第3話

 ──その時突然、薄暗い洞窟内が、地を揺るがす轟音と、目をくらませる閃光と、すべてを覆い尽くす爆煙とで、包み込まれた。




 ……ッ。一体、何が?




 しばらくして、視界が晴れると同時に、にわかに全身の痛みを感じ、ようやく自分が爆風によって、石造りの壁際にまで弾き飛ばされていたことに気づく。


「──なっ⁉」


 そして、目の前の広がる光景に、改めて唖然となった。




 まず目に入ったのは、俺同様に洞窟の四方八方に吹き飛ばされている、反乱部隊の仲間たちだが、衝撃ショックのあまり今すぐ立ち上がることはできないようであるものの、幸いにも大きな怪我をしている者はいないみたいであった。




 しかし、ホッとしたのも、ほんのつかの間のこと。


 その他の奴等はと言うと、視線を巡らせれば、周囲はまさにこの世のものとも思えない、想像を絶する惨憺たる有り様となっていたのだ。




 それと言うのも、圧倒的有利な襲撃者であったはずの『白きオーク』兵たちときたら、何と今やその半数が細切れの肉片と化しているし、更には分厚い氷で閉じ込められていたはずの幼い少女に至っては、一糸まとわぬ華奢な肢体を外気に晒しているのみならず、その右腕だけが小柄な身体からすれば見るからにアンバランスな、禍々しくも巨大な砲門と化し、今もなお黒々とした煙を吐き出していたのだから。




 ……え、いやいや、ちょっと待って! 何が何だか、わからないんだけど⁉


 現在、反乱部隊の中でまともに動けそうなのは、俺一人だけのようだが、むしろ好都合と言えた。


 こんな異常な状況で、戦うためはもちろん、逃げるためであろうとも、少しでも妙な動きをすれば、たちまち攻撃の的となってしまうであろう。


 もはや、一体誰が敵で、誰が味方か、まったくわからなくなっていた。


 あれ程優位を誇っていた合衆国兵士たちは、隊長格のオークを含めて、すでに三名を残すところとなり、仲間の鉄錆じみた血臭に苛まれながら、とても歴戦の兵士とは思えない怯えた表情を晒して、反撃のトリガーを引くことすらも忘れ果てて、ただ呆然と立ちつくしていた。


 ……その気持ちも、わからないでもなかった。


 自他共に精鋭と認められた、自分たちの仲間を一瞬にして物言わぬ屍肉にしてしまったのが、我々鬼人族やガリア戦線での敵国であるスワスチカ第三帝国の魔人族等の、熟練の兵士ならまだ納得できようが、目の前にいるのはほんの幼い全裸の少女に過ぎず、しかも身体の一部が武器化しているという異様なる状態であるのだ。


 目の前の光景を受け容れるどころか、己の正気に自信が持てなくなり、反撃する意思さえ失われても仕方なかろう。




 ──しかし、我々の目の前で突然覚醒するとともに、周囲一帯を文字通りの地獄絵図と変えた、他称『守り神様』は、哀れな獲物たちに対して、現実逃避するいとますらも、与えてはくれなかった。




「く、来るな、こっちに来るんじゃない!」


「止まれ、止まらんと、撃つぞ⁉」


「だ、駄目だ、小隊長、射撃許可をお願いします!」


「このままでは、俺たち全員、なぶり殺しですよ⁉」




 相変わらずの無表情のままで、自分たちのほうに迫ってくる異形の少女の姿に、ほとんどパニック状態と化す、屈強なるオーク兵たち。


 しかしそれに対して隊長格の白オークだけは、落ち着き払ったままでその場にしゃがみ込み、すでに死んでしまっている部下の遺品である、大きな筒状の武器を手に取り、何やら動作確認を行い始める。




「……うん、ちゃんと使えるようだな。──よし、おまえら全員で、少しでもいいから時間を稼げ! その間に、俺が何とかする!」




「おおっ、小隊長、何か手があるわけですね⁉」


「わかりました! 俺たち、頑張ってみます!」


「──おらああああああ、下等なヒューマン族の小娘があ!」


「偉大なる我ら、白きオーク族を、舐めるんじゃない!」


 座り込んだままでごそごそと作業を開始した隊長を背中に隠すようにして、もはや破れかぶれといったていで、自分たちに迫り来る謎の少女に向かって、やみくもに自動小銃をぶっ放す、二匹のオーク兵。




 しかしそれに対して、まるでそよ風でも浴びているように、微塵もひるむことなく歩み寄ってくる、全裸の女児。




 ……あれだけ銃弾を食らっているというのに、かすり傷一つついていないだと⁉


 一体この子は、何者なんだ?


