小坊、リーマン、乗り換えの旅

シィータソルト

第1話

「お母さん、元気かな」

 小学生の北斗は、初めて1人で乗る電車の中で、そうつぶやく。始発から乗った電車。休日ゆえに、人がちらほら乗っているが、北斗の乗る対面型座席には、誰も座っておらず、4人乗りのところを独り占め状態でゆったりとした旅の始まりであった。

 ”まもなく、電車が発車致します。駆け込み乗車を致しませんようご注意ください。ドアが閉まります。”

 注意アナウンスが流れ、電車の扉が閉まった。窓を開けたいなぁと思ったが、力の弱く開け方のわからない北斗は、ただただ、窓に手を貼り付けてなんで鏡みたく自分の顔が映っているのだろう、と思うことしかできなかった。ガタンと止まっていた電車が動き始めた。北斗は、自分のリュックの中から紙を取りだした。それは、離婚した母親からの北斗宛ての手紙であった。

 “北斗、お元気ですか。お母さんは元気でくらしています。お母さん達のわがままのせいで、北斗にかなしい思いをさせてしまって本当にごめんなさい。お母さんは北斗もあそびに行ったことがあるおじいちゃんとおばあちゃんとともにくらしています。今年の夏休み、北斗1人であそびにきてください”

 北斗は、父親に引き取られたため、母親と離れ離れになったのだ。父母は、20代前半で結婚した若い夫婦であったが、仕事や家事をすることは大変できていた二人であったが、父親が女遊びをしたい欲が抑えられないということが離婚の争点となってしまったのだ。父親と母親とどちらとも暮らしていたかった。だが、言葉の暴力から拳の暴力にまで発展する寸前であった。

 しかし、北斗が泣いて止めることにより、互いに殴り合うことなく、2人を止めた抑制力となった。しばらくは、2人を繋ぐ鎹であったが、幼い北斗の力は、夫婦で居続けるにはまだ青い2人を結びつけておくことはできなかった。「僕が会いに行って、お母さんと話したらまた3人で暮らすことができるかな。おじいちゃん、おばあちゃんとだって暮らせるかも」

 何回も読んだ手紙をリュックの元に入れていた場所へしまいこんで、再び視線を自分の顔が映る不思議な窓の方へ向けた。視界には青々と稲が伸びている田園が広がっている。夏の強い太陽光を受け、たまっている水がきらきらと輝いている。そんな田園を見つめているうちに、隣の●●駅に着いた。

 ●●駅からは、冴えない顔をしたサラリーマンの正明が乗車してきた。

「はぁ、今日で何連勤目だ……」

 虚ろな目をしながら空を見つめ、自身の会社への出勤連続日を数えていた。そして、そのまま、空席がところどころにあるというのに、北斗の向かい席に座ったのだった。

「あぁ、今日で31連勤目じゃん。今月、休みなしだ。納期が近いからな。俺の仕事が遅いからなのか。無謀な量を押しつけられているのか。他の会社はどうなんだろうな……ははは、わかんねぇや」

 正明は、自社に高卒の新卒から勤めて3年になるが、長時間・連勤労働に悩まされていた。

「あぁ、休みが恋しい。寝ていたい。もしくはこのまま、会社のある駅とは違う駅へ行きたい。いつ以来だ。遊びに行っていないのは。学生の頃にはあんなにダチとわいわい行っていたというのに。そのダチとも都合つけようにもつけられないし、だが辞めたら生活費も娯楽費も、とにかく金がなくなる。どうしたらいいんだ。」

 またも、正明は虚ろな目となりただただ、空を見つめていた。そのような姿を見ていた北斗は思わず、正明に話しかける。「お兄さん、これからお仕事なの?休みの日なのに大変だね」

 空を見つめていた正明だが、呼びかけられたことにより、意識が目の前の自分を呼んだ男の子に向けた。

「あぁ、坊や。俺は、休みの日じゃないのさ。今日もまた仕事が待っている。坊やは、小学生かい?夏休みでどこかへ遊びに行くのかい?」

「うん! 僕は北斗。小学2年生だよ。これから、お父さんと別れちゃったお母さんに会いに行くんだ!」

「そうか、お父さんとお母さん別れちゃったんだね。それは大変だ。俺といったら、家族作る暇もねぇや……温かい家庭てのも憧れるが、俺の多忙さじゃ、離婚されそう。お父さんはお仕事で忙しかったのかい?」

「ううん。お父さんは、他の女の人に会いに行くのに忙しかったんだ」

「なっ……!!」

 北斗から聞かされた予想していた忙しさとは違い、想わず絶句してしまう正明。返す言葉に困ったが、思わず出た言葉は「う、羨ましい。定時で帰ることができる会社なんだろうな……家庭も作って、別の彼女も作れる。羨ましすぎる。」

「僕も、お仕事で忙しいんだと思っていたよ。でも違ったんだ。でも、お父さんは、これも仕事だって。他の女をおとせなきゃ、“しょーかく”できないって。お兄さん、“しょーかく”って何?」

「はぁ……昔ながらの会社か。接待が大変なのか。あぁ、北斗君、昇格というのは、偉くなることさ。でも、お母さん大事にしないってことは、会社で偉くなっても、北斗君は嬉しくないよな」

「うん。お兄さんの言う通りだよ。お母さんのこと嫌いになったのかと思ったらそれは違うって言う。けど、家族で過ごす時間は減っていくんだ。一緒に遊園地に行く約束だってしていたのに。結局、連れていってもらえないまま、お母さんと別れちゃった」

「……」

 正明は自身の幼い頃を思い出していた。忙しいながらも、休日には、行きたいところに連れていってくれた父親、それに付き添う母親、それに兄弟。当たり前だと思う思い出に懐かしさと温かさを感じる正明であった。しかし、目の前の彼は、当たり前に感じる経験をできないまま、大人になってしまうのか。それはなんて寂しいことなんだ。

 正明はどうにかしてやりたいという気持ちに駆られるが、ただこうして電車で偶然に付き合った他人に過ぎない。降車駅が来れば、またつまらないいつもの日常が始まる。

 けど、それまでの間、せめてこの男の子の話し相手になっていようと思った。今までにない日常を送るために。

「北斗君、お母さんはどのような人?」

「えとね、美人で料理が上手な自慢のお母さんだよ!」

「そうかそうか」

「お兄さんは、何のお仕事しているの?」

「ははは、俺は機械の整備士をやっているんだ。色々な所へ出張して、あらゆる機械を直して、みんなの生活の安全を支えている仕事だよ」

「お兄さんかっこいい!!」

「そうかぁ、そいつは嬉しいね。褒められるなんて久しぶりさ。もう、社会人にもなるとできて当たり前って言われるのがオチさ。今の内、北斗君はたくさん褒めてもらっておけよ」

