第4話 実感

 飛永ひながの家より帰宅した佐京さきょうだったが、現実味のない体験をしたこともあってか心身ともにふわふわと落ち着かなかった。それは家族の目にも明らかであったようで、夕飯の席で両親や妹にやたらと心配された。しかし『魔法少年になった!』なんて馬鹿げたことを言えるわけもなく。リビングを堂々と闊歩かっぽするブランを尻目に、適当にごまかした。どうやら家族には見えていないらしい。

 調子悪いなら早く寝なさいよ、と心配する母親に短く言葉を返して部屋に戻り、ベッドに腰を下ろす。その傍らではブランが部屋を物色し、本棚を眺めていた。


「マンガばっかりだね!」

「別にいいだろ。……というか、あんたの姿は、父さんや母さんたちには見えてないんだな」

「カンケイシャイガイに見られたらコマるからねぇ。ぬいぐるみとしてごまかすにも、ダンシだとムリがあるバアイもあるし」

「あぁ……確かに、ぬいぐるみ持ってるっていうなら女子の方が自然だよな」

「そういうのがスキなダンシもいるけどね、キミたちはちょっとチガウでしょ」

「まぁ、そうだね」


 ブランと話をしていると、机の上に置いていたスマートフォンが複数回短く音を立てた。つい驚いて肩を跳ねさせる。


「キミ、オドロキすぎじゃないかい?」

「別にいいだろ」


 ブランにからかわれ少し気恥ずかしさを覚えながらスマートフォンの画面に目を向けると、そこに表示されていたのは光廣みつひろからのメッセージだった。

――そういえば、帰り際に光廣みつひろさんがグループに入れてくれたんだっけか。

 メッセージアプリを立ち上げると、彼から可愛らしいスタンプと短い文が送られてきている。やたらかわいいスタンプ使うんだな、と思いながら返していると、光廣みつひろにつられてか飛永ひながからも文が送られた。

『白側としてこれからよろしく』『戦い方は明日にでもちゃんと教えるからね』――光廣みつひろと違い真面目さの漂うメッセージになんだか背筋が伸びた感覚があった。

 その後も送られてきたメッセージに一通り返信した佐京さきょうは、スマートフォンをベッドに置きぽつりと零す。


「俺、本当に、魔法使いとやらになっちまったんだな」

「なにをイマサラ」


 ブランの高い声を聞き流し天井を見上げてから、自分自身の手の甲に刻まれた炎の紋様に目を落とす。左手に広がる炎を模した白い紋様。これはどうやら火を司る魔法使いであることの証らしい。因みに、この紋様は人によって現れる場所や柄が大きく異なるようだ。また、関係者以外に視認できないようだが、堂々とこんなものが刻まれていることを思うと、ファンタジックな漫画やアニメを直に体験しているようで気分が上がる。


「これで、なんかやれたりするのか? ここから火が出るとか、これ使ってなんか召喚するとか」


 僅かに頬を綻ばせて聞いた佐京さきょうに、ブランはあっさりと返す。


「イマのところはできないよ。それは魔法使いであることのアカシっていうだけのものだから」

「へぇ……」

「まぁ、魔法使いはムゲンのカノウセイをヒめているからね。それをシヨウしてなにかできてもおかしくはないさ」


 コロコロとベッドの上を転がったブランが佐京さきょうの手の辺りで止まる。つまり、今後の活躍しだいでどうにでもなると。そんなことを言われてしまえば、あれこれ想像したくなるのがさがというもの。佐京さきょうは暫く、魔法使いとしてやってみたいことをあれこれブランに語った。



 翌日、ブランと共に登校した佐京さきょうは、恒良つねながから魔法使い同士なら声に出さずにやりとりを出来ることを聞いた。いわゆるテレパシーだろう。とはいえ付近にブランがいないとできないなどの条件はあるようだが。


