第39話

「──ちょ、ちょっと、待ちなさいよ⁉ あなた、ほんの今し方、『神様が現実に登場したら、神様では無くなる』とかいったふうなことを言ったばかりだというのに、舌の根も乾かぬうちに、『自分こそは、神様の力を行使することができる』、ですってえ⁉」




 悪役令嬢でありながら本物の天使でもある、私ことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナを始めとする、人呼んで『精霊セイレーン十三使徒』が、今まさに堕落しきったシブヤ・ゲットーの人間たちに対して、『最後の審判』という名の殺戮を繰り広げようとした刹那、メイド姿の一人の少女が唐突に現れて、聖書型のタブレットPCに何事かを書き込んだ途端、私たちは聖なる力をすべて失い、天使の証しである純白の翼すらも消え去り上空から墜落して、地べたに這いつくばらされてしまったのだが、


 何とその年の頃十三、四歳ほどのおかっぱ頭のメイド少女、メイ=アカシャ=ドーマン嬢ときたら、自分こそは『神様の代行者』であるなどと、言い出したのだ。




「──ですから、わたくし自身は、神様の力を、だけ、ですってば」




 ………………………………は?


「か、借り受けているって、一体誰から?」


「もちろん、『本物の神様』からですよ」


「──だから、その『本物の神様』ってのが、一体何者かって、聞いているのよ⁉」


「そんなこと、答えることができるわけ、無いでしょう?」


「何でよ!」


「やれやれ、何度も申しているではありませんか? 神様というものは、その存在を『具象化』した途端、神様としての威厳や能力チカラを喪失してしまうと。──よって、その世界の神様というものは、けしてその世界の人間に対して、姿を見せたり正体を知られたりして、その存在を認識されてしまっては駄目なのですよ」


「それじゃあ、どうしてあなたは、れっきとしたこの世界の人間でありながら、認識できないはずの、神様の力を使えているわけなのよ?」




「それは他でもなく、わたくし神様から、この世界における『神様としてのキャラクター属性』を、与えられているからなのです」




「へ? 神様としてのキャラクター属性、って……」


「言うなればわたくしは、最初から、『偽物の神様』として、設定されているのですよ」


「に、偽物の、神様ですってえ⁉」




「たとえ本物の神様であったとしても、自分の支配する世界の中で、確固とした肉体を手に入れて、人間たちに認識されるようになると、尊厳と超常の力が失われて、神様では無くなってしまいますが、最初からこの世界の中で肉体を持つ者に、神様そのままの力を与えて、『神様の代行者』として振る舞わせれば、人々の信仰の対象になること自体は不可能であるものの、最初から神様として認識されていないので、神様そのままレベルの超常の力は使用することができるわけですよ」




「神様の代行者って、具体的には、どんな力を使えるわけなの?」


「一言で言えば、『作者』としての力ですわね」


「さ、作者って、小説とか漫画の原作者のこと⁉」


「ええ、この世界を文字通りに創造した、神様そのままの全知全能の存在がいるとしたら、まさしくこの世界を、世界のだと思いませんか?」


「──‼」




「もしもわたくしたちが、小説の登場人物だったとしても、自分自身では絶対に自覚することはできません。よって、この世界を小説のようなものとして創造した、『作者』の存在を認識することなぞ、絶対に不可能でしょう。それに対して『作者』のほうは、我々人間を始めとする森羅万象を、生かすも殺すも胸先三寸であるのはもちろん、自分の作品に過ぎない世界そのものを、意のままに操ることすらも造作もないことなのです」




 ……た、確かに。


 よほどの『メタ的作品』でも無い限りは、作者が小説の登場人物に認識されることなんて、常識的にあり得ないし、自分の作品や登場人物でしかない、この世界そのものやそこに住まう生きとし生けるものを意のままにできるのは、まさしく彼女が言うところの、昨今流行りの創作物内に登場してくる、単なる『キャラクターとしての神様』なんかでは無く、『真に理想的な神様』のみだと言えるだろう。


 更に、この『偶像化された神は、真の神に非ず』の法則を逆手にとって、最初から『偽物の神様』を世界の内側に設定することによって、いわゆる『神の代行者』として、神様同等の力を振るわせるパターンにおいては、まさしく小説等の創作物において、ただ単に『神様という名前のキャラクター』を登場させるに等しく、ゆえに現在私の目の前にいる、自称『神の代行者』の少女が、本当に神様そのままの力を振るえたとしても、別におかしくも何ともないのだ。


「くくく、どうやらおわかりのようですね? ──それでは、第一使徒としての『聖なる力』も、悪役令嬢としての『邪悪なる力』も、両方共すべて失って、干からびておしまいなさい!」


「──ぐはっ⁉」


 彼女の無慈悲な最後通牒に応じるようにして、更に強まる『エナジー・ドレイン』。




 ……ああ、どんどんと、力が、抜けていく。


 まるで、命そのものを、吸い取られているみたい。




 モウ、ヤメテ!




 コノママデハ、




 ──わたしガ、わたしデハ、無クナッテシマウ!




「あはははははは、ざまあありませんわね? 『神の使徒』としてのご自慢の、銀白色の髪と黄金きん色の瞳とが、どんどんと輝きを失っていくではありませんか? あははははははははははははは──────────────は?」


 もはや意識さえも失いかけている私へと、追い打ちをかけるようにして嘲笑し続ける、女王親衛隊精鋭部隊『セブンリトルズ』の真のリーダーである、メイ=アカシャ=ドーマン嬢。




 しかし、それはなぜか、唐突に途絶えてしまったのだ。




「……黒髪と、黒目に、なった?」


 ──ああ、そういえば、目の前にある髪の毛がなぜか、真っ黒になってしまったような。


「……体つきが、十五、六歳ほどに、成り変わった?」


 ──確かに、何だか現在身に着けている、某『軍艦擬人化ヒロイン』をイメージした巫女服が、やけに窮屈になったような。


「……まさか」


 ──あれ? いきなり再び、力がみなぎってきたような。


「……まさか、まさか」


 ──あれれ? 身体が勝手に、立ち上がろうとし始めたんですけど?


「……まさか、まさか、まさか」


 ──意識はいまだ、ぼんやりとしていながらも、はっきりと目を開いて、メイド少女を見下ろしているんだけど、彼女って、あんなに小さかったかしら?


「……まさか、まさか、まさか、まさか」


 ──ああ、もしかして、私のほうの背が、伸びたとか?


「……まさか、まさか、まさか、まさか、まさか」


 ──しかも、どうしてあなたは、まるで化物でも目の当たりにしたような目で、私のほうを見るの?




「……まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか、まさか」




 そして、唇が勝手に開き、私自身、思わぬ言葉を発した。




「──久し振りね、




「……、お嬢様?」




 ──それはまさしく、この【魔法令嬢編】における、『実験』が、初めて成功した瞬間であった。

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