第3話 魔法使い
一応親に連絡を入れてから、ぽつぽつと雨が降る中を五人と一匹で歩く。
今日出会ったばかりの人の家にお邪魔するという、ちょっとなかなかない出来事にドキドキしながらカーペットの上に座り込む。全員それぞれ部屋の適当な場所に座り込み、ブランも
「じゃあ、サキョウはボクたちのナカマになれるかもしれないってことで、『白い魔法使い』についてセツメイしようかなとオモってるんだけど、そのマエに、ひとつ、ダイジなことをキいていいかい?」
「はい。なんですか」
もこもことした体を転がしながら聞いてきたブランの言葉に、
「サキョウ、キミ、なにかクラブはなにかしてるかい?」
「え?」
「え、じゃなくてクラブだよ。なにかしてる?」
てっきり堅苦しい質問が来ると思っていただけに、戸惑わずにはいられなかった。返事もどこか気が抜けてしまう。周囲では、
しかし、いつまでも呆然としているわけにもいかない。質問に答えようと声を漏らした
「ちょっと! そんなハンノウしなくてもいいじゃないか! ボクたちにとっては、ジュウヨウなコトなんだよ!」
「痛っ、ごめんごめん、ブラン、そうだよね、君にとっては大事な話だよね、ごめん」
「びっくりしたでしょ
分かりやすく怒りを表に出したブランは、
そう言われて
「このマエだってさ! とっても白い魔法使いとしてのテキセイが高い、ミツヒロにマけるともオトらないイイコがいたのに! 『僕は部活のみんなで全国大会に行かなきゃいけないので。監督を全国に連れていくって約束してるので』って! いつもそう! インターハイとかゼンコクとかコーシエンとかハナゾノとか! これだから! ウンドウブは! イヤなんだよ!」
一際力強くローテーブルを踏みつけ喚くように叫んだブランは、落ち着いたようにふぅふぅと息を整えた。そして目つきを僅かばかりに鋭くし、
「それで、サキョウのブカツは?」
「え、あ、美術部です。
未だに解けぬ緊張の中でぎこちなくそう返すと、ブランはそれまでの荒ぶりが嘘のように嬉しそうな顔を浮かべた。つぶらな瞳がキラキラと
「ホント? それならよかった! もしウンドウブだったらどうしようかとオモったよ!」
運動部や文化部にも色々あるだろうに――なんてツッコミたくなったが、それを抑えて
このあたりで一旦話は落ち着き、ようやく話は本題に入る。
「えーと、部活の話は終わったから、魔法使いがなにかってところを話した方がいいのかな。……えっとね、僕達は、ブランの代わりに戦ってるんだよね」
「代わり?」
「そう! ダイリセンソウみたいなカンジとオモってくれたらいいよ!」
力強く頷いたブラン曰く、羊である自分たちは、ずっと昔から敵である狼と縄張り争いを繰り広げてきたという。縄張りを広げ敵を下せば『
しかし、羊たちは狼に負け続けた。何度も負けを味わい、やがて作戦のひとつとして他種族に協力を申し出るようになり、人間と協力関係を築くことになったという。次第に狼側も人間と協力するようになり、それぞれ羊たちは清純な人間を、狼たちは反対に不純さをもつ人間を様々な手段で味方につけてきた。そうして『白い魔法使い』と『黒い魔法使い』というように区別され、現在の形に落ち着いたという。
もちろん代理で戦ってもらうのだから人間側にも見返りはある。その地域で王が決まれば、勝利陣営に属していた魔法使いたちも同様に特権を得られるのだという。つまりお互い、特権を得て願いを叶えるために奮闘しているということになる。
また、黒い魔法使いは自分たちの利益のために一般人を手にかけることもあり、その魔の手から一般人を守るのも白い魔法使いたるものの務めだという。
以上のような話をしたブランは笑顔で
「ベツに、ワルいハナシじゃないでしょ? ボクたちヒツジのかわりにオオカミたちとタタカってほしい。そのかわりキミたちのネガイゴトもカナウし、イッパンジンをマモることもできる。それに、オオカミたちもダイリの魔法使いたちをたててるから、ドウブツをイジめるみたいにはならないし、ヘイキでしょ?」