「? う、うん。大人になると褒めてもらえなくなるんだね……僕は、プリントとか、ドリル提出したら偉い! ってスタンプとかシールもらえるよ」

「あぁ、懐かしいなぁ。俺ももらうために勉強頑張ったな。大人になったら、それが金に代わるんだなぁ。なんだか、夢がなくなるねぇ。ところで、北斗君は、将来何になりたいんだい?」

「ん~、なんだろう。まだ、よくわからない」

「そうか。色々なことに興味を持って、これだと思うものに就いてもらえたら嬉しいな。もし、機械整備士に興味があったら、一緒に働ける日を楽しみにしているよ」

「うん、考えとくね! あ、でも!」

「?」

「休みがないのはやだなぁ」

「……あぁ、それは俺も同じだよ。休みがないと体が持たないよ。いくら、運動部に所属していたとはいえ休みがあるからこそ筋肉が育つのであって、休みなしで動かされていたら疲労で超回復ができなくて逆に衰えてしまう」

「大変そう。お兄さん、運動何していたの?」

「あぁ、陸上部だよ。走ることが好きだったのさ」

「僕もかけっこ好きだよ」

「たくさん、走って体力つけておけよ~」

「うん!」

 一旦、黙ってしまう2人。正明はガクンとなるほど眠気が襲ってきた。

「お兄さん、眠い?」

「あぁ、眠いね。休めるなら寝て過ごしたいくらいさ」

「土日とかも休みじゃないの?」

「あぁ、ないのさ。本当はあるよ? でもね、休みでも関係なく、上司が俺を呼び出すのさ」

「そっかー、僕なら眠たいから休みますって言っちゃうなぁ」

「俺もそうしたいけど、今度は家にまで来るからなぁ。同僚が心配して。だから仮病もできやしないのさ」

「そっかー」

 再び、ガクンと意識が遠くなる正明。しばらく、寝かせてあげようと思った北斗は黙ったままでいた。

 しかし、気になることがあるので、北斗は仕方なく正明を起こすことにした。その前に母親からの手紙を取り出してから正明に呼びかける。

「お兄さん、仮眠しているところごめんね。僕は、ここに行きたいんだけど、この電車に乗り続けていればいいんだよね?」

「……はっ!あやうく、本格的に寝てしまうところだった。ありがとう、北斗君。それで、なんだい?」

「僕は、ここに行きたいんだけど、この電車に乗り続けていればいいんだよね?」

「ああ。でも××駅から乗り換えをしなきゃいけないなぁって。××駅!?俺も降りる駅だよ」

 2人の降車駅は偶然にも様々な駅にアクセスが行き届いている××駅だった。

「そうなんだ! 一緒だね!でも、乗り換えって何? この電車だけじゃ、お母さんのところ行けないの?」

「そうだ。また、違う電車に乗って◎◎駅まで行かないとその住所の駅には着かないな」

「そうだったんだ……僕、てっきりこの電車だけで行けるかと思ったよ。どうしよう、わからない」

 それを聞いた正明は、駅員に任せればいいことを何故か自分が案内してやらなければならないように思えたのだ。

「北斗君。俺と一緒にお母さんのところまで行こうか」

「え、いいの!? でも、お兄さん、お仕事は?」

「あぁ、今日は休みを入れるよ。どちらにせよ、この体調で出勤したら職場でぶっ倒れてしまいそうだ。今日くらい休んだって文句は言わせねぇ。何か言われたら労基に文句言ってやるさ。それに、北斗君が無事、お母さんのところまで行けるかが心配だ。ご一緒してもいいかな?」

「お兄さんが付いていってくれるなら安心だよ! ぜひ、きて!」

 北斗は、電車で知り合った正明に信頼を抱いていたため何の疑いもなく自分と正明との旅になることを了承した。

“まもなく、××駅~。××駅~。お降りの方は、忘れものをなさいませんようご注意ください。まもなく、××駅~。”

 降車する駅が近づいたアナウンスが流れる。会話が弾んでいる間に、目的地へと向かう時間はあっという間に流れていたようだ。2人は手を繋ぎ、もはや仲良しの親子のように降車した。

 ××駅では、××駅に着くまでの間に乗車していた通勤・通学の人達が同じように降車する。また、××駅からも同じように乗り込む人達もいた。アクセスの良い駅は、通勤・通学時間は人込みの波で荒れている。はぐれてしまわないように、2人の手のつなぎは強固なものとなった。

 エスカレーターに乗り、上の階に行き、電車の電子アナウンス板を見て、次の電車の発車時刻を確認する。○○線から△△線に乗り換えるため、△△線のある場所のエスカレーターを下った。発車時刻は、8:00だった。現在の時刻は7:50。発車まであと10分ある。

「おっと、いけない。会社に連絡を入れるから待っていてくれ。あ、これでジュースでも買っておいで」

 正明は、北斗に200円渡した。

「ありがとう!お兄さん!」

 北斗は、正明から受け取った200円を落とさないように大事に握りしめて、近くに自動販売機がないかキョロキョロ探す。そして、見つけるが、欲しいオレンジジュースのペットボトルは、最上段にあり、北斗の背の高さでは届かなかった。北斗は、正明の電話が終わるのを待つことにした。

「……というわけなので、失礼いたします。」

 正明の欠勤連絡が終わる。正明は、北斗の方へ向き、まだ何も持っていないことに気付く。

「北斗君、どうしたんだい。飲みたいもの、たくさんあるのかい?」

「ううん。あのオレンジジュースが欲しいんだけど、届かないんだ」

「あ、そうだったか。よし、じゃあこうしてやろう」

 正明は、北斗を抱きかかえる。そして、200円を入れさせて、オレンジジュースのボタンを押させた。

 ゴトン。お目当てのオレンジジュースは排出され、お釣りの50円も共に排出される。

「やった! ありがとう、お兄さん」

「どういたしまして、俺も何か買うか」

 お釣りの50円を取り出して、硬貨投入口に投入し、さらに100円も加える。迷ったが、眠気がひどいためコーヒーのペットボトルを購入した。これだけカフェインを摂取すれば、眠気も醒めることだろう。

 飲み物を購入しているうちに時刻は7:55を指した。

“まもなく、8:00発◎◎駅行電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください”

 と、目当ての電車のアナウンスが流れてくる。購入した飲み物を2人で飲みながら、すでに並んでいる列の最後尾に並んで、電車を待った。

 ペットボトルの蓋をしめ終える間に、目的の電車が到着した。2人は、今度は、横並びの2人席のところに座った。都会と反対の場所へ向かうため、乗り込む乗客はほとんどいなかった。通学で乗り込む学生が少数くらいだった。終着駅である◎◎駅が2人の降りる駅でもあった。この××駅からたった4つ駅離れたところだ。

