第7話
「――かしこまりました。お嬢様」
翌日、使用人が揃った食堂で、シャルロットが大規模検診の方針を告げると、ゲオルグは何も言わずにゆっくりと頭を下げた。
マリーも面食らっていたが、カナとサーシャも粛々と頭を下げているのを見て、慌てて彼女も頭を下げる。シャルロットは全員を見渡してから、ゲオルグに訊ねる。
「止めないのね。ゲオルグ」
「まあ、突拍子もない、思い付きでしたら止めたでしょうが」
ゲオルグは顔を上げ、顎鬚をそっと撫でて微笑みを浮かべる。
「この様子だと、カナくんやサーシャにも相談したのでしょう? その上で、彼らはしっかりと言うべきことを言い、お嬢様はそれを受け止めた。それなら、私から言うまでもないでしょう。喜んで、ご協力致します」
「――ありがとう。ゲオルグ」
「いえ、それではカナくん。早速ですが、我が家の貯蓄は?」
「パーティーであらかた使いましたが、追加のハイム通貨の発行、300枚で余裕が生まれています。雑費差し引きまして、およそ金貨が40枚です」
「結構。当面はそこまであれば十分でしょう。まずはテオドール様に相談して、医師の手配をお願いしましょう。シャルロット様、それには私も同行します」
「心強いわ。その間、カナたちには屋敷をお願いするわね」
「かしこまりました。お嬢様」
「詳しくテオドール様と話を詰められれば、次は予定を組み、組合に通達。その後、騎士団にも連絡を回す必要があります――忙しくなりますよ。皆さん」
「ええ――みんな、よろしく頼むわ」
「かしこまりました。お嬢様」
改めたシャルロットの声に、使用人は全員、礼を返した。
その日から、シャルロット、ゲオルグ、テオドール、そしてカナを交えて、大規模検診の計画を練り、順次行動に移していった。
テオドールが中心となり、各地の医師に協力を要請。
使用人一同で、商工、農協に話を通していき、検診の施設などの提供を要請。これに、組合長たちは快くいくつか建物を貸してくれた。
どうやら、彼らもまた、忍び寄る病魔に不安を感じていたらしい。
その後、騎士団にも協力を要請。検診の予定を、巡回のついでに各村へと通達してもらった。その騎士団の隊長からの申し出で、運送の足を買って出てくれた。
だんだんと段取りが進む中、ついに見積もりが出ようとしていた。
「分かっていたけど――あと、金貨が30枚ほど足りないわね」
見積もりを出した書類を、ぱさり、と執務机に広げてシャルロットはつぶやく。カナは頷いて、ため息をこぼした。
「運送を、騎士団がやってくれるのはありがたいですが、その他の費用ですね……」
「まだ分からないけど、これだけは欲しいわけだし……どうにか、手配しないといけないわね……どうする? ハイム通貨を発行する?」
「しかし、金貨30枚分となると……税金、雑費含めて、ハイム通貨を200枚出すことになります……少し、怖いですね」
前回の500枚に加え、ハイム通貨を300枚増やして流していた。
すでに地方通貨は民間に浸透しており、なじんでいたが……それでも、物価が徐々に高騰しているような雰囲気があったのだ。
ここでバランスを崩してしまえば、収穫前の大事な時期に、資金の流れが崩れかねない。
シャルロットは一つ頷き、眉を寄せて吐息をつく。
「増税もしづらいわね……となると、今度こそ、借金かしら」
「不幸中の幸いですが、ルカ・ナカトミ辺境伯もお力添えしてくださるそうですし」
「いざというときは、頼りましょう……できれば重ねて借金するのは避けたかったけど」
シャルロットはそう告げながら、書類を取り出してペンを走らせていく。そうして、書状を書いていきながら、彼女はカナに言う。
「カナ、頼みたいことがあるのだけど、いいかしら」
「はい、なんでしょうか」
「できれば、農村部の集落の様子を見てきて欲しいの。できる範囲で構わない。貴方の目で直に確かめて、報告してきて欲しいの」
「かしこまりました。では、明日、参ります」
「――いいの? 別に断ってくれてもいいのよ?」
シャルロットは視線を上げる。カナは真っ直ぐに視線を返して微笑み返す。
「お嬢様が頼っていただけるなら、僕はどんなことでもします――シャル様が、僕を大事な使用人と仰ってくれたように、僕も、シャル様のことをただの主ではなく、大事な人だと思っていますから。なんでも、しますよ」
「……カナ……」
シャルロットは少しだけ目を見開くと――ほんのりと、頬を赤く染めて小さく微笑む。
「嬉しいわ。すごく」
「……ありがとう、ございます」
言ってしまってから、少し恥ずかしい。頬を掻きながら顔を背けると、くすりと笑ってシャルロットは書類をまとめていく。
「こちらこそ、ありがとう、よ。それじゃあ、貴方の目を信じて任せるわ。私はその間に、大規模検診の段取りをゲオルグと共に進めておく。屋敷のことは、サーシャやマリーに任せきりになるけど……」
「まあ、二人は大丈夫でしょう。マリーに至ってはしっかり餌付けをしましたし」
「そうね、和菓子の分、しっかり働いてもらいましょ」
二人で笑い合いながら、てきぱきと二人で仕事をこなしていく。
そうしながら――ふと、カナは思う。胸が、微かに高鳴っていることに。
(もしかして……僕の気持ちは、忠誠だけ、じゃなくて……)
そこまで考えかけて思いを振り切る。それ以上、考えるのには、勇気が足りない。
「どうしたの? カナ」
「いえ、なんでもないです。シャル様――紅茶を、煎れましょうか?」
「ええ、お願いするわね」
それでも、胸の想いをくすぐったく受けとめて、カナは主の少女に頷いてみせた。
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