第6話

 ──天使たちの街シティ・オブ・エンジェル


 私がでは、この都市のことを、そう呼んでいた。




 しかし、においては、すべての生きとし生けるものの、『原罪と退廃』の象徴として、『失楽園ロストエンジェルス』と呼ばれていた。




 ──とは言っても、街並みの景観自体は、世界一の資本主義国家だけあって、まさしく『自由』と『豊かさ』に満ちあふれており、この戦時下にあって、商店の軒先には物品が山積みとなっていて、繁華街を闊歩する市民たちは皆笑顔で、道路では最新型のオートモービルが行き交い、見るからに活況を呈していた。


 何せ、現在列強諸国のほぼすべてがしのぎを削っている、地獄そのままの激戦地帯である、ガリア大陸とも、エイジア大陸の東部や南部とも、海を隔てて独立した大陸に立地しているのである。


 さすがに夜間の灯火管制は実施されてはいるものの、その他の人々の暮らしぶりや各企業の経済活動等は、平時同然──否、むしろ戦時景気のお陰もあって、より一層活力に溢れているほどであった。


 ──あたかも、他の種族の屍肉を貪る、ハイエナであるかのように。


 ……それでも、これが元いた世界のように、教養があり信心深く、倫理や規律もちゃんと重んじる、白色人種のであれば、まだましであったろう。


 確かに彼らは、他民族に対する差別意識は高かったが、その一方で、遵法精神や社会通念のほうも、十分に備えていたゆえに、




 天下の往来で、他の種族の者を、鎖で繋いで引き回したり、特に理由も無いのに暴力を振るったり、場合によってはレイプしたりなぶり殺したりすることなんて、断じて行わなかったであろう。




 ──そう、まさに今私の目の前で、ヒューマン族を始めとする他の種族の者たちを、奴隷や商品として扱っている、この国のあるじである、オークたちのように。




「──おいっ、のろのろするな!」


「……あ、あぐっ……ご、御主人様、お……おやめ……ください」


「このっ、奴隷の分際で、口答えするつもりか⁉」


「──ぎゃっ⁉ す、すみません! 御主人様、お許しを!」




 とても満足に食事を与えているとは思えない、痩せ細った褐色の肌をした、ヒューマン族の幼い女の子を、首輪から伸びた無骨な鎖で引きずり回しておきながら、とうとう力尽きて道路に倒れ込んで動けなくなった途端、殴る蹴るの暴行を加え始める、『持ち主』とおぼしき、見るからに恰幅のいいオーク族の中年男。


 この国においても指折りの大都会の往来で、このような暴挙に及べば、本来なら衆目を集めて、官憲や良識ある者が止め立てするところであろうが、彼女と同じ年頃の女の子がいる家族連れを始めとする通行オークたちは、端からまったくの無関心だし、警察官と思われる制服姿のオークに至っては、ニヤニヤと笑みすら浮かべながら、中年オークの暴力行為を静観するばかりであった。




 ……その時、ふとこちらを向いた、彼女の生気のまったく無い瞳が、語りかけてきた。




 ──もう、いっそのこと、殺してくれ、と。




 ──こんな地獄そのままの、狂った世界で、これ以上生き続けたくはない、と。




 だから私は、何の躊躇もなく、『作戦』を遂行することにしたのだ。




「──おい、こんなところに、ヒューマン族の小娘がいるぞ?」


「何だかオークにしてはやけに小柄で、フードなんか被って顔を隠しているから、怪しいと思っていたら、さては不法移民か逃亡奴隷だな?」


「……ぐへへ、持ち主が同伴していないヒューマンは、殺そうが強姦しようつっこもうが、構わないんだよな、おまわりさん?」


「ああ、もちろんだ。──ただし、何か危険が無いか確認するために、順番は本官が一番だ、いいな?」


「──ちぇっ、きったねえの」




 そのように、正体を現した私のほうへと、オークならではの、ゲスの極みの台詞を口にしながら迫り来る、雄豚ども。


 その一方で、雌のオークどもと言えば、ただ顔をしかめて幼い我が子の目を塞ぐばかりで、同胞の雄豚を止め立てする者なぞ、一匹たりとていなかった。




 ──というわけで、アメリゴ大陸、『浄化作戦』、開始!




「……集合的無意識とのアクセスを要請、大日本帝国海軍所属しらつゆ型駆逐艦2番艦、『時雨しぐれ』の兵装情報データのインストールを開始」




「──おい、何だ、このヒューマンは⁉」


「み、右腕が、まるで大砲のようになりやがったぞ!」


「まさか、旭光ジップスパイか、東南エイジアのゲリラ兵なのか⁉」


「動くな! それ以上おかしな真似をすれば、本官のマグナムが──」




「──主砲127ミリ砲、発射」




 そして、盛大なる『屠殺ショウ』が、始まった。

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