第28話

「……『つくりもの』、だと?」




 奇跡の生還を遂げたはずの、己の忠実なるしもべにして、軍艦擬人化少女の『キヨ』──かつての、大日本帝国海軍所属一等駆逐艦ゆうぐも型19番艦、『きよしも』の魂を持つ、年の頃十歳ほどの幼い少女が告げた、あまりにも衝撃的な打ち明け話に、僕こと、この大陸東部きっての錬金術師兼召喚術士のアミール=アルハルは、戦慄せざるを得なかった。




 しかし、そんな文字通りの『生みの親』の動揺なぞ少しも忖度すること無く、あくまでも何の感情も窺えない、整い過ぎて無機質な人形のようにも見えるしもべの少女は、淡々とあたかも至極当然のようにして、あまりにも埒外なる言葉を続けていく。


「そうです、私のような軍艦擬人化少女は、見かけ上は幼い女の子の姿をしているために、あるじであられる提督アドミラルの皆様は勘違いをなされがちなのですが、女や子供どころか、心や感情を有する人間ですらなく、単なる『つくりもの』に過ぎないのです。──だから提督あなたさまにおかれても、どうぞご遠慮なく、私のことを『使い潰して』構わないのですよ?」


「……使い潰す?」




「ええ、今回の要塞攻めを始め、いつもやっておられるように、私を最前線に立たせて敵勢力と直接相対させて、物理的に殴り合わせるのはもちろん、敵地のど真ん中に単騎で放り込んで、ゲリラ的な破壊活動を行わさせたり、いっそのこと正式な戦争状態において、敵の大軍と真正面から戦わせて一気に殲滅させたり、──場合によっては、くだんの移動型要塞やストーンゴーレムのように、通常の攻撃では倒しがたい相手に対しては、自爆攻撃で私もろとも消滅させたりすればよろしいのです」




 ──!


「自爆させればいいって、あれは例外中の例外の、やむを得ない仕儀では無かったのか⁉ それをまるで、日常的にやらせても構わないなんて! しかもすべてを、自分のあるじである、僕自身の意思に委ねるだと⁉」


提督アドミラルが気になさる必要なんて、別に無いのです。何せ私は、『つくりもの』なのですから。少々『故障』した程度だったら、自己修復できますし、もはや手の施しようもないのなら、一から造り直してもらっても構いません。集合的無意識とアクセスなされると、私の軍艦擬人化少女としての情報データも、すべて保存ストックされておりますので、それを再インストールしてくださるだけで、以前の私とまったく同一の状態スペックとなることができますゆえに」


「そうは言っても、おまえにはちゃんと、『痛覚』なんかもあるんだろ?」


「ええ、もちろん。いくら何でも痛覚が無いと、何よりも『兵器』として、敵の攻撃に適切な対応を行えませんからね。──とはいえ、痛いからといって、肉体の稼働にはほとんど支障が無いから、戦闘行為中においては、何ら問題はありませんが」


「……何ら問題は無いだって? ちゃんと人間並みに『痛み』を感じているというのに、おまえが戦闘中に傷つき続けている姿を、僕にただ黙って見ていろとでも言うのか⁉」


「ええ、その通りです」


「なっ⁉」


「いいですか、ようく考えてみてください。つまりこれぞ、提督アドミラルご自身がお望みになられたように、私こそが『真の最強』であることの、証しのようなものなんですよ?」


「……へ?」




「ただでさえ、この剣と魔法のファンタジーワールドにおいても無敵レベルの、軍艦としての『攻撃力』を誇っているというのに、基本的にまさしく軍艦だからこそ、少々の物理的攻撃にもびくともしないほど頑丈にできているし、そもそも不定形暗黒生物『ショゴス』で構成されているから、かなり深刻な損傷であっても立ち所に修復されるし、運悪く全壊しようとも、新たに作り直せばそれで済むしで、『防御力』のほうも、まさに完璧ではありませんか? しかもこの『不死』とも呼び得る『絶対再生力』を利用して、この上なき破壊力を有する自爆さえも攻撃力として使用すれば、どのような強敵でも必ず倒すことができるという、まさしく攻守共に敵無しの最強の存在と申せましょう。──良かったですね、提督アドミラル。私のような『つくりものの兵器』を、自分のしもべとして、自由自在に使い回せるなんて、これ以上の幸運は無いでしょうよ」




 ──ッ。


 ……幸運、だと?