「え、えーっと、それは、どうだろう……人相手にするのも結構しんどいと思うけど……」
「なら、『魔獣』っていうカイブツとタタカウのはどう? ヒトよりオオきくてコワいかもしれないけど、ニンゲンのカタチじゃないぶん、そっちならまだキブンがチガウんじゃないかな?」
「……それは、そうかも。っていうか、魔獣ってのもいるんだ……?」
「色んなものを要因として湧いてくるんだよね。結構遭遇するから、対人戦に慣れるまではそっちを相手にするのもいいかも」
――しかし、凄いな……実際にこういうことがあるなんて……。
漫画やアニメの中にしかないと思っていた世界がすぐ側にある現実に内心驚きながら、
「その、ブランが言った『代理』がさっきの狼連れてた人ってこと?」
「そう。あのコはオオカミ側――『黒い魔法使い』のコだね。ゾクに黒側、ともいうんだけど、オモにカレラとタタカってくことになるね。コワイとオモうけどできればボクたちのため、ヨノナカためにキョウリョクしてくれるとウレシイな」
ローテーブルの上で頷いたブランの言葉にぼんやりと返答しながら
だが、ブランは
「
目を向けた先で、一口ジュースを飲んだ
「人助けになるからかな。別に正義感がどうとかいうつもりはないし、戦うのは慣れないが、ちょっとでも何かの役に立ってるっていうのはいいことだし。悪い気分はしない」
「はぁ……結構ちゃんとしてた……」
「お前は俺をなんだと……」
「ちゃんと理由があったんだなーって思ったくらいで、そんな変な意味はねぇよ! んで、えっと、そっちの子は……えっと……」
「あっ、ハイ、
ほんの少し顔を
謝る必要はないのに……そう考えながら
「えーっと、自分は、元々、
「へぇ……そういうこともあるんだ」
「そりゃあね。ユエみたいにそのバのフンイキにアワセテ魔法使いになっちゃうコもいるからね。でも、ボクとしてはありがたいよ。センリョクがフエルんだから。だからさっ、キミもカルイキモチで魔法使いになってくれてもイイんだよ!」
「ちょっとブラン。気持ちはわかるけど、あんまり急かすのもよくないよ。戦うのって意外と怖いし」
「ゆっくりでいいからね。あ、別に今日決めてくれてもいいよ。会ったばかりだけど、味方が増えるのは結構心強いから」
「……ありがとう、ございます」
相変わらず楽しげに話すブランだが、佐京の胸の内にはまだ抵抗感があった。確かに世のため人のためになるのは素晴らしいことであり、自分でも誰かの役に立てるならとても嬉しいことではある。それにブランも軽い気持ちでいいと言い、会ったばかりの自分でも受け入れてくれる空気ではある。
しかし、あるくだらない懸念点により快諾ができない。この懸念を口にしたら、たかがそんな程度で、と笑われそうだが、気になってしまうのは仕方がない。話を聞くうちに
――なら、もう思い切って聞くしかないか。
それまでとは異なる緊張を胸に宿しながら、皆に訊ねることにした。
「あ、あの、誰かの役に立てるのはいい事だし、なんか、やってみてもいいかなと思うんだけど……ちょっと気になることがあって、聞いてもいいですか」
「いいよ、何? 俺らに答えられることならなんでも聞いて!」
「
「うん、なにかな」
「その、魔法使いって、変身する時にポーズ決めるとか、必殺技名叫ぶとか、あります?」
少しばかりの不安を胸にそう聞いた瞬間、部屋の中が一瞬静まり返る。ブランは目を丸くしており、他の面々も暫し沈黙し、間を置いて何人かが吹き出した。小さく笑う声を耳にした
「わ、笑わなくてもいいじゃないですか……! だってほら、休日にやってる戦隊モノとか、変身ヒロインとか、いちいちポーズ決めるし叫ぶし……妹が今もそういうの観てるんで、なんか、印象深くて……だから、これもそういうのがあるのかと……」