 正明は小腹がすいた時用のために持ち歩いているチョコレート菓子の袋を取り出し、北斗に分けてやる。2人でポリポリつまんでいる間に、間の駅が通り過ぎていく。景色もますます、田園が広がっている。

“次は終着駅の◎◎駅~。忘れものをなさいませんようご注意ください。まもなく、◎◎駅~。本日は、株式会社□□鉄道をご利用いただきありがとうございました。”

 車掌の挨拶がちょうど終わる頃に、◎◎駅に到着した。正明と北斗は、飲み物で喉を潤し、降りる準備を始める。

「北斗君、お母さんの手紙出してくれるかな」

「はーい、お兄さん」

 北斗は、大事にしまっていたお母さんからの手紙を取り出す。正明は、手紙を受け取るともう一度住所を確認する。

「やはり、間違いないな」

「? 何が?」

「俺が出張したことのある遊園地のすぐ近くの家だなぁと思って」

「そう、そうなんだよ!近くに遊園地があるから、3人で行こうねっって約束していたのにさ。今じゃ、あそこ見るだけで寂しくなるよ。あぁ、もう行くことないのかなって」

「そうか……」

 まずは、北斗を無事、母親のところへ送り届けそれからでも、遊園地に連れていくことはできないだろうかと考えた。あとは、母親の気持ちもあるだろう。本当の父親ではないけれど。3人で、遊園地行けたら北斗も楽しんでくれるのではないかと思って。

「なぁ、北斗君、お母さんはおじいちゃんおばあちゃんの家に行ってからお仕事はされているのかい?」

「いいや、たしかしてなかったと思うよ。探している最中とか言ってたから」

「そうか」

 好都合だ。何も予定がないなら、あとはこの見知らぬ正明であるが、一緒に遊園地に行ってもらえることができれば、北斗に思い出を作ることができる。

「なぁ、北斗君、ここからは、バスとか利用していたかい?」

「ううん。歩いてすぐだったと思うから使っていない」

「歩いてすぐか。じゃあ、このまま一緒に歩こう」

「うん!」

 2人は相変わらず、手をつないだままで、でも改札を通る時はいったん離して再び手を繋ぎ、住所の方角へ歩き出す。

「歩いて何分くらいかわかるかい?」

「何分だろう。時計持っていないし、そもそも数えたこともないからわからないや」

「そうか、じゃあ綺麗な景色を見ながら一緒に楽しもう」

「うん!」

 こうした、ゆったりと景色を見ながら歩くなんていつぶりだろうかと思う正明。普段、かきこんで食している米の稲が、きらきらと輝いている様を見ながらゆっくり歩けるなんて。歩くということだって久しぶりなのではないか。いつも、1日のスケジュールに複数の現場が存在して、あちこちへ、車やら自分の脚やら、走り回っている慌ただしい日常である。

「お父さんと住んでいるところも、田んぼがいっぱいあるけど、お母さんが住んでいるところも、田んぼがいっぱいなんだよ」

「あぁ、そうだな。このへんは米が有名だもんな。普段、ここ産の米を食べているが、かっ喰らってて味わって食べていなかったなぁ。もう少し、食事もゆっくり味わいたいもんだ」

「本当、整備士さんって忙しいんだね」

「あぁ、だから今日はゆっくりできて嬉しいさ。北斗君もお母さんに元気な顔見せにいかないとな」

「僕はいつも元気だよ! お母さんいなくても、僕は平気だってところ見せて安心させたいんだ」

「北斗君は強いな」

 自分が幼い時に両親が離婚していたら果たして耐えられただろうか。ずっと、わんわん泣き続けていて生活を送ることができないのではないだろうか。今は、仕事の多忙さが忘れさせてくれているが、離れて暮らしている両親がふと恋しくなった正明。

「お兄さんは寂しがりなの?」

 にやにやして問いかける北斗。

「あぁ、今は忙しさが忘れさせてくれてるが寂しがりかもしれん」

「そうなんだ。僕はお父さんがいるからまだ大丈夫なのかも。お兄さんはお父さんとお母さんとも離れ離れなの?」

「あぁ、そうだ。あと兄さんがいるんだが、兄さんとも離れ離れだ」

「兄弟いるんだぁ~。いいなぁ。僕もお兄ちゃん欲しかった」

「なら、俺がお兄ちゃんになってやるよ」

「本当!お兄ちゃん、名前は?」

「俺は正明さ」

「正明お兄ちゃん!」

「ははは、何だか照れくさいな」

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 なんて、2人でじゃれあっていた。田んぼのあぜ道が見えてくると

「あそこを曲がって!だんだん、おじいちゃんおばあちゃん家に近づいてきたと思う!」

 そうして、ずんずんと正明お兄ちゃんの手を引っ張る北斗。落ちないように、離さないように付いていく正明。見えてくる田舎らしい古民家が何軒か建っていた。ある一軒家の前には、美しい女性が立っていた。

「お母さん!」

 北斗はさらに、ずんずんと歩いていく。

「おわわっ!北斗君、俺が落ちてしまうからもっと、ゆっくり!」

「あぁ、ごめん、正明お兄ちゃん」

「北斗!」

 呼びかけに気付いたのか、母親も北斗のことを呼び近づいてくる。

「お母さん!!」

そして、近づいてきた母親に正明の手を離さないまま左手で抱きついた。

「北斗、よく遊びに来てくれたね……そして、こちらの方はどなた?知らない人に付いていっちゃいけないって言ったわよね」

「あぁ、失礼いたしました! 俺は、鈴木正明と申します。整備士しています。電車の●●駅で知り合いまして、北斗君が道がわからないとのことでしたので同伴させていただきました!」

「あら、それはそれは、付き添いくださりありがとうございました。ほら、北斗も、お礼言って」

「正明お兄ちゃん、ここまで付いてきてくれてありがとう!」

「どういたしまして! 北斗君、良かったな無事、綺麗なお母さんと再会できてさ!」

「まぁ、綺麗だなんて。本当にありがとうございました。お礼と言っては何ですが、よろしければお昼ご飯召し上がってください」

「えぇ、よろしいのですか? では、いただきます」

「やったー!正明お兄ちゃんと一緒にご飯食べられる!」

「鈴木さんは北斗のお兄さんとなったの?」

「そうだよ!正明お兄ちゃんだよ!」

「そっかー良かったね! では、鈴木さん、お上がりください」

「お邪魔します」

 玄関で靴を脱ぐと、そこには、囲炉裏と掘りごたつがあり、いかにもな古民家の屋内の光景であり、懐かしい居心地があった。正明の祖父母の家も遠い記憶であるが、古民家であったからだ。