 その彼女の一言を耳にした途端、言い知れぬ激情がほとばしった。


 ──なぜなら、無表情を装っている彼女の顔の裏側には、間違いなくすべてに諦めきった絶望の念が潜んでいることが、見て取れたから。




「ふざけるなっ!」




「あ、提督アドミラル⁉」


 突然両肩をつかまれて、すぐ面前でまくし立てられてしまったために、自称『つくりものの兵器』である彼女らしくも無く、慌てふためく我がしもべ


「何が、幸運だ! 自分の召喚物であり錬成物でもある、唯一のしもべを、たとえ簡単に修復できたり造り直せるからって、単なる兵器として使い回して、安易に傷つけたり自爆させたりして喜ぶ、召喚術士や錬金術師がいると思っているのか⁉ 僕のことを舐めるんじゃない!」


「い、痛いです、提督アドミラル、そんなに私の身体を、揺さぶらないでください!」


「痛いって? それはおかしいな。おまえは巨大な移動要塞やストーンゴーレムの攻撃にも耐えきれる、堅牢さを誇っているはずなんだろう?」


「あ、あれ? そういえば……」


 自分の現在の、これまでに無い想定外の状態にようやく気がつき、きょどり始める目の前の『幼い女の子』。


 ──だからこそ僕は、たたみかけるようにして、言い放つ。




「いいか、その痛さはなあ、肉体的な痛みなんかじゃ無く、『心が傷ついている証し』なんだよ! ──そう、おまえは心の無いつくりものでも兵器でも無く、ちゃんと自分の意思を持ち、自分や他人が傷つくことに痛みを感じることのできる、僕たち人間とまったく変わりのない存在なんだよ!」




「──‼」


 僕の心の底からの本気の台詞に、目を丸くして完全に言葉を失う、目の前のちゃんと独立した意思を持つ、人の形をした存在。




「……確かに僕は、自分の身を自分の力のみで守ることのできない、不甲斐ない存在かも知れない。あくまでも『最強の存在』が欲しくて、召喚術と錬金術とを使って、おまえを本人の意思を無視して手に入れたかも知れない。──だけど、これまでずっと、二人で力を合わせて生き延びてきておいて、まったく心を通わせたことが無かったわけが無いじゃないか? もう僕にとっては、おまえは単なるつくりものでも兵器でも手段でも道具でも無く、れっきとした『相棒パートナー』なんだよ!」




「……え? わ、私が、提督アドミラルの、相棒パートナー?」


「そうだ! だからもう、痛い時には痛いと言えばいいし、辛い時には辛いと言えばいいし、たとえどうしようもないピンチだとしても、勝手に自爆なんかせずに、もっと僕のことを頼って、二人で力を合わせて乗り越えていこうじゃないか⁉」


 そのように、更に顔を近づけて、今にも食いつかんばかりに叫び終えれば、




「──もう、やめてください!」




 なぜだか急に顔を真っ赤に染め上げるや、僕を突き飛ばすようにして飛び退いて、今度は自分のほうから怒濤のように怒鳴り散らし始める、見かけ上は人形そのものの可憐な少女。




「な、何ですか? 相棒パートナーだとか、二人で力を合わせようとか⁉ 私はあくまでも、提督アドミラルの忠実なるしもべであり、軍艦の力を持った兵器なのです! そ、それを、まるで普通の女の子であるかのように、扱おうとなさったりして! これは兵器である自分にとって、けして赦されざる侮辱です! そのせいで本艦のシステムに、重大なるダメージを受けてしまったではないですか⁉ 現在本来ならあり得ないはずの、深刻な誤作動が行われております! う、『嬉しい』とか、『好ましい』とか、このような『感情』など、兵器には必要無いのです! 誤作動です、誤作動に決まっています! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! エラー! これ以上システムを維持できませんので、再起動を要求いたします!」




 そう言うやいなや、全身からすべての力を失ったかのようにして、その場に崩れ落ちる、自称軍艦娘さん。




「──おっと、だ、大丈夫か、キヨ⁉」




 慌てて抱きとめてはみたものの、彼女のほうはすでに、意識を完全に失ってしまっていたのである。

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