『俺たちにそんな凄い力が……!?』

『ブランがいるからでもあるんだが……』

『だとしてもすげぇよ! って、そういやこれ、どのくらいの範囲なら会話できるんだ? 飛永ひながさんとか光廣みつひろさんとか、あと由衛ゆえくんとか、学年違うから教室離れてるけど……』


 教室に足を踏み入れながらそんなことを聞くと、恒良つねながが少し考えてから言葉を返す。


『どのくらいの範囲かは分からないが……三年や一年の三人とも普通に話せるだけの範囲はカバーしてる』

「そうなのか?」

佐京さきょう、声を出すな』

『あ、悪い』


 恒良つねながとの沈黙の中、慣れない会話方法に驚きつい言葉が漏れる。突然の佐京の言葉は傍からみたら明らかに異質のため恒良つねながが焦った様子で咎めたが、普段の佐京さきょう恒良つねながはよく話している光景が見受けられるため、ずっと沈黙しているのは逆に目立つかもしれない。現に、他のクラスメイトが『お前らなんで黙ってんの?』と言及してきたため、少々動揺してしまった二人だった。

 それはともかくとして、不思議な力に感銘を受けた佐京さきょうは、授業中もこのテレパシーを使って恒良つねながにかなり声をかけたため、鬱陶しがられ会話を拒否されてしまった。

 因みに、脳内の思考が全てだだれ漏れという訳でも、常にテレパシーの会話を聞いていなくてはいけないわけでもないらしく、そのあたりは調整出来るようになっているのだとか。便利である。



「――と、いうことで、佐京さきょうくんも加入したし、魔法使いについての追加説明とか今後についてとかちょっと話そうか」


 放課後、学校の近くの公園に集まった佐京さきょう達五人とブランは、上述の通り今後の方針を含めて話し合うことになった。

 事実、仲間入りを果たし不思議な力が宿っていることを実感しているものの、今後については無策である。佐京さきょうもどのように戦えばいいのかまるで分かっていない。

 佐京さきょうの不安も汲み取った飛永ひながが、初心者2人を見やり話を続ける。


「とりあえず、佐京さきょうくんが入る前のうちのチームについてざっくり話しておこうか。今までの感じからわかると思うんだけど、なんか僕がリーダーでみっちゃんがサブリーダーって感じになってる。っていっても他のチームみたいに絶対的なものじゃないから、ゆるいものだと思ってくれたらいいよ」

「は、はい……」

「それで、役割としては俺が盾役タンクでみっちゃんが回復役ヒーラー……で、由衛ゆえくんと恒良つねながくんは一応攻撃役アタッカーかな」

「昨日の様子を見るに、多分、佐京さきょうくんは近距離アタッカーだと思うから……一応由衛ゆえくんや恒良つねながくんとは役割は別だね」


 先の言葉に続けた光廣みつひろの説明に、そうなのかと頷く。由衛ゆえは昨日弓矢を持っていたことから単純に遠距離系アタッカーと考えていいだろう。恒良つねながは、チャクラムが武器らしい。投擲とうてきし斬ることが目的の武器であることを思えば、己の武器であるメイスとの役割も別だ。パーティバランスは悪くないようにみえる。

 己の役割について考える佐京さきょうを見ながら、飛永ひながは話を続ける。


「一応、属性は火、風、土、雷、水ってあってそれぞれ特徴もある。その中で佐京さきょうくんは火属性の魔法使いだから、パワー特化っていう感じの戦い方が出来るんだよね。後々はガンガン前に突っ込んでダメージを与え続けるっていうわかりやすいアタッカーができると思う。でも佐京さきょうくんはまだ初心者だし、俺たちが補佐するから安心して。最初は魔獣相手に練習すれば、上手く戦えるようになるよ」