 自分では、帝国海軍の駆逐艦の『しぐれ』とか言っていたけど、まさかな……。


 そのようにまさしく、俺が胸中にて、謎の解明に勤しんでいると──




「……提督アドミラル、そんなにまじまじと、私のことを見つめないでください、恥ずかしいです」




「──おまえは戦闘中に、いきなり何を言い出しているんだ⁉」




 しかも別に恥じらったりせずに、冷然とした能面顔のままで!


 お陰様で、いつの間にか心身共にしっかりと立ち直られていた、島民の皆さんの視線が、非常に痛いんですけど⁉




 ……というか、あいつにとっては、合衆国兵士による最新型の自動小銃の集中砲火なんて、豆鉄砲が当たったくらいにしか感じていないということかよ⁉




「ふむ、さっきみたいにいきなり主砲(127ミリ口径)を使うと、提督たちにも影響を及ぼしかねませんので、ここは控えめに、機銃のほうを使用することにいたしましょう。──この、40ミリ口径のやつをね」




 そ、それって、戦闘機に搭載すれば、四発重爆の分厚い装甲すらも一発でぶち抜いて撃墜できるほどの、『機関砲』と呼ばれる、『銃』と言うよりは『大砲』に分類されるやつだろうが⁉




「──それでは、集合的無意識とのアクセスを要請、帝国海軍駆逐艦『時雨しぐれ』の、兵装情報データのインストールを開始」




 うおっ⁉


 またしても、わけのわからん文言をつぶやくと同時に、右腕が今度はぶっとい機関砲へと、変化メタモルフォーゼしたんですけど?




「40ミリ単装機銃、発射!」




 次の瞬間、


 文字通り耳をつんざく衝撃音とともに、自動小銃を連射していた二匹の白オークの上半身が、アッと言う間に消し飛んだ。


 だが、しかし、




「──うおらあああああ、貴様ら、良くやった! お陰で間に合ったぞ! 食らえ、化物めがあああああ!!!」




 これまで部下の後ろに隠れるようにしてしゃがみ込み、何やら作業を行っていた隊長格の白オークが、大きなパイプ状の武器を肩に乗せて立ち上がった。


「──げっ、あれって無反動対戦車砲バズーカじゃないか⁉」


 おいおい、こんな狭い洞窟内に、そんなものを持ち込んでくるんじゃないよ!


 俺の内心の焦りなど何のその、派手な爆音を上げるや、至近距離でたたずんでいる幼い少女向かって、特大の砲弾が撃ち込まれる。


「し、時雨⁉」


「ぐあははははははは! ガリア戦線の第三帝国の魔族どもご自慢の、重戦車『おう』すらもイチコロの優れ物だ。散々手こずらせたが、これでお陀仏だなあ?」


 もうもうと立ちこめる爆風と砂埃の中で、高笑いを響かせて勝ち誇る、白オークの親玉。


 けれども、その場の全員が視界を取り戻してみれば、何と少女の小柄な肢体は、さっきの場所から微塵も動いてはいなかった。




「……嬉しいです、提督が私の名を、初めて呼んでくださって」




 しかも何だか、余裕綽々だな⁉


 それに先ほど同様に、別に頬を染めていたりはせず、完全に無表情だし。


「……そ、そんな馬鹿な⁉ 百万歩譲って、何らかの手段で砲弾を防いだとしても、あれだけの質量のたまをあれだけの勢いで叩き込まれたというのに、反動で吹き飛ばされないで済むなんて⁉」


 至極ごもっとなるご意見を、怒鳴り散らすばかりのオーク隊長。


 残念なことにも、そんなことに斟酌する素振りも見せない、他称『神様』で自称『駆逐艦』の少女であった。


「……別に大したことではありません、ただ一時的に、この身体のだけですよ。それにそもそも駆逐艦が、その程度の砲弾が直撃したくらいで、ビクともするはずがないでしょうが?」


「な、何? 比重を変えた? それに駆逐艦デストロイヤーて………………ぎゃあああああ‼」


 いかにも思わせぶりは言葉を投げかけて、相手が面食らっているところに、情け容赦なく大口径機関砲を浴びせる、血も涙もない女の子。




「──提督アドミラル、任務完了いたしました」




 だけど、


 その時、僕のほうへと敬礼しながら、初めての微笑みを浮かべた彼女の姿ときたら、




 ──あたかも天使か妖精でもあるかのように、この上もなく穢れなく可憐なものであったのだ。

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