第27話

 ──とところで提督アドミラルは、『テセウスの船』という説話について、ご存じでしょうか?




 実は私の故郷である現代日本においては、最近同名タイトルの漫画作品がドラマ化されたり、某軍艦擬人化アニメの中で言及されたりすることによって、興味を覚えた方もおられるかと思いますけど、簡単に申しますと、「その物にとっての『同一性』というものは、どこまで適用されてどこからが限界なのか?」という話なのです。


 それというのも、そもそもテセウスの船自体が、『ギリシャ神話』に登場したくらい大昔の船であるゆえに、船体が損傷したり経年劣化するごとに、どんどんと新しい材料で補修されていくうちに、とうとう船体のすべてにおいて、オリジナルの部分がなくなったしまったのでございます。




 ──果たしてその場合、この船は、最初に建造された時点の船体と、まったく同一のものと言えますでしょうか?




 ……というのが、テセウスの船の、『パラドックス』あるいは『思考実験』と呼ばれるものですけど、


 ──実は、この説話自体は、何の意味も無い、『頭の体操』のための材料でしかなかったりします。


 これについては、「いくら材料が変わっても、同じ船に違いない」と言う人も、「構成するものが全部変わってしまえば、さすがにまったく同じものとは言えないだろう」と言う人も、いると思いますけど、ぶっちゃけて申せば、なのです。




 ──何せ、こんなもの、「いくら材料が変わろうとも、同じ船であるという事実は、けして変わらないのだ」と、最初から答えが決まっているのですから。




『問いかけ』自体において、いかにももっともらしいことを述べているから、「……そうだよね、構成するものが全部変われば、別の船になっちゃうよね?」と思わせるように、だけなのですよ。


 この話の『ペテン』な部分は、何と『前提条件』からすでに、インチキであるところなのです。


 残念ながら、いくら新しい材料を加えていこうが、『テセウスの船』の同一性は、微塵も揺るぎはしません。


 具体的に言うと、オリジナルの材料が100%の時点と、90%の時点と、70%の時点と、50%の時点と、30%の時点と、10%の時点とでは、同一性に


 なぜなら、同一性には、「……ううむ、この段階では、同一性はおよそ、33%くらいかのう」などというふうに、数字で表すことはあり得ないからです。


 現代日本の方々は全員、ペテンにかけられているだけなのですよ、あたかも、「オリジナルの材料が70%だった場合、同一性も70%である」かのように。


 あえて数字で表すと、同一性というものは、常に100%しかあり得ないのです。


 それと申しますのは、例えば『テセウスの船』に対して、10%だけ新しい材料を加えた場合、よほどのへそ曲がりの方では無い限りは、「これはテセウスの船そのものである」と見なすと思われるのですが、


 ──実は、これこそが、唯一絶対の『真理』なのでございます。




 そうなのです、『そのもの』と言うことは、『同一である』と言うことであり、たとえ10%とはいえ新しい材料を加えた場合においても、100%同一と言うことに他ならないのです。




 後はこの繰り返しに過ぎず、仮に10%ずつ新たな材料を加えていくとしても、どんどんと同一性が減り続けたりはせず、常に『90%+10%=(相も変わらず)100%』を繰り返していくだけで、「10%の材料を10回入れ替えたから、これでオリジナルの部分が0%になったので、同一性は失われた」なんてことは無く、同一性は依然100%のままに保たれているのでございます。




 一応このようにして、数字を使って論理的にご説明いたしましたが、本当はそんな必要は無く、元々単なる『常識』に過ぎません。


 例えば、Aさん(仮名)が自分の住んでいる家を改築し続けているうちに、オリジナルの材料が無くなった途端、「これはAさんの家ではなくなりましたので、今すぐ出て行ってください」などと言おうものなら、頭の調子を疑われても仕方ないでしょう?


 そうなのです、いくら『テセウスの船』などといった、もはや黴の生えた説話を持ち出してきて、自分をさも『お利口さん』であるように見せかけようとしたところで、しょせんは『他人の受け容れ』に過ぎず、自分の頭で考えようとしないから、これほど明らかなる『矛盾点』にも気づくことができないのでございます。


 今度、いかにも得意満面に、『テセウスの船』の例え話をし始めた人間を見かけた時には、こっそりと心の中であざ笑ってさしあげるとよろしいでしょう(いかにもわざとらしい清楚な笑みを浮かべながら)。




 ──さて、実はここからが本題なのですけど、だったらいっそこと、すべての材料について、不可抗力的に全損したり、故意に丸ごと廃棄した後に、まったく新しい船を造って、同じ名前をつけた場合、両者の間には同一性があると言えるでしょうか?




 ……まあ、この場合については、基本的には『別物』として扱うのが、当然ですよね?


 たとえ同じ名前をつけたとしても、普通はまったく同じとは見なされずに、『二代目』とか『三代目』とかの扱いを受けるのが、社会的慣例でしょうか?