「はい、がんばり、マス」

「あと、相性については、火属性の佐京さきょうくんは水属性に弱くて風属性に強いって覚えておけばいいと思うよ。ややこしい部分は後々ね」

「そこは割と単純なんですね。このチームだと誰が有利不利に当てはまるんですか?」


 佐京さきょうが些細な疑問を口にすると、傍で聞いていた光廣みつひろ恒良つねながが手を挙げた。


「はーい。僕が水だよ」

「俺が風属性だな」

「ちなみにひーくんが土で由衛ゆえくんが雷ね」

「全員バラバラなのか」


 彼等の説明を聞き相槌を打ちながら、佐京さきょうはこれまでの話をスマホのメモ帳に記録していく。属性だの相性だの、まるでファンタジー系のソーシャルゲームのようだなと思いながら耳を傾けた。静かに真面目に話を聞きながら、胸の内で佐京は確かに高揚していた。


 一通りの説明を終えた飛永ひながは、今後について話を進める。


「それで今後なんだけど、初心者二人にはどんどん経験を積んでもらおうかなって思ってるんだよね」

「レベリングってことですね」

「そういうこと」


 佐京さきょうの言葉を飛永ひながが肯定する。

 どうやら今までも恒良つねながが経験を積み、一人前になれるように特訓していたらしい。恒良つねながは魔法使いとしては佐京さきょうの先輩とはいえ、まだ一人前には程遠いのだ。


「俺もまだまだ、全然戦えないから、その、……まぁ、頑張ろうな」

「そうだな! 俺も頑張る!」


 照れくさそうに口にした恒良つねながへ元気に頷いた。

 思えば、こんな魔法使いだの属性だのいった話を堂々としていていのかと今更の疑問を抱いたが、たとえ聞いたとしてもゲームの話だと判断されるだろうと恒良つねながに言われ、つい納得してしまった。

 一方で飛永ひながは、光廣みつひろ由衛ゆえ、ブランといくつかのやり取りをした後、佐京さきょう恒良つねながに向き直り少し真面目な面持ちで口を開く。


「二人とも、この後まだ時間ある?」

「あ、はい。大丈夫です」

「俺も平気です」

「なら、折角だから、実戦前にちょっと色々練習してみない?」

佐京さきょうもいきなりジッセンはタイヘンだからね!」


 なんでも、魔獣相手だとしてもいきなり実戦はハードルが高いため、こんなにも人数がいるのだからまずは佐京さきょうが変身後の感覚や技に慣れる期間も必要だろうとの事だった。恒良つねながもまだ慣れておらず、由衛ゆえもどうやら戦いに対して自信がなさげのようなので、いい案だろう。

 佐京さきょう達が素直に了承した後、ブランが辺り一帯に結界を張った。瞬きした後に昨日も見た真っ白い光景が一面に広がっており、公園にあった遊具やベンチ、遊んでいた人達は一切の姿を消していた。


「相変わらず凄いな……ありがとうブラン」

「これくらいはアサメシマエさ!」


 地面でうろつくブランに礼を言うと、彼は足を止めふふん、と自慢げに鼻を鳴らした。

 ブランを軽く撫でから周りを見ると、皆もう特訓に備えて姿を変えていた。佐京さきょうも己の手にある紋様を眺めて、心の中で変身と呟いた。途端に己の体が光に包まれ、制服から白のジャケットと濃い赤の半ズボン変わり、手にはメイスもしっかりと握られていた。

 まだ自分がこんな格好をしていることにくすぐったい気持ちを抱いていると、隣にやってきた恒良つねながが声をかけてきた。服装は、昨日見た装飾の多い白いジャケットと緑のスラックス。髪は当然緑色に染まっており、手にはチャクラム――輪状の武器が握られている。


