第26話

「──おい、お前、一体何を言い出すんだ? 自爆するなんて⁉」




 自分の忠実なるしもべである、『あちらの世界』の第二次世界大戦中の、旧日本海軍駆逐艦の擬人化少女『キヨ』の、とんでもない言葉に、この大陸東部きっての錬金術師兼召喚術士である、僕ことアミール=アルハルは、思わず食ってかかった。




 ──しかし、これまで見せたこともない、冷然たる目つきで振り返る、年の頃十歳ほどの幼い少女。


「申し訳ございませんが、これ以外方法は無いのです。いくら損傷しても直ちに自己修復可能である、あれ程の巨大な移動要塞を、修復の余裕さえも与えずに、一気に全壊させるには、私の駆逐艦としての主砲の火力では到底足りず、むしろ軍艦擬人化少女にして魔法的存在としての主動力メインエンジンである、『量子魔導クォンタムマジック機関』を暴走させて、広範囲にわたってすべての物質を、素粒子レベルにまで還元させる他はないのです」


 ──ちょっと、何怖いこと言い出しているの、この子ったら!


 それっていわゆる、「お前を分子レベルまで、分解してやる!」って、やつだろ⁉


 ……ていうか、軍艦擬人化美少女って、そんなどこかの『S○機関』みたいので動いていたの? それってひょっとして、『艦む○』の生みの親が、『C○機関』だから?


「──だからって、お前が自爆することはないだろう⁉」


「……もう一刻の猶予も無いことは、提督アドミラルご自身が、よくご存じのはず。もはやご自身やレジスタンスの方々を守るための、防御結界を張り続けるのも、限界ではないのですか?」


「──うっ」


「……私は提督アドミラルの駆逐艦として、もう二度と提督アドミラル自ら闘わなければならないような、(旧日本海軍の駆逐艦娘の視点における)異世界にしたくは無いのです!」


 いやお前は、旧帝国海軍の駆逐艦と言っても、『あやなみ』ではなく、『きよしも』だろうが⁉


 そんな僕の心の中でのツッコミをよそに、さっさと事を進める、最終兵器幼女。


「集合的無意識とアクセス、量子魔導クォンタムマジック機関、モードDへの移行を要請!」


「──よせ、キヨ! これは命令だ!」


「却下します」


「何⁉」




「私こと、大日本帝国海軍所属一等駆逐艦ゆうぐも型19番艦、『清霜』は、すでに自律モードと移行しておりますので、いかなる命令も受け付けません。──ちなみに、自爆シークエンスまで、あと20秒を切りました。最大強度の防御結界を展開することを、推奨いたします」




「──っ」


あと、15秒」


「き、キヨ⁉」


あと10秒」


「くっ! ──防御結界、展開!」


「9、8、7、6、5、4、3、2、1」


「──みんな、目を閉じて口を大きく開けてから、その場に伏せろ!」




「0」





 その瞬間、世界のすべてがまばゆい閃光に包み込まれたかのように、まぶたの裏側までも純白に染め上げられた。


 一拍遅れて、大轟音が、耳をつんざく。


 しばらくして、視覚と聴覚が正常に戻るとともに、僕の魔導力が尽きてしまって、防御結界が霧散した。




 ──そして、目の前からは、すべてが消滅していた。




 あれ程巨大な威容を誇っていた、聖レーン転生教団ご自慢の、移動要塞も。


 その一部にして、強大な戦闘能力と防御力とを見せつけた、ストーンゴーレムも。




 ──更には、我が忠実なるしもべであった、自称駆逐艦の少女の姿さえも。




 そう、そこにはただ、爆心地と思われる大きなクレーターの中心から立ちのぼっている、か細い黒煙しか見受けられなかったのである。




「────キヨー‼」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……そんなに、気を落とさないでくださいよ」


「お気持ちは察しますし、我々も彼女には心から感謝しております」


「それでも、あなたが哀しみ続けるのは、キヨさんとしても、本望では無いでしょう」


「──くそっ、転生教団めが、我々のような弱小の抵抗レジスタンス組織を潰すのに、移動要塞なんて持ち出してきおって!」


「あいつらは、自分たちの教義を信仰しない者は、虫けらとしか思っていないんだ!」


「アミールさん、私たちも是非とも協力させていただきますので、キヨさんの仇を必ず討ちましょう!」




 聖レーン転生教団に対する、某抵抗レジスタンス組織のアジトにて。


 あれから三日ほどがたった後においても、僕がキヨを失った失意を隠せずに、ずっと塞ぎ込み続けているのを見かねて、レジスタンスの構成員たちが口々に励ましの言葉をかけてくれるものの、いかにも心ここにあらずと言った感じでうなだれたまま、言葉一つ返すことができなかった。




 幸いなことにも、あれ程の大騒動であったのに、キヨの奮闘と、僕の身の内の魔導力を振り絞った防御結界とが、功を奏して、けが人一人出なかったものの、代わりに爆心地付近をいくら探しても、キヨの欠片かけら一つ見つけることはできなかったのだ。


 ……それも、当然であろう。


 身の内の量子魔導クォンタムマジック機関を暴走させて、辺り一面のすべての物体を、分子レベルまで分解してしまったのだ、彼女自身が巻き込まれないはずが無かった。


「……なぜだ、なぜなんだ、キヨ、何でおまえだけが、犠牲にならなきゃならないんだ? 何か他に方法はなかったのかよ!」


 思わず口を突いて出る、悔恨の言葉。


 その途端、口をつぐんで押し黙る、周りの人々。


 ──不甲斐ない。




 何よりも、己のしもべだけを犠牲にして、のうのうと生き延びてしまった、この僕自身が。




 くそっ、あれだけ一緒に力を合わせて、横暴なる帝国と教団を打ち倒そうと、誓い合ったと言うのに!


 ──そのようにあれこれと、胸中で己自身を罵っていた、


 まさに、その刹那であった。




「……大変遅れてしまい、申し訳ございません。駆逐艦『きよしも』、ただ今帰投いたしました」




「「「「「……………………………………は?」」」」」




 突然ドアを開けて、さも当然のようにして、アジト内の手狭な集会室へと入ってきた、散々見覚えのある幼い少女の姿に、その場の全員が呆気にとられる。


「…………キヨ、シモ?」


「はい、大日本帝国海軍所属一等駆逐艦ゆうぐも型19番艦、清霜でございます。提督アドミラルにおかれては、本日もご機嫌麗しく、恐悦至極でございます」


「いや、ご機嫌麗しくないよ! 驚愕のあまり、今現在どんな機嫌でいるのか、自分自身でもわからないよ! お前確か、自爆したはずじゃん! …………ま、まさか、幽霊になったとか言い出すんじゃないだろうな⁉」


 そのように、驚き半分おののき半分に、あらぬことを言い出してしまえば、




「はい、けど?」




「──なっ⁉」




「何せ、かつて第二次世界大戦時において、すでに轟沈してしまっている、私清霜は、最初から『幽霊』のようなものですからね」

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