 囲炉裏近くにあった座布団に胡坐で座らせてもらう。北斗もその近くを胡坐で座る。北斗は喉が渇いたため、正明に買ってもらったオレンジジュースを取り出し、飲み始めた。

「あら、北斗、飲み物まで買ってもらったの?」

「そうだよ~! 抱っこして高いところにあるオレンジジュース買ってくれたんだ!」

「鈴木さん、付き添いだけではなく、飲み物までありがとうございました。あ、ジュース代取ってこなきゃ」

「いやいや、いいんですよ。こちらこそ、他人のくせに勝手にしゃしゃり出て一緒にここまで付いてきてしまいまして。せっかくの再会で水いらずのところを水を差してしまい」

「いえいえ、あの人見知りの北斗がこんなにも懐くなんて。余程良くしてもらったのですね。本当にありがとうございました。おかげさまで、無事に北斗の顔を見ることができました」

「ははは! いえいえ、勝手ながら付き添いのおかげで仕事が休みになったもので、北斗君との出会いに感謝ですよ」「えぇ、お勤め先の理解は得られて……いえ、休まれた方がよさそうですね。鈴木さん、顔がやつれておりますもの」

「いやぁ、これは休みがしばらくなかったもので。今日はもう、休んでやりましたよ! 思いきって」

「よろしければ、今日は泊まっていかれますか?」

「えっ!? ご厄介になってしまってよろしいのですか」

「えぇ、鈴木さんがこんな狭い家でもよろしいならば」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えてしまいましょうかね。いやぁ、お邪魔してから祖父母の家に似ていて懐かしさを感じていたのですよ」

「そうでしたか、どうぞ、ごゆっくりしていってくださいね。あ、私の名前は矢作早苗と申します。何かありましたら、呼んでくださいね」

「はい!」

 早苗は居間に引っ込んでいった。正明は周囲に目をやる。やはり、祖父母の家の雰囲気に似ていた。思わず、ごろんと横になる。カフェインを摂取していても溜りに溜まった睡眠負債には抗えない。

「兄ちゃん寝るの、僕も寝る」

 そう言って、一緒になって横になる北斗。そこへ、尋ねに来る早苗。

「鈴木さん!ご飯やお風呂はいつになさい……あら、寝てしまわれましたか。無理もないですね。疲れてらしてる顔をされていますものね」

 そういって、早苗はまた奥に引っ込み、しばらくして毛布を正明と北斗に当てがった。毛布の感触に気付かず、正明と北斗はそのまま寝入ってしまった。



―――



 温かいご飯の匂いがする。

「お腹がすいた」

 正明は、空腹感によって起きた。窓を見るともうすでに景色は、闇夜に染まっていた。

「鈴木さん、目が覚めましたか。ご飯に致しましょう」

「正明お兄ちゃん! ご飯だよ! 一緒に食べよう!その後はお腹が落ち着いたらお風呂だよ!」

 早苗と先に起きていた北斗も正明を起こす。

「すっかり、寝てしまってすみません。いただきます」

 目の前の掘りごたつ上のテーブルには、白飯、肉じゃが、みそ汁、サラダが並んでいた。肉じゃがを口に含む正明。

「美味しい。久しぶりだなぁ。手作りのご飯は。ずっと買ってきた総菜ばかり食べてたもんで。北斗君が言っていた通り、料理お上手ですね!」

「お口にあって良かったです……」

 早苗は少し頬を赤くしながら、もくもくと食べていた。

「そうだぞ! お母さんは料理上手だぞ! 肉じゃが、おかわり!」

「はいはい、そんなにがっつかないの。まだまだあるから、よく噛んで食べるのよ」

「あ、あの矢作さ……」

「矢作さんだったら、僕も反応しちゃうよ! お母さんの名前は、早苗さんだぞ!」

「いやいや、北斗君、今お母さん呼んだことわかってんじゃん。それに、お母さんの名前も知っているよ? でも、他人がいきなり、名前を呼ぶと馴れ馴れしいんじゃないかなって。特に大人の世界では……」

「うふふ、ここには矢作が2人いるからややこしいですよね。私のことは早苗でいいですよ。その……ま、正明さん」

「お、俺の名前を!?」

「ええ、北斗も名前呼びをしているみたいですし、真似っ子させてもらいました」

 舌をペロッとだしてお茶目さを見せる早苗。そんな表情にくらっとなって少し赤くなる正明。

「な、なんだか、夫婦みたいですね、なんて」

「ま、まぁ夫婦なんて」

 ふしゅーと蒸気がでる正明と早苗。そのような光景をにやにやと見る北斗。

「正明お兄ちゃんなら、僕のお父さんになってもいいな」

「まぁ、北斗ったら!」

「あ、そうだ、早苗さん、俺にも肉じゃがのおかわりお願いします」

「あ、そうですよね。そのために呼んだんですもんね。やだ、私ったら」

 早苗は、正明から空き皿を受け取り、肉じゃがをよそう。そして、盛りつけた皿を正明に戻した時、指と指が触れ合ったことに気付いたが、北斗にまたからかわれると思って黙っていることにした。だけど、母親の顔色の異変に気付きまたからかい始める。

「どうしたの、お母さん、まだ顔赤いよ~?」

「なんでもありません!」

幼い好奇心は、こういう悪戯事に敏感であったのだった。

「「ごちそうさまでした」」

「おそまつさまでした」

 3人は食べおわり、掘りごたつの横でごろんとする北斗。早苗は食器を重ねている。正明もそれに手伝い、共に台所へ行く。「そういえば、今日はお父様とお母様はいらっしゃらないのですか」

