第40話

「『──あたしメリーさん、今あなたの後ろにいるの』」




 まさに時刻は、草木も眠る丑三つ時。




 突然着信音を鳴らし始めたスマホを手にして、通話スイッチをタップした途端、耳に飛び込んでくる、音声通信と


 パソコンデスクに座ったまま、身体ごと振り返れば、果たしてそこには、あたかも『捨てられた西洋人形』そのままの、金髪碧眼の四、五歳ほどの幼女が、





 痩せ細った矮躯にボロボロの深紅のドレスをまとって、愛らしいかんばせをさもうらめしげに歪めながら、たたずんでいた。




 それを見て愕然となり、完全に言葉を失ってしまう少年ボクこと、このそこそこ大豪邸とも言い得る屋敷の跡取り息子である、うえゆう


 するとこちらへとゆっくりと迫り来て、作業中のパソコンを覗き込んで、あたかも大好物の屍肉を目にしたハイエナでもあるかのように、ニタリと笑みを浮かべながら、おもむろに言葉を発する、人形少女。




「あ〜あ、よりによって番外編のそのまた番外編に、本編の最重要ストーリーを突っ込むなんて勝手な真似して、『聖レーン転生教団が、黙っちゃいませんよ、しれぇ?』」




「──やかましい、いきなり人の部屋に現れて、何メタっぽいこと言っているんだ、貴様! しかも最後のほうは、エヴ○とろっのWパロとか、高度すぎるだろうが⁉」


「あら、最後の『しれぇ』は、らいでんコンビでは無く、ゆきかぜちゃんだったのよ?」


「そんなの、僕のようなにわかのエアプの二次専に、区別できるか! そもそも第一『メリーさん』が、何の予告も無くいきなり背後に現れるなんて、反則じゃないのか⁉」


なあによお〜、水臭いったらありゃしない。あたしたちの仲じゃないのお〜」


「何が『水臭い』だ、僕たちはあくまでも、『ギブ・アンド・テイク』の関係だろうが? おまえみたいなやっかいな都市伝説に、四六時中無条件で取り憑かれて堪るか。ぼくにかまう暇があったら、例の『幼なじみ殺し野郎』の、妹ごっこでもやってろ(※『なろうの女神が支配する』第118〜129話参照)」


「ふん、相変わらず、つれないこと。──だったら、遠慮しなくても、いいわけね?」


「……何だと?」


 いかにも唐突な不穏な言葉に、思わず問い返すが、その都市伝説の少女は、パソコンのモニターに表示された、僕の書きかけの文章を覗き込むばかりであった。




 ──そう、異世界を舞台にしていたはずの作品の、最重要キャラの二人が、いきなり現代日本人へと成り変わるといった、とんでもない反則技をぶちかました、自作のWeb小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の、【魔法令嬢編】の第322話を。




「そりゃあ、聖レーン転生教団も、激怒するわよねえ? 【ハロウィン特別企画】という、番外編の番外編──すなわち、『実験テストケースの中の実験テストケース』であるかのように見せかけておいて、抜け駆け的に『最終目標』を達成しようとするんだから、『協定違反』も甚だしいってものよ」


「──っ」


 まあ、それはそうだよな、教団と僕が──『あっちの世界』で言えば、が一時的に手を結んでいるのは、今回の『実験』において、お互いの『究極の目的』の達成がかなりの高確率で見込まれるという、『利害の一致』を見たからであり、それをこちらだけが一方的に『ストーリー』を進めたんじゃ、教団のほうはたまったものじゃないだろう。




 ──しかし、それがどうした、と言うんだ?




「教団が激怒しているって? 別に僕は構わないけど。何せ、こちとら『住んでいる世界』が違うんだ、創作物上の宗教団体が、創作物上のファンタジー異世界で何をやろうが、何ら影響を被ることは無いだろうよ」


 至極当然なことを、至極素っ気なく言ってのける、Web作家DK男子高校生


 しかし目の前の幼女の余裕の笑みが揺らぐことは、微塵もなかった。


「ええ、その見解で、間違ってはいないわ。──だからこそ、あたしが呼ばれたのだから」


「……何?」




「忘れたの? あたしたち『都市伝説』にとっては、『世界の枠組み』なんか、何ら関係しないことを。なぜならその世界の人間が、あたしたちの存在を『認識』さえすれば、その瞬間、あたしたちはその世界に存在するようになるのだから」




 …………あ。


「──と言うことは、まさか⁉」


「ご想像の通り、このあたしこそが、当の教団から、『後始末』を任されたわけ」


 ……何……だっ……てえ……。


「あら、どうしたの、青い顔をして? 別に構わないんでしょう、あたしはあなたと、『専属契約』を結んでいるわけでもないんだしねえ」


「……一体、何を、する気なんだ?」




 いつしか、パソコンモニターの中に──つまりは、僕が小説として創り出した、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界の中に入り込んだ、『メリーさん』が、その小さく愛らしい顔だけを振り向かせて、




 あたかも『天使』のようでいて、なぜだか『狂犬』や『鬼神』をも彷彿とさせる、凄絶な笑顔で宣った。




「──そりゃあ、この時期決まっているでしょう、素敵な素敵な『ハロウィンパーティ』を、始めるのよ♡」

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