 そもそもこういったケースにおいては大抵、過去の偉大なる船にあやかって、新造の船に同じ名前をつけるというのが多いでしょうし、間違っても『同じ船』だと見なす人なんておられないでしょう。




 ──ただし、『最初から壊れた船』であれば、何回全損して、何回一から造り直そうが、同一性を守り続けることができるのでございます。




 ……うふふふふ、本来ならここで、「『最初から壊れた船』って、一体どういうことなのだ?」などと疑問を抱かれるところでしょうけど、私こと、旧大日本帝国海軍所属一等駆逐艦ゆうぐも型19番艦、『きよしも』のあるじ様である提督アドミラルでしたら、もはや十分おわかりですよね?




 そう、まさしく、『軍艦擬人化少女』のことなのです。




 ──ほら、つい先ほど、申しましたではないですか?




 実は私は、『幽霊』みたいなものだって。




 言わば私たちは、『あちらの世界』の史実上、すでに『壊れてしまった船』に他ならないのです。




 よって軍艦擬人化少女というものは、女の子の身体にかつての軍艦の『魂』が込められることで成り立ち、肉体よりも精神のほうこそが同一性の基準となっており、極論すれば、肉体側が(いわゆる『大破』して)取り返しがつかないほど損傷した場合でも、別の肉体に軍艦としての魂をインストールし直せば、同一の軍艦擬人化少女だと見なされることになるわけなのです。




 特に提督アドミラルが私に対して実際に行われたように、軍艦擬人化少女を異世界転生させる場合ですと、軍艦由来であるのは文字通り転生してきた『魂』(厳密には、集合的無意識を介してインストールされた、当該軍艦の『情報』)のみで、肉体のほうについては、異世界のものが使用されることになるものの、その『受け皿』がただの異世界人の女の子でしかなかったら、軍艦としての性能なんて発揮できやしないので、オリハルコンやミスリル銀製の船体や艦砲等の艤装にさえも、いくらでも変幻自在な不定形暗黒生物の『ショゴス』等を材料に構成された、特別あつらえの物が用意されることになるのでございます。


 だとしたら、たとえ軍艦擬人化少女が取り返しのつかない大破状態になろうが、新しく『受け皿』を用意して、魂だけ転生(=集合的無意識を介してのインストール)し直せばいいだけの話で、どんどん新しい肉体に入れ替えつつ、同一性を保つことができるわけなのですよ。




 ──つまり、軍艦擬人化少女なるものは、人間の女の子と言うよりはむしろ、『つくりもの』以外の何物でも無いのです。




 これまで幾度となく述べてきましたように、この世界において軍艦擬人化少女を実現するためには、まさしく剣と魔法のファンタジーワールドならではに、クトゥルフ神話でお馴染みの不定形暗黒生物のショゴスをベースにして、オリハルコンとかミスリル銀とかの魔法物質を加味した異形の肉体からなる、『少女の姿をしたナニか』を、肉体におけるベースとしているのです。


 これは、『テセウスの船』問題における同一性についても同様で、先程述べたように、ゆっくりと構成物を変えていくのではなく、一度にそっくり入れ替えた場合においても、その時点の船の持ち主等の主要な関係者が、「これはまったく同一の船なのである」と認識されていれば、どんなに論理的かつ常識的に正しかろうが、外野は一切口出しできないのでございます。


 ──なぜなら、本物の船であろうが、私のような軍艦擬人化少女であろうが、単なる『つくりもの』に過ぎないのですから、当然『人格』なんて認められること無く、提督アドミラルのような『持ち主』の一存で、廃棄されたり、作り替えられたりして、まったく別の個体であるかのようにに様変わりしてしまおうが、何ら不思議は無く、しかも同様に持ち主等の一存だけで、同一性すら継続されることになるのです。




 しょせん、『つくりもの』は、『つくりもの』に過ぎず、そこに人格や親愛の情などを見いだしたところで、単なる妄想のようなものに過ぎないわけなのですよ。




 ただし、実は『つくりもの』であることこそが、私たち軍艦擬人化少女にとって──それも何よりも、『防御面』において、破格の優位点メリットをもたらしてくれるのでございます




 と申しますのも、軍艦擬人化少女は、単なる『つくりもの』なのですから、取り返しのつかないほど『大破』した場合であろうとも、全面的に『修理』すればいいだけですし、もはや修復不可能な場合は、まったく新しい材料でまったくの新品として、造り直せばいいだけでございます。




 しかも、軍艦擬人化少女のアイデンティティである、オリジナルの軍艦としての『情報データ』は、集合的無意識を介していつでもどのような『容れ物』に対してでも、『転生インストール』させることができるので、ただの女の子の場合なら死亡したり消滅したりしかねない程に、肉体的に完全に破壊されようが、何度でも『生き返らせる』ことができるわけであり、事実上の『不死』であるとも申せましょう。




 ──そう、我々軍艦擬人化少女は、まさしく『つくりもの』であるからこそ、『死』や『消滅』すらも恐れる必要の無い、絶対無敵の『防御力』を誇っているわけなのです。

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