「ええ、友人から急用が入ったとのことでしたので、しばらくは私と北斗で留守番しているのです」

「そうでしたか、ご挨拶できなくて残念ですね」

「いえいえ、お構いなく。休まれたらお風呂入ってくださいね。後の片付けは私がやりますから」

「あぁ、ありがとうございます」

 早苗は食器洗いに取り掛かった。正明は、北斗の横に胡坐で座り、北斗に耳打ちをする。

「なぁ、北斗君、遊園地、行きたくないか?」

「え、いいよ。だってもう家族で行けないもん」

「本当の家族じゃないけど、北斗君、早苗さん、それと俺で行かないか?」

「本当!?」

「実は明日も休みを取ったんだ。晴れるみたいだし、一緒に行かないか。早苗さんにも聞いておいで」

「わかった!」

 勢いよく立ち上がるとドタドタと床をけり上げて母親の許へ行く北斗。

「おかあさーん!明日遊園地行こう!正明お兄ちゃんが連れてってくれるって!」

「えぇ、本当!あんなに、行きたくなくなっていた遊園地に行きたいと言い出すなんて……行きましょうか。正明さんのおかげね」

 涙ぐみながら、食器洗いをする早苗。

「正明さんにお礼言うのよ。それと、2人でお風呂入ってきなさい」

「はーい!」

 また、ドタドタと音を鳴らしながら戻っていき

「正明お兄ちゃん、明日は遊園地連れていってね! ありがとう! あと、お風呂一緒に入ろう!!」

「おぉ、早苗さんも了承か! 行こうな! よし、お風呂入ろう!」

「正明さん、遊園地のことありがとうございます。こちら、着替えとタオルになります。前の旦那のもので申し訳ございませんが……」

「こちらこそ着替えなども用意せずにお邪魔してしまいまして」

「ごゆっくり浸かってきてください」

「そうさせていただきます」

「お兄ちゃん、早く早く~」

 いつの間にか服を脱いで裸となっている北斗が正明を引っ張って脱衣所に連れていこうとする。

「北斗、ここで脱がないで脱衣所で脱ぎなさい!」

「へへへ~。つい、楽しみすぎて」

 正明は、脱いだ服をかごに入れると、風呂のドアを開く。中の風呂は至って現代的な風呂であった。かけ湯をして、

「さて、まずは頭を洗おうか」

「お兄ちゃん、洗って~」

「いいぞ~」

 リンスインシャンプーを手に取り、ボトルを押し上げて液体を出す。そして、手で揉み上げて泡をつくり、北斗の頭をもみ洗いしていく。

「気持ちいい~」

「そうか~。よし、そろそろ流すぞ~目、瞑れ~」

「はーい」

 シャワーでザーッと流していくと、つやつやの髪となった。

 正明も同じリンスインシャンプーを手に取り、液体をもらい、手で揉み上げて泡をつくり、自分の頭をもみ洗いしていく。

「僕も兄ちゃんの頭ごしごしする~」

「そうか、頼むぞ」

 そして、目瞑り、座ったままで待機する正明。

「いくぞ~」

ごしごしごしごし。小学2年生の力では、中々力が入らないが、くすぐったさと少しの気持ちよさがあった。

「ははは、ありがとう。もういいよ~。洗い流すぞ」

「よし、それも僕が!」

シャワーヘッドをもった北斗が、正明の頭の泡を洗い流していく。

「さて、次は体を洗うか」

正明は、タオルを石鹸で泡立てて、体を洗い始める。

「お兄ちゃん、背中流してあげる~」

「お~そうか、頼むぞ! 俺も、北斗君を流してやろう」

 背中をごしごしと洗ってもらうと、北斗を抱きかかえ、タオルを同じようにごしごし当てて洗っていく。

「うへへ~、くすぐったい~」

「よし、お湯で流すぞ~」

 おけにお湯をためて、2人についていた泡を洗い流す。

「よし、温まろうか」

 北斗を抱きかかえて、一緒に湯船に入る。お湯がもう少しで溢れそうだ。

「久しぶりだな、誰かと入るの」

「そうか、俺は職場の連中と仕事終わりに、会社の風呂入っているんだよなぁ」

「そうなんだ。僕は、お父さんと入ったきりだよ」

「……そうか、お父さん、風呂に一緒に入ってくれたことあったんだな」

「うん、体も頭も洗ってくれてから、こうして一緒に湯船に入った」

「そうか」

「今は、お兄ちゃんがお父さんみたい。本当、なって欲しいな」

「ははは、まだ、結婚は考えられないよ。早苗さんは美人だし優しいからお嫁さんとして欲しいけどなぁ……」

「そうでしょ、お母さんもきっと、正明お兄ちゃんのこと、お父さんにしたいと思ってると思うんだ!」

「おいおい、勝手にお母さんの気持ち考えちゃだめだよ~」

 正明は、のぼせからなのか、照れくささからのか顔の赤みが強くなる。

「えぇ~お母さんもきっと僕と同じように思っているさ!」

「そうかなぁ」

 嬉しいやら、悩ましいやらと複雑な気持ちでドギマギしている。

「まぁ、とにかく明日は家族で行きたかった遊園地に行こう。楽しい思い出たくさんつくるぞ。だから、やりたいと思ったこと何でも言うんだぞ?」

「うん!」

 そして、2人は、シャワーを浴びて風呂から上がった。パジャマに着替えて脱衣所を後にすると、早苗が待っていた。

「2人共、お水をどうぞ」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 ごくごくと飲んで、お盆にコップを返すと、早苗と目が合った。

「ふふふ、本当、お父さんみたいですね」

「いやぁ、ははは」

「ほら、言っただろ?僕のお父さんになってよ! 正明お兄ちゃん」

「俺は、まだ結婚考えられないだって」

「まぁ、お付き合いされてる方もいらっしゃらないのですね」

「えぇもう、多忙でつくってる暇もないんですよ。ははは」

「そうでしたか……」

早苗は手を当てて、頬を少し赤らめて何か言いたげな顔をしていたが、ふいっと横を向いて誤魔化し、手で一室を指す。

「あちらが寝室になりますので。よろしければ、北斗とも一緒に寝てやってください」

「あぁ、それは構いませんよ。北斗君一緒に寝よう」

「えぇ、お母さんも一緒に寝ようよ」

「そ、それは良くないと思うよ。夫婦でもないのに……」

「えぇ~何で?」

「夫婦じゃないからだよ」

「僕とお母さんは一緒に寝るのに?」

「それは家族だからだよ。俺は今日会ったばかりの他人だよ?」

「他人じゃないもん、正明お兄ちゃんだもん!」

「そう、そんなに言うなら、い、一緒に寝ましょうか?」

「やったー! 3人で寝られるぞ!」

「じゃあ、布団、この部屋にもってこないとね」

「運ぶの手伝いますよ」

「すみませんね。北斗が我儘で」

「いやいや、久しぶりに会ったのですから一緒に寝たいのですよ。俺に懐いてくれている理由はよくわからないですけどね」

「優しいからですよ。では、こちらの部屋にありますので……」

 そう言って、先を歩く早苗。その後を追う正明。早苗が押し入れをあけると、布団の山積みが現れる。正明は一番上の布団の一式を取ると、先程の部屋へと運ぶ。早苗も枕を持ち、後を追う。寝室に布団を敷いて、3人が寝られるスペースができた。

「ご飯の時みたく、僕真ん中ね! そして、正明お兄ちゃんが右で、お母さんが左!」

「もう、勝手に決めて」

「俺は右だな。では眠たいからもう布団に入らせてもらおうかな」

「僕ももう疲れちゃった」

「私はまだ家事がありますので終わったらこの部屋に来ます。では、2人共お休みなさい」

「お休みなさい」

「お休みー」

 挨拶を交わし、北斗と正明は眠りについた。早苗は脱衣所で洗濯をしていた。

「ふふっ、正明さんを見ているとあの人の優しかった頃を思い出すなぁ。だから……きっとドキドキするのでしょうね。それにしても、あそこの遊園地に行けるなんて思いもしなかったな。楽しみだわ」

