第41話

 ──その『悪夢』は、いかにも唐突に始まったのである。




『70年代SF少女漫画結界』に守られているはずのファンタジーワールドの、シブヤ・ゲットーの中心部にある、セイレーン転生教団の教会堂前の広場で鳴り響く、無数の


 こんな切羽詰まった状況だというのに、まるで完全にIT社会の奴隷と化している現代日本人であるかのように、無意識でおのおの自分の量子魔導クォンタムマジックスマートフォンを取り出して、条件反射的に通話ボタンをタップする、わたくしことネオジパング女王親衛隊隊長メイ=アカシャ=ドーマンを始めとする、この場に集いし人々。




 ──するとその途端流れ出す、たどたどしい舌足らずの、幼い少女の歌声。




 メリーさんのひつじ、


 ひつじ、


 ひつじ、


 ひつじ、


 メリーさんのひつじ、


 ひつじ、


 ひつじ、


 ひつじ、


 ──かわいいな♡




 ハロウィンの夜のシブヤ中に木霊する、なんとも楽しげな──それでいてどこか哀しげな、女の子の独唱。


「……これって、まさか」


 わたくしが、そうつぶやいた、まさにその時、


「──うわあっ!」


「な、何だ⁉」


「きゃあああああっ!」


 今度は、男女の性別や年齢すら問わずとどろき渡る、多数の悲鳴や怒号。


 ──それも、無理は無かった。


 今ここにいる、わたくしが率いる女王メイド隊はもちろん、唐突に現代日本人である明石あかしつみよみへと変身した、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナを首魁リーダーとする悪役令嬢たちや、ハロウィンの夜ならではの仮装をしているシブヤ・ゲットーの住人たちに、精霊セイレーンである悪役令嬢を捕縛しに来た治安維持部隊に至るまで、すべての人々の『影』から、異様な格好をした、まったく同じ姿形の四、五歳ほどの幼女たちが、湧き出て来たのだから。


 いかにもこれまでずっと地中に潜んでいたかのような、痩せ細った泥だらけの矮躯を包み込む、ボロボロにほつれた深紅のドレスに、長い金髪に覆われた西洋人形みたいな可憐な小顔の中で鈍く煌めいている、まったく生気の無い青の瞳。




 そして一際目を惹く、頭部から上半身のほとんどを覆っている、狼だか山犬だかの意匠の、コスプレ用のフード付きマント。




 あたかもそれは、今しも巨大な狼に食べられんとする、赤ずきんあたりを彷彿とさせた。




「……メリーさん、あなた、メリーさんじゃないの⁉」


「あら、ようやく『正気』に戻ったようね、メイ? ──もっともそれは、の基準では、『狂気』かも知れないけどね」


「どうして……一体……どうして⁉」


「ふふふ、あなたが、混乱に陥るのも、ようく、わかるわ」




「都市伝説のくせに、どうしてそんなウケを狙った、どこかの軍艦擬人化ヒロインみたいな、コスプレをしているの⁉」


「──最初に突っ込むのが、そこなのかよ⁉ それよりも、なぜあたしがここに唐突に現れたのかを、疑問に持てよ⁉」




 ……都市伝説から、マジに怒られちゃった。


「ふん、この場面であなたが出てくる理由くらい、先刻承知よ」


「おやおや、『内なる神インナー・ライター』様におかれましては、『確信犯』であられたわけですか? それはそれは。聖レーン転生教団が激怒するのも、無理はないわねえ」


「別に、今回の『実験』においては、教団と信頼関係にあったわけでは無く、単に利害が一致しただけであり、自分の『目的』が達成しそうであれば、『抜け駆け上等』となるは、お互い様でしょう?」


「えー、でもお、今回はちょっとばかり、拙速が過ぎたんじゃないのお?」


「──ご心配なく、ちゃんと『コツ』はつかめましたから」




「……ふうん、それじゃあやっぱり、んだ?」




 ──その途端、背筋にゾクッと、悪寒が走った。


 いきなり雰囲気を一変させた目の前の幼女は、間違いなく、人にはあらざる『都市伝説』の表情カオをしていた。


「……つまり、あなたこそが、『教団の刺客』というわけね。一体何をするつもりなの?」


「──そんなの、決まっているでしょ?」


 そう言って、狼だか山犬だか──『狂犬』だか、定かではないフードを、目深に被り直す。




 あたかも、自らの肉体どころか、精神こころまでも、喰らわすかのように。




「──さあ、素敵な素敵な、ハロウィンパーティを、始めましょ♡」




 そして世界は、狂気と殺戮とに、塗りつぶされた。




 無数の都市伝説メリーさんたちが、唱和する。




『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』


『──航路ルートを、ソロモンに、設定』




『『『──さあ、人外たちのハロウィンパーティを、始めましょう!!!』』』




 その途端、すべての『メリーさん』たちが、コスプレ衣装と一体化していく。


「……あれって、獣化形態第666段階、『ソロモンのアクマ』⁉」


 わたくしを始めとして、誰もがただ呆然となる中で、いつしかそこには、人形そのままのあどけない幼女の姿は、ただの一人も見受けられなくなり、




 その代わりに、無数の『狂犬』どもが、低く昏いうなり声を上げていた。




「……なるほど、『メリーさんの羊』と、『羊の皮を被った狼』とを、かけていたわけね?」


『それだけじゃなく、もっと「新しいやつ」や、とてつもなく「古いやつ」も、かけているんだけど、それは「内緒♡」ということで』


「『新しいやつ』のほうは、見え見えだと思うんだけど……」


『まあ、「古いやつ」のお陰で、どうにか「70年代少女漫画結界」は、守れそうだけどねw』


「……何が、『少女漫画』よ、そんな姿になってしまって。しかもこれからすぐにでも、わたくしよみお嬢様も含めて、ここにいる全員を、『喰らう』つもりなんでしょ?」


『まあねえ〜、それが教団のリクエストだからねえ〜。それにあたしたち都市伝説は、「夢喰い」が本性なんだし、この「実験ステージ」ごと、無かったことにしようかと思ってね♡』


「……それって、『境界線の守護者』にとっての、最大の禁忌である、『世界の改変』に当たるのでは?」


 わたくしの至極当然の指摘の言葉にも、その『人語を解する獣』は、微塵も動ずることは無かった。




『──あはははは、何を言っているの? これは改変なぞではなく、むしろ「当然の帰結」じゃないの? あなたの「多世界同位体」であるうえゆうが、考え無しに想定外のストーリー展開にしたりするから、あたしたち「悪夢バグ喰らい」の出番となっただけで、むしろこうなるのは、「必然」だったわけなのよ』




「これが……これから始まる、何の罪も無い『登場人物』たちに対する、殺戮ショウが、当然の帰結ですってえ⁉」




『──そうよ、「悪夢バグ悪夢バグを上書き」するわけ。今回の【特別編ジッケンのジッケン】はこれで終わりだけど、お陰で【本編メインのジッケン】のほうは、つつがなく続行できるという次第よ。まあ、これに懲りたら、あなたも上無祐記も、「作者」としての力を、これ以上「独りよがりな欲望」のためなんかに、濫用しないことね』




 そう言い終えるや、もはや知性や理性の抜け落ちた、『畜生』そのままの目つきとなり、わたくしと詠お嬢様のほうへと、よだれをたらしながら迫り来る、一匹の『狂犬』。




 ──そして、今回のハロウィンパーティは、いよいよ最後のものである、『ディナーショウ』へと移行し、あらゆる意味で『ピリオドを打った』のであった。

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