出た。
窓口には軽装のおじさんが一人こちらに左手を差し出して待っていた。
目線は右手で持った資料に向いている。
俺は握手だと思ってその手を握ったのだが、返ってきたのは不審感丸出しの視線。
あれ?俺、何か間違えた!?
その審査官が俺に向かって喋り始めた。
「…え?なんて?」
喋っている内容がまったく理解できない。
「あ、あめんあら…?なんて言ってるの?」
自身の耳を疑った。審査の内容云々について散々推測していたのに、根本的な問題、言葉が通じるか否かまでは考えていなかった。
荷馬車のおじさんが怒鳴り散らし、何を言っているのかわからなかったのは、聞き取りにくかったのではなく、そもそも別言語だったのだ。
ここは異世界なのだから日本語が使えるとは限らない。
そう理解した瞬間なんとか自分の意思を伝えよう英語や中国語を試すが焼け石に水だった。
むしろ不審感が深まるばかり。
この窮地を打開できないかと目を彷徨わせるが何もない、誰も助けてくれない。
急に肩を叩かれる。
振り向くと二人の兵士がそこにいた。
審査官より重武装で槍を持っている。明らかに取り締まる側の人たちだった。
この人達も何か喋っているようだが理解できない。
絶対絶命。万事休す。馬の耳に念仏。
短い人生だったなぁ。
諦めかけたその時だった。ダランと垂れた右手に何か触れた。
それは銀貨が入った袋だった。
考えるよりも先に体が動いていた。
銀貨の一枚を摘み上げ、審査官の手にゆっくりと収めた。
審査官は目を丸くして急に手渡された銀貨と俺の顔を交互に見ている。
俺はダメ押しとばかりにもう一枚を同様に審査官へ。
頼むっ!どうかこれで勘弁してくれ!
膠着状態となり、三枚目を渡すかどうか悩んでいると。
審査官が俺を無視して書類を書き始めた。
今度こそ終わったか…。
もう腹はくくった煮るなり焼くなり好きにしろ!覚悟を決め待っていると…
紙を差し出された。俺はそれを受け取り首を傾げていると、突然ドンと横から強い衝撃が来た。
転びそうになる体を踏ん張ってなんとか支える。
どうやら業を煮やした次の人が割り込んできたようだ。
「あれ?俺は?投獄されないの?」
審査官はどこ吹く風で仕事を再開していた。
連行されるかと思いきやなんのアクションもかからない。
いつの間にか重武装の兵士二人も離れている。
これはOKと受け取ってもいいのかな?
俺は審査を通ったとみなし逃げるようにその場を後にした。
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「ふぅー、危なかったー」
胸を撫で下ろす思いだった。
なんとかその場の起点で難を逃れたが、次はうまくいくかわからない。
おかげで大量の冷や汗をかいた。
学ランが汗を吸って気持ち悪い。
「代えの服とか買わないとな。学生服だけじゃ心許ない」
俺は疲れ切ってふらふらで歩き出した。
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