 早苗は洗濯している間にいつも以上にテキパキと他の家事も済ませて、終わる頃に洗濯も終わり、洗濯物を干し終えてから、北斗と正明の待つ寝室に行く。2人はすっかり寝息を立てていた。

「ふふふ、よほど疲れていたのね。正明さんは先程も寝ていらしたのに。北斗も遠くから来たもんね。無事会えて良かった」 

 そして、早苗も横になり、目を閉じて眠りについた。




――



「おはよう! 兄ちゃん! 起きろー!! 遊園地連れてってー!!」

 眠気が覚めて、目がキラキラと輝いている早起きの北斗によって正明が起こされる。

「おわぁ、仕事に遅れる!!……って今日は休みを取ったんだった。まだ、寝ぼけているなぁ。北斗君、おはよう。顔を洗ってもいいかな」

「一緒に行こう。僕もまだなんだ」

 早苗はもう起きているみたいだ。布団がたたまれていた。顔を洗い、台所に顔を出すと、早苗が朝ごはんの支度をしていた。

「早苗さん、おはようございます」

「正明さん、おはようございます。よく眠れましたか」

「ええ、おかげさまで北斗君目覚ましが鳴るまで爆睡でしたよ。仕事を気にしないで寝られるって最高っすよ」

「そうでしたか。もうすぐ、ご飯ができますので座って待っていてください」

「お母さん、おはよう」

「あら、北斗も起きてたのね。おはよう。正明さんと一緒に座って待っていなさい」

「はーい」

 2人は、掘りごたつに座り、早苗のご飯を待った。朝ごはんは、白飯、目玉焼き、ウィンナー、海苔、サラダであった。

「「「いただきます」」」

 また、3人仲良く挨拶し、食事を始める。

「本当に遊園地に遊びに連れてっていただいていいのですか」

「ええ、一緒に。家族ではないですが、思い出作りましょう」

「もう、何回も聞くなんて、お兄ちゃんは昨日から良いって言ってるぞ!」

「でも、夢なんじゃないかと思って」

「僕、ばっちり起きてるよ! お母さん寝ぼけてるの!?」

「あら、私だってちゃんと起きてるわよ!」

「ははは、そう何度も確認を取られなくても今日ちゃんと連れて行きますよ。☆☆遊園地、行きたかったんですよね?」

「そうだよ!兄ちゃん」

 ご飯粒を飛ばしながら、勢いよく喋る北斗。

「ははは、ご飯粒飛んできたぞ」

「お弁当だよ!」

「遊びに行く間にカピカピになってしまうなぁ」

「北斗ったら。ちゃんと、正明さんのご飯粒取ってあげなさい」

「はーい」

 北斗は、ティッシュを取り出し、正明に飛んだご飯粒をつまんで取る。

「そうだ、お弁当と言えば、私がお弁当作りますか? それとも、遊園地で買い食いしますか」

「早苗さんの料理も捨てがたいですが、遊園地にも美味しい料理とかお菓子あるから、ぜひ、北斗君に食べさせてあげたいなと思って」

「そうですよね。実は、私も遊園地楽しみだったりします」

「そうでしたか、では、楽しみましょう。さぁて、早く食べよう」

「そうですね、普段なら行儀悪いですが、今日は特別としましょう」

「朝ごはんは控えめにして、あっちでいっぱい食べるぞ~」

「北斗、ごちそうになるとはいえあまり我儘言わないのよ?」

「いやいや、好きなだけ買ってあげますよ」

「まぁ、正明さんったら。北斗を甘やかさないでください」

「いいではありませんか。ここまで、我慢していた北斗君です。本来、甘えられる時間があったのですから、俺が代わりに作るだけのことです」

「……ありがとうございます。本当、父親みたいです」

「いやいや、俺が小さい頃受けたことをまたこれからの子供にも、受けて欲しいなって思っただけですよ」

「愛情深い家庭で育ったのですね。私も見習わなきゃ」

「さぁ、行きましょう。早苗さん。遊園地の開園時間に間に合わなくなってしまいますよ」

「あ、いけない。食器洗いは終わらせていかなきゃ」

 正明は空いた食器を片付け、片っ端から早苗が洗っていく。北斗もその間に、着替えて行く準備をしていた。てんやわんやしている間に、行く準備が整い、3人で家を出る。矢作家の車を借りて、正明が運転することになった。

 助手席に北斗、後ろには早苗が座っている。田舎であるが、ここの市長が観光に力を入れている為作られた☆☆遊園地。矢作家から車で30分以内に行けるところにある。家からも大観覧車が見えるほどだ。

 時刻は8:00。着く頃には開園時間を迎える。隣を見ると、北斗は寝ていた。早起きしてはしゃぎすぎて、眠気が襲ってきてしまったようだ。少しの間だが寝かせてあげよう。

「では、行きますよ」

「はい、運転までありがとうございます。よろしくお願いします」

 土曜日であったが、車道の道なりはあまり混んでおらず、スムーズに進めて時間通りに着くことができた。

「ほら、北斗君。着いたよ。☆☆遊園地だよ!」

「んー……うわぁ、着いた!!」

 目の前には、遊園地の入り口があり、開園までの数分をまだかまだかと同じように待っている客が立っていた。北斗は、正明に肩車されて高い景色を堪能していた。

“まもなく、☆☆遊園地開園致します。チケットをまだ購入されていない方は横のチケット購入窓口にて購入の上、入り口前にお並びください。まもなく、開園致します。”

 遊園地からのアナウンスが流れた。ぞろぞろと客達が入口へ進んでいく。正明と早苗もそれにならって、進んでいく。

「さぁ、北斗君、何をしたい」

「僕、ジェットコースターに乗りたい!! そして、兄ちゃんの隣!」

「えぇ、お母さん1人で乗るの!?」

「大丈夫ですよ、隣に他人ですが、乗ってくれますよ」

「そう意味じゃなくて~」

 話ながらジェットコースターの列に並ぶ。他のアトラクションに人気が集中しているのか、ジェットコースターにあっという間に乗れて、話通り、ジェットコースターは1列2人の為、左に正明、右に北斗。北斗の後ろに早苗というように座った。コースターは、滑走路の坂を上り始めた。

「あぁ、お母さん、目瞑っている~」

「うぅ、だって怖いんだもの~。どっちか隣に座って欲しかった~」

「あら~そうでしたか、では次は穏やかなの行きましょうか……」

 ガタン!!勢いよく最上位で止まると、そこからコースターは勢いよく落ちていく。

「キャーーーーー!!!!!」

 早苗の叫びがこだまする。

「「はははははははっ!!!!!!」」

 正明と北斗の笑い声もこだまする。他の観客も歓喜の声や恐怖の叫びをしている。3分間というのは、大体あっという間だが、早苗にとっては地獄の時間だったようであり、涙目になっていた。母の心子知らず、北斗はのん気に笑顔を見せていた。「はぁ~良かったぁ!!!楽しかった!!」