「まだ慣れないか」

「あ、うん。変な感じ。まさかこんな真っ赤になるとはって感じだし、うん、不思議な気持ち。あとあんたが緑一色なのもまーだ奇妙な感じするわ」

「そうか、まぁ……俺の緑色も含めて、じきに慣れるよ」

「だろうなぁ、うん、ありがとな恒良つねなが


 不器用な恒良つねながなりの励ましに笑顔で返事をし、少し離れた位置にいる飛永ひなが達の方へ歩み寄った。それぞれ変身して槍や薙刀、弓を携える彼等と対面した。


「じゃあなにから始めるかって事なんだけど……そうだ、佐京さきょうくん、指立てて、火の玉出せるかやってみてくれる?」

「え、火の玉? そんなこと出来るんですか」

「うん、出来るはず。ねぇ由衛ゆえくん」

「――えっ、あっ、ハイ……以前会った、火属性の人が、火の玉出てた記憶が、あるので……」

「はぇー……」


 暫し思い出すように口元に手を添えた飛永ひながは、佐京さきょうの疑問を短く肯定して、由衛ゆえに話を振った。まさか自分に振られるとは思っていなかったらしい彼は慌てて反応し、目線を漂わせながらゆっくりと返事をした。光廣みつひろに慰められる由衛ゆえを尻目に、佐京さきょうは人差し指を立てる。どのようにすれば火の玉が出るのかをブランに聞けば、集中し力強く念じることが大事なのだという。


「強く、念じる……」

――火の玉、火の玉……指先に……。

 言われた通りに集中しながら、指先をじっと見つめる。脳裏にごうごうと燃え上がる炎と指先に灯るような光景を思い浮かべるが、なかなか火が灯らない。

 集中力が切れそうになり一旦ぎゅっと目を瞑り再度指先に注視する。火の玉の大きさや形状のイメージを具体的に、とアドバイスを受け、頭に浮かぶ映像を具体的にしていくと、指先が熱くなっていく感覚があった。その熱さに目を見開き集中力が乱されそうになったがなんとか注視を続けると、ボッという短い音と共に小さな火の玉が出現した。


「うわっ、うわ、うわ……!」

「わ、すごいね佐京さきょうくん! 小さいけどちゃんと火出てるじゃん!」

「たっ、確かに凄いけど、凄いけど! なんだこれ怖すぎる、そんなに熱くはないけど怖い! つーかこんな風に出るんだな!? あっ、消えた……」

「凄いじゃないか佐京さきょう。俺はこれを出すのにもっと少し時間かかったぞ」


 目の前の現象に理解が追いつかない佐京さきょうが目を白黒させる傍らで、光廣みつひろが顔を輝かせながらぱちぱちと手を叩き、その隣で恒良は指先に小さな竜巻のような何かを巻き起こし、緩やかな風が周囲に広がっていた。どうやら属性に寄ってはこのような現象を起こすこともできるらしい。他の彼等も、それぞれ喜ばしい反応を見せている。

 それはそれとして周りへの被害はないのかが気になるところだが、ブラン曰く、術者本人や一般人には無害だが、魔法使いであれば味方でも被害を受けるという。そのため十分に気をつけねばならないと改めて指摘された。

 ひとまず火の玉を出すファンタジックなことができた。ならば次の戦いの練習に移ろうかとしていた頃、ブランが突如顔を上げた。続いて佐京を除くほかの4人も順にブランが見やった方に目を向ける。皆の反応に戸惑う佐京だったが、どうやら『魔獣』が出現したらしい。途端に佐京にも緊張が走る。


「魔獣……!?」

「うん、突然街中に現れて、放置しておくと一般の人達を攻撃するんだよね。だから、早く退治しないと」

「仕方ないけど練習は中止! ブラン、魔獣がいる場所を教えて!」

「わかった!」

佐京さきょう、結界解除するから一旦変身を解け」

「あー、まぁ仕方ないよな、わかった」


 恒良つねながに言われて変身を解くと、直後に結界も解除され周りはなんの変哲もない公園に戻る。すぐさま飛永ひながの頭に乗ったブランが彼に魔獣がいる所まで案内する。佐京さきょうも練習が中断された残念さと緊張感を胸に、彼らの後を追って走り出した。

 同時に、所謂自分の『初陣』がすぐそこに迫っている事実に、高揚感や僅かな恐怖と不安を抱いていた。

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