微かな笑い声を耳に更に羞恥心に煽られた佐京は、体を縮こませ尻すぼみにそんなことを言った。やっぱり聞かなきゃ良かったという後悔を胸に沈んでいると、やっと落ち着いたらしい
「ははっ、ごめんごめん笑っちゃって。そりゃ確かにアニメとか漫画とかではそういうもんだからね。気になっちゃうか。でも大丈夫、安心して、そういうのはしなくていいし、やってる人も全然いないからさ。そうだよな、ブラン」
「そうだねぇ。ワザメイをサケブのはショウガクセイがオオイかな? あと、白側だとシゲザネっていうコはヘンシンっていったり、ワザメイをサケんだりするけど、それはコジンのシュミだからね。なんにもキにしなくていいよ!」
「そ、それなら、よかった……」
ニコニコと目を細めるブランの言葉にほっとしたのも束の間、佐京は、突然出た『シゲザネ』とやらの名前が少し気になった。だけど今ここにいないだけでいつか会うのかもしれないと言及はやめた。
ただ、
懸念事項はひとつ晴れた。それで不安がゼロになったかというと首を傾げたくなるが、それでも、特に秀でた点もない自分が少しでも誰かの役に立てるなら――そう考えた
「俺、やってみようかな。確かにちょっと怖いけど、
少し震えた声でそう呟くと、ブランは嬉しそうに顔を綻ばせ、
彼等の反応を横目に、ローテーブルの上でくるくると嬉しそうに回ってみせたブランは、前足を上にあげて周囲の景色を白く染めあげていく。
「ありがとうサキョウ! なら君の気が変わらないうちにサッソク、ケイヤクをしよう! そのまえに、ヒナガのカゾクにミられるとコマるから、ケッカイをハルね!」
気がつくと
――格ゲーのトレーニングルームみたい……。
急な変貌に目を丸くしながらも俗っぽいことを考えながら、
「サキョウ、テをダして」
「うん」
言われるがままに手を出すと、その手にブランが前足を乗せた。そしてなにか呪文のような不思議な言葉を口にしたあと、続けて言う。
「キミのナマエは?」
「……
怖々と名を口にした直後、いきなり手元から淡い赤と白の光が漏れだした。あまりの眩しさに思わず目を瞑るが、それでも瞼越しに眩しく見える程の強烈な光が周囲を埋め尽くす。その光は数秒後ゆっくりと細くなり完全に消失した。もういいよ、とブランに言われてゆっくりと目を開けた佐京がまず見たものは、明らかに異なっていた自らの服装だ。
黒い学生服を着ていた筈なのに、白のジャケットに赤色の半ズボンに変わり、靴だって運動靴から白のブーツへと変化している。予想可能ではあったとはいえ突然の変化に驚きを隠せない佐京は、混乱のままに自分の格好を眺める。
「うわ、すげぇ……! 俺、変身してる……!?」
「かっこいいよ
光廣から折りたたみ式の手鏡を受け取った佐京は、高鳴る鼓動を感じつつもそれを覗き込む。そこに写るのは、髪だけでなく爛々と煌めく瞳まで赤色に変貌した自分自身だった。前述のように衣服も大きく変化しており、改めて現状を理解して衝撃を受け、ついつい口角を緩ませる。なんだかんだいいつつも、変身ヒーローに憧れていた時期はあった。その当時の感覚を思い出し、尚且つ、非現実的なことに直面して少し高揚していたのだった。
「す、すげぇ、俺、真っ赤っかだ……! そうか、他のみんなも、緑だの青だの変わってたし、そういうことか!」
「そういうことだな。しかし赤色か、まぁ、
「違う属性の人ができて、うちもバランスが良くなったかな」
「結構似合うよ
「……仲間が増えた……。よ、よろしくお願いします……」
騒ぐ
嬉しいような照れくさいような、楽しいような、そんな不思議な気持ちで小さく笑った
「ナカマになってくれてありがとう! これからみんなでガンバロウね」
微笑んだブランの言葉に、
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