「だろだろっって……早苗さんは次からは絶叫系には乗らない方が良いかもしれませんね……」

「そうさせていただきます……」

「じゃあ、次は、メリーゴーランドでも乗ろうか」

「あの、お馬さんの奴だね! 乗る乗る!!」

 正明はまた北斗を肩車して、早苗もその後をついていき、メリーゴーランドの位置まで歩いていく。メリーゴーランドも行列はできておらず、すぐに乗れた。

「よーし、僕がお母さんを引っ張ってあげる! 後ろのこれに乗って」

 そう言って、後ろの馬車を指さした。

「そうね、北斗のお馬さんに引っ張ってもらおうかしら」

「じゃあ、俺はその横のお馬さんに乗ることにしよう」

 先程のジェットコースターとは打って変わって、ゆらゆらと上下に穏やかに動きながら、くるくると回る。

「いいぞ、進めー」

「これぐらいのスピードなら、大丈夫だわ~」

「ははは、良かった。これなら皆で楽しめそうだ」

 段々と動きがさらにゆっくりになり、回転木馬の動きが完全に止まった。

「あら、これだったらまだ乗っていられたのに」

「でも、刺激が足りないよ~」

「ははは、北斗君は、刺激が欲しいようだな。なら次は、俺とあれに乗ろう」

 指を指したのは、回転ブランコであった。

「高いところで、ブランコがくるくる回るんだ」

「えーすごい! 乗る乗る!!」

「では、早苗さんお留守番お願いします」

「ええ、あれも無理そうですので、荷物持ってますね」

 早苗は、正明と北斗の荷物を預かり、近くのベンチで見守っていた。回転ブランコには人気があり、少し待ってそれから乗車できた。

 ブランコのシートベルトと安全バーを下ろし、ブランコは空中に上がった。回る勢いの風で皆に涼しい心地よさが当たる。

「公園のブランコでもこうやって遊べたらいいのにな!!」

「あぁ~昔、似たようなのはあったけど、危ないからって撤去されるところあるみたいだからね~」

「えー、危ないからなんて言ってたら遊べないよー」

「本当そうだよな。遊びの中の危険さだって、遊びながら回避しなきゃ学べないよなー」

「まぁ、2人共……空中で離れ離れだし、風も吹いているだろうからどうしても大声で会話になってしまうわよね」

 なんて、早苗がのん気に考えている間に、時間が来てブランコは地上の高さに戻った。

「あぁ、どれも楽しい!!」

「それは良かったなぁ。そろそろ、何か食べるかい?」

「僕、あれ食べたい! 細長い棒のお菓子と、ポップコーンと、アイス!! それに、チキン!!」

「チュロスにポップコーンにアイスにチキンかぁ。いいぞ! まずは、チキンを探すか」

「まぁ、たくさん食べるのね」

「早苗さんも食べましょう」

「そんなに入るかしら」

「こういうところ来たら楽しさと美味しさで入るもんですよ」

 3人は、チュロス、ポップコーン、アイス、燻製チキンを堪能した。それからも他のジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に挑戦したり……北斗は、ジェットコースターはへっちゃらでも、お化け屋敷の怖さにはまだまだ勝てないみたいだった。

 そうこうしている間にもう夜になった。遊園地がイルミネーションで染まっていく。

「そういえば、閉園間際には花火が打ちあがるみたいだよ」

「花火!! 見る!」

「よし、その前にあれに乗ろう」

 指さしたのは、イルミネーションで照らされている観覧車であった。

「ここから見ると間近で見られるよ」

「本当! 早く行こう!」

 北斗は、正明と早苗の手を引っ張りずんずん歩いていく。観覧車にも行列が少しあったが花火開始時間には間に合いそうであり乗ることができた。

 3人は乗り込む。その間に花火が打ちあがる。花火の時間は約30分ある。観覧車が最上位に上がるのは、15分くらいだ。

ちょうど見頃を眺めることができるのだ。北斗達を乗せる観覧車が最上位に来た。

「綺麗ね……」

「僕、正明お兄ちゃんと遊園地来られて良かった!!」

「それは良かった。俺も3人で来られて嬉しかったよ」

 3人は化学反応で様々な色を織りなす花火に夢中であった。ただ、最上位で止まってくれることはなく、あっという間に下降をし始める観覧車。それはどこに乗っていようが皆平等である。気づいたら、3人は降りるところに来ていた。花火ももうすぐクライマックスである。

「ご乗車ありがとうございました」

 スタッフの案内で降りて、後ろを振り返ると、最後の一番大きい打ち上げ花火が上がった。

「わぁ~~~~!!」

「お、もう終わったかな」

「これは、観覧車越しじゃなくて、肉眼で見れたおかげで全体像がはっきり見えて良かったです~」

「そうですね。さて、もうすぐ閉園だ。帰ろうか」

「うん。正明お兄ちゃん! 今日はありがとう!!」

 北斗を真ん中にして、右に正明、左に早苗で手を繋ぎ、本当の親子のようにして遊園地を後にした。車に乗ってからは、北斗ははしゃいで疲れてしまったか爆睡してしまった。

「あら、北斗ったら。でもちゃんとお礼は言っていたわよね。正明さん、北斗だけではなく私まで遊園地に連れてきてくださってありがとうございました。おかげで本当の家族のように楽しい思い出ができました」

「なーに、いいってことですよ。今度は本当のお父さんと来られたらいいですね!」

「あの、その……よろしければ……正明さんがお父さんに……」

「へっ!? いやいや、俺なんか。まずはお友達から始めてください」

「ま、またきっとお会いすること、できますよね」

「あぁ、俺、●●駅の周辺に住んでますから。それに仕事もこの辺とか来たりしますからきっと会えますよ」

「では、また機会を作って遊びましょう」

「そうですね。俺もまた機会を作って遊びたいです!」

 そして、矢作家に着いたが、北斗は目を覚まさないままだった。

「ほら、北斗起きなさい。もう一度、正明さんにお礼言いなさい」

「いいですよ。十分、もらってます。このまま楽しい思い出に包まれながら寝かせてあげてください」

「そうですか……では、私が。本当にありがとうございました。お気をつけて帰ってください」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。また、会える日まで」

 そして、正明は◎◎駅まで向かった。まだ、最終便とまではいかないが何本か電車があることだろう。それに乗って帰ることにしよう。◎◎駅から22:55の電車に乗った。××駅に着くころには、23:15となり、●●駅に着くころには、23:30となった。そこから、家までは歩いて10分。正明は、家に着いてから、シャワーを浴びて明日に備えてさっさと寝ることにした。

 正明も童心に帰って、遊園地を楽しむことができた。さぁ、明日からは、また日常が戻ってくる。終わるのが惜しいからこの非日常をせめて、また夢の中で反芻できますように。



―――

 また、いつもの朝に戻った。正明は朝ごはんを済ませて、支度をしていつもの7:10の電車に乗らなければならない。そして、無事●●駅から電車に乗って、××駅にて降車した。2日ぶりの仕事だ。31連勤後にしては、短い、休みであった。××駅から歩いて15分の会社に到着すると課長がもうすでに出勤していた。

「課長、おはようございます」

「おお、鈴木、おはよう。お前をしばらく休ませてやれてなかったもんな。もう、大丈夫か」

「ええ、おかげさまで、リフレッシュできました」

「よし、なら今日の仕事は、☆☆遊園地のアトラクションの整備だ。高所に上るから落ちないようにな」

「え……は、はい!!」

 まさか、昨日行ったところが出張場所になるなんて。課長と話している間に、同僚達も次々と出勤してくる。

「よぉ、鈴木。体調は大丈夫かぁ~?やつれた顔してたもんな。有給は使っていい権利なんだから遠慮せず使えよ? お前はすぐ我慢するんだから」

「だってよぉ、なんか休むのって申し訳なくて」

「そんなんだから、この国の有給消化率が悪いんだよ! もっと消化しろ、おかわりするぐらいの勢いで! !むしろ、もっと腹ペコになれ!! 俺は休みが足りない!!」

「そうだよな。お前も家族と過ごす時間とか欲しいよな」

「お、なんだ、色恋沙汰に興味のない鈴木が家族サービスの話なんて、誰か興味の魅かれる人にでも出会ったか?」

「まさか~」

「おいおい、顔が赤いぜ? さては、こいつ、昨日、一昨日で見つけたな!? 白状しろ!!」

「だから、いねーってば!!」

「おい、そこ、現場行くぞ!!」

「「はい、課長!!」」

 課長により同僚のおちょくりは止められ、現場である☆☆遊園地に向かった。正明にとっては昨日ぶりであった。辺りを見回すだけで、昨日のことが思い出される。

「よし、今日はこの☆☆遊園地のアトラクションの整備に取り掛かる。高所を扱う奴もいるから、落ちないように気をつけて。体調不良の者などいたら、俺と相談の上、作業場変更等を行う。では、これが今日のノルマ表だ。各自、名前の書かれている個所に当たるように」

 正明は、先程、おちょくった同僚と共にジェットコースターの担当であった。2人は整備者専用の通路から、昇っていき、整備不良の箇所がないか点検を始める。

「なぁ、本当に気になる奴できたんじゃねーの?お前から家族の話が出るなんてさ」

「いやぁ、実は一昨日小学生の男の子と会ってな。何だかんだで、その美人のバツイチ母親とも出会って、料理振る舞ってもらったあげく泊めてもらって、昨日、一緒に3人でここに遊びに来たんだわ」

「な、何ぃ!! おい、本当に何もなかったのか!?」

「あ、いや、良かったら父親になりませんかって言われたけど……」

「そして、おめぇは何て返事したんだよ!?」

「いや、お友達から始めましょうって……疎いし」

「本当、おめぇ、疎いなぁ。女の秋の空のように変わる心が変わらないうちに早く嫁さんにしとけばよかったものの。そんな最初の頃の初々しさなんてな、あっという間に台風にでも流されたかのように消えるんだよ!!」

「そう、なのかなぁ……」

「そうなんだよ」

「お前、結婚して何年目だっけ?」

「高卒からだよ!!」

「まだ、5年目じゃん。大丈夫だよ。お前が奥さんのことぞんざいに扱っているだけだろう」

「そんなことあるかぁ!! 忙しいんだよ!! 疲れているんだよ!!」

「じゃあ、おめぇも有給消化しないとなぁ」

「そうだな。今度パーっと使ってやらぁ」

「子供はいるんだっけ?」

「いるさ。もう2人目もお腹の中にいるさ」

「あれ、そうだったけ? おめでとう」

「あ、そうか報告したの昨日だったもんな。とにかく4人家族になるよ、うちは。ますます騒がしくなるよ」

「でも、家族が好きだから、作ったんだろ?」

「まーな」

「頑張れよ、お父さん! 俺はまだお兄ちゃんでいいや」

「なんだよ、そのお兄ちゃんって」

「昨日会った男の子が俺のことをお兄ちゃんって呼ぶからさ」

「はーん。まぁ、お前の甲斐性具合じゃあまだお兄ちゃんがお似合いかもなぁ」

「さぁ、それはどうかな。俺はまだ気楽に1人でいたいだけさ」

「なーに、今に寂しくなって家族が欲しくなるに決まってらぁ」

「まぁ、ほんの少し思う時もあるが、やっぱり1人の自由って最高だね。好きな時に食事できて、好きなところに好きなタイミングで出かけて、好きな時に寝られて。縛られなくていい。ダチとも気軽に遊べる」

「あぁ、確かに、それは一人暮らしじゃなきゃできない」

 なんて、言っている正明であるが、ジェットコースターの整備をしながら、もし家族ができたとしたらこの前、北斗達と遊んだ時のように楽しませてあげたいと思った。



――


「はれ、正明お兄ちゃんは!?」

「おはよう、北斗。正明さんは昨日、私達を送ってくれた後に帰ったわよ」

「え、そんな。僕、正明お兄ちゃんにバイバイできなかったの!?」

「起こしたけど、北斗寝ちゃっていたもの。でも大丈夫。また、会った時お礼言いなさい」

「また、お兄ちゃんに会えるの!?」

「ええ、もしかしたら会えるかもしれないわね」

 といいつつ、早苗は別れ間際に、携帯の電話番号とメールアドレスを聞いておいたのであった。これでいつでも連絡を取ることができる。

「あーあ、お兄ちゃんがお父さんになってくれればいいのに」

「正明さんは素敵なお父さんになりそうね」

「お父さんと僕で一緒に暮らそうって提案しに来たのに、新しい選択肢ができちゃった!! あ、あとね、おじいちゃんおばあちゃんも!」

「あらあら、北斗。まだお母さん、再婚は考えられないわ。ゆっくり考えましょう。とりあえず、夏休みの間、ゆっくりしていきなさい」

「はーい」

 北斗は、外へ遊びに出た。あぜ道の稲を浸す水に反射する光のキラキラや、家からも見える☆☆遊園地を見る度に、正明との思い出が思い起こされることだろう。

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小坊、リーマン、乗り換えの旅 シィータソルト @Shixi_taSolt

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