第2話 焼き鳥とビールの行き先は
狭いテーブル席に向かい合って座っているので、先輩の赤ら顔がよく見える。酔ってるなぁというのは目に見える。飲んでなければ、ビシッとスーツを着こなしたイケメンビジネスマンと言っていいのだろうが、酔ってしまえばそんなものはかたなしだ。ネクタイは中途半端に緩んでいるし、シャツもシワが寄ってきている。あと若干最近太ってきてるんじゃなかろうか。俺の方はというと、今日は休みだったのもあって、高校から捨てずにとってあるよれよれのスウェットとダボダボのジーパンを穿いているので更にひどいことになっているだろう。
なぜ先輩が土曜の晩にまでスーツなのかといえば、出張帰りであるからでそれで代休が取れたり給料がでるかといえば、取れないというクソみたいな環境だったりする。
「まあなんだ、お前は頭がいいんだからといって先走んじゃないよ、相談しとけ」
「はあ、そうですか」
「そこはハイわかりました! ていっときゃいいんだよ!」
「ハイ! ワカリマシタ!」
酔ってこの迷アドバイスさえなければ、文句のつけようのない人だと思う。誰でも欠点の一つや二つあるもので、先輩の場合その一つがこれだ。歳を取ると説教臭くなるんですかと一言いってみたいけど、割り勘になったら困るので黙っておこう。
てかてかとした鳥刺しの、どこの部位だか知らないが、タレを付けて口にした。肉だし旨い。それ以上でもそれ以下でもないが先輩はよくこれを頼む。それで残す。
もったいないと残りを食べてるのだが、食べないなら頼まなければ良いのにといつも思う。最初に手はつけてはいる。なんともよくわからない。好きなんだと言ってはいたが三十路も超えると食も細くなるのだろうか。嫌なもんだ。三十年も生きたら十分生きただろうと、この世になんの痕跡も残らないなら死んでも良いとさえ思うが、その時の俺が自殺をするほど勇気があるとは思えない。そんなめんどうな事を他人がするとも思えないし、手をかけた人間がいるならそこに痕跡が残るのだから無理だろう。
酒が入ると訳のわからない思考をしてしまい、先輩のいうこともほとんど相槌をうっているだけで、内容などどうでも良い。というか特に大事なことなど元から言っていないはずだ。
飲み始めた時はまだ静かだった店内もがやがやと騒がしくなってきた頃、派手な赤い色をした格子状になった椅子の背もたれに手をかけて、反対のてをちょいちょいと振り先輩が言った。
「どうだ、この後いくか?」
「いやぁ、ちょっと……」
この後と先輩がいっているのは北新地の店のことだろう。
「なんだ、彼女も居ないくせに良いだろう?」
「前も言ったんすけど、昔あそこらへんでバイトしててなんつーか雰囲気苦手なんですよね。あんまり金もないですし」
「金なんかお前そんな使ってないだろう? 服くらい買ったらどうだ? いも臭いぞ。人は見かけが大事なんだ」
大学へ通うため田舎から出てきて、割の良いバイトだったから夜働いていた。それで裏側を見たっていうほど何も見ちゃいないけれど、好き好んで行きたいとは思わない。
その頃のようにキャバクラに行ったこともない初心なんてものは持ち合わせちゃあいないので行ったら行ったでそれなりには楽しいだろう。
服を買えとかいらんお節介だが、その芋臭い服でそんな店に連れて行こうとするのはどうなんだろうか。それに世間は円高不況とか言っているのに無駄に散財することもないだろう。
「明日の朝、テレビで大学の先輩がお天気キャスターででるらしいんで、見ないといけないんすよ」
「へー、そのお天気お姉さんが、武司くんのタイプな訳?」
下世話な笑みを浮かべていたのでしめしめと思った。朝起きるなんて一言もいってないが、そう思わせれば良い。
「きになりますか? 先輩も見たかったら朝はやいので二日酔いになったら、きっと見れませんよ――」
「あーわかったよ。今日はこれで解散」
と言って先輩が会計をしてくれた。出しましょうかと言っても良いよ良いよというので「ごちになります」とありがたく言